備忘の都

40年間の読書で得た偏った知識をツギハギしながら、偏った記事をまとめています。同好の士の参考に。

鬼畜

野村芳太郎監督 おすすめミステリ映画10選

20170501鬼畜064

邦画界でミステリ映画の第一人者といえば、やはり70年代を中心に松竹でミステリ映画を量産した野村芳太郎でしょう。松本清張原作映画が有名ですが、横溝正史、エラリー・クイーンなども原作にしています。金田一耕助シリーズを撮った市川崑もミステリへの造詣の深さで知られていますが、原作選択の幅広さや監督本数を考えると、やはり野村芳太郎に軍配があがると考えています。
また、比較的地味な作風にも関わらず今に至るも根強い人気があり、特にミステリ映画は主要作のほとんどがブルーレイで発売されています。
今回は、野村芳太郎監督の傑作ミステリ映画を、筆者の個人的なおすすめ順でご紹介します。

鬼畜(昭和53年)



以前に「映画「鬼畜」のロケ地をGoogleストリートビューで巡る」という記事まで書いているくらい、ともかく好きで好きでたまらない映画です。
とはいえ、内容は子殺しという陰惨極まる内容です。正直、どこにこんなに惹かれているのか、自分でもよくわからないのですが……
ストーリーの内容よりも、緒形拳、岩下志麻、小川真由美の3人が繰り広げる凄まじく濃い芝居に釘付けになってしまう映画だと思います。こんな暑苦しい映画は、平成の今日ではもう作れないよな、と思ってしまいます。昭和の空気が特盛りなので、ついつい、上記のような記事を書いてノスタルジーに浸りたくなるというわけです。(ちなみに二人目の子ども・良子は設定上、筆者と同い年)
松本清張の原作は短編です。このため、映画では大きく話を膨らませ、ストーリーの骨格以外はほぼオリジナルと言ってよい内容です。新潮文庫の『張込み』に収録されています。


事件(昭和53年)



大岡昇平の原作はそもそもミステリを目指して書かれたものなのかどうかよくわからないのですが、結果的には法廷ミステリの傑作として知られ、日本推理作家協会賞を受賞しています。原作の単行本が刊行されてすぐに公開されたのがこの映画です。
原作は一見単純な殺人事件が、裁判の過程で様相をがらりと変えていく様を、克明な法廷シーンを通して描いています。法曹界のプロも驚くほど精緻な描写で知られています。
映画は約2時間におさめるため、原作をある程度簡略化していますが、それでも重厚感たっぷりの大作に仕上がっています。筆者は、この映画での渡瀬恒彦の演技が大好きです。東映時代からおなじみのチンピラ役ですが、体を張ったアクションは全くなし。しかし、本当に「上手い!」としか言いようのない演技を見せてくれます。
なお、原作は長らく新潮文庫の定番として版を重ねていましたが、今は電子書籍しか販売されていません。残念に思っていたところ、来月の創元推理文庫新刊ラインナップにタイトルが見えました。これは素晴らしいことです。

事件 (創元推理文庫)
大岡 昇平
東京創元社
2017-11-22


影の車(昭和45年)



原作は松本清張の短編「潜在光景」。正直、地味な短編で、映画も地味な雰囲気です。
では、いったいこの映画のどこがすごいのか。
それは岩下志麻のエロさに尽きます。
……なに言ってんの、と思われるかも知れませんが、騙されたと思って一度見ていただきたい。みうらじゅんも太鼓判を押すいやらしさ。
また、高度成長期、開発途上にあるニュータウンが舞台で、ロケ撮影によって記録された当時の風景もグッと来ます。
何度も見直してしまう要素がいろいろとある映画ですが、ストーリーはあんまり印象に残りません(それは俺だけか?)。
原作の短編「潜在光景」は新潮文庫『共犯者』に収録されています。


疑惑(昭和57年)


あの頃映画 the Best 松竹ブルーレイ・コレクション 疑惑 [Blu-ray]
桃井かおり
松竹
2015-05-08


上位に松本清張原作が続きますが、やっぱり傑作はここに集中してしまうんですね。これも原作は短編で、主役の弁護士も女性ではなく男性です。映画化にあたってかなり話を膨らませています。
この映画の魅力は、これもまた岩下志麻の魅力です。しかし、今回は色っぽさはまるでなく、強面の弁護士です。桃井かおり演じる前科4犯の悪女が夫殺しで逮捕され、岩下志麻が弁護人を担当することになります。共闘すべき関係にもかかわらず、エリート対悪女の火花がバチバチと飛び散るというわけで、原作には全くない部分が見どころとなっています。「鬼畜」に匹敵する濃厚な演技合戦を堪能できます。
原作は文春文庫に収録されています。


震える舌(昭和55年)



これは全然ミステリ映画ではないのですが、野村芳太郎のミステリ映画を愛する人であれば確実に楽しめる一作なので、「広義のミステリ」としてここでご紹介しておきます。
渡瀬恒彦・十朱幸代夫妻の娘が破傷風にかかって死にかける、という闘病記なのですが、ともかくこの病気の描写がすごい。「エクソシスト」のリンダ・ブレアみたい、ということがよく言われるのですが、確かにほかに表現のしようがないすさまじさなのです。
破傷風って、本当にこんな風になるの? と見終わると調べてみたくなることは確実ですが、なんか本当みたいですよ。怖すぎ。
というわけで、公開当初からホラー映画扱いされているのですが、三木卓の原作は「娘を失った夫婦に将来はあるのか」というテーマで書かれた純文学です。講談社文芸文庫に収録されています。ストーリーは映画と同じですが、全くホラーではありません。

震える舌 (講談社文芸文庫)
三木 卓
講談社
2010-12-15

配達されない三通の手紙(昭和54年)



原作はエラリー・クイーン「災厄の町」。邦画で唯一のクイーン原作映画です。
舞台を日本へ移し、ライツヴィルではなく、萩で事件が起こります。
原作にかなり忠実に描かれているのですが、一点だけ筆者の気に食わないことがあります。それは肝心のエラリー・クイーンです。
ロシア人と日本人とのハーフのモデル・蟇目良が演じていますが、名探偵っぽい雰囲気がまるでなく、そもそも扱いも主役ではありません。屋敷に滞在していたアメリカ人青年という設定なのですが、完全に脇役になっています。ふつうに日本人の設定でよいので、もっと名探偵っぽい人に演じてほしかったものです。それこそ、石坂浩二とか。
という不満はあるものの、ミステリ映画としては上質です。栗原小巻の魅力も堪能できます。
原作は少し前に越前敏弥の新訳が出ています。旧訳からとある重大な設定変更がされた、というのがウリなので、むかし読んだ、という方もお試しください。


八つ墓村(昭和52年)



「たたりじゃー」というCMが今も伝説に語られる「八つ墓村」。原作はいわずとしれた横溝正史です。
本来は、角川映画の第一作は「犬神家の一族」ではなく、こちらの「八つ墓村」になるはずでした。しかし、なんのかんのと色々事情があり、結局は角川映画ではなく松竹映画として「犬神家」の翌年に公開されることになりました。
そんなこともあり、舞台設定は原作の昭和20年代ではなく、現代(と言っても公開当時の昭和50年代初頭)となっており、冒頭は空港でジャンボジェット機の誘導の仕事をしている寺田辰弥の姿から始まります。「犬神家の一族」が公開されるまでは、金田一耕助のスタイルは「ディスカバー・ジャパン」ではなく「同時代」という認識でした。したがって、70年代横溝ブームの中でも、最初期に製作された「本陣殺人事件」と「八つ墓村」の2本では、金田一耕助は同時代の「冴えない服装」なのです。
野村芳太郎監督の作品はどちらかといえば現代的にきちんと整理されている印象があり、怪奇趣味の本作は異色といえます(それは石坂浩二の金田一シリーズを撮った市川崑も同じことですが)。
この映画が受けている理由は、やはりオドロオドロしすぎる描写の数々に尽きるでしょう。
冒頭の落武者狩り、山崎努による三十人殺しなど、すさまじいインパクトです。
この辺は原作にこだわって再現していますが、一方でミステリ的な要素はだいぶ端折っています。本来「八つ墓村」は横溝正史作品の中でも本格度が高めの作品のはずですが、冒頭に置かれた大量殺人のエピソードが強調されすぎている印象があります。
そんなわけで、筆者の評価は低めの映画なのですが、世間の評判を考慮して本記事ではこの辺りの順位に置いておきたいと思います。


砂の器(昭和49年)

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丹波哲郎
松竹
2014-10-03


「八つ墓村」と並び、野村芳太郎最大のヒット作にして代表作とされる「砂の器」。原作は、これもいわずと知れた松本清張です。
ただ、「八つ墓村」と同じく、筆者の評価はそんなに高くないんですよね。ヒット作というだけで色眼鏡で見てしまう、天邪鬼なのかも知れませんが。


昭和枯れすすき(昭和50年)



♪ 貧しさに負けたいえ 世間に負けた~
で知られる歌謡曲「昭和枯れすすき」。この曲からタイトルを借り、主題歌にしているこの映画ですが、実は原作は結城昌治の短編「ヤクザな妹」なのです。
と言っても、原作を読んでいないので、歌謡曲と原作と、どっちの影響が濃いのかさっぱりわからないのですが……
筆者としてはこの映画も、ロケ撮影で記録された昭和の新宿にひかれます。
原作を収録した短編集「刑事」は電子書籍で購入可能です。


白昼堂々(昭和43年)



これまた結城昌治原作です。
筆者は結城昌治の作品の中では、実はこの「白昼堂々」が一番好きで、何度読み返しても大笑いしてしまうのですが、渥美清主演で原作にかなり忠実に映画化しています。野村芳太郎は松竹の職人監督なので、この手のコメディを量産しており、フィルモグラフィにおいてはむしろ、シリアスな松本清張原作物の方が異色といえます。上記「影の車」とほぼ同時期の映画ですが、あまりの雰囲気の違いに驚かされます。
なお、原作は角川文庫、講談社大衆文学館、光文社文庫と、何度も文庫化されていますが、今はいずれも品切れしています。ちくま文庫か創元推理文庫あたりでまた拾ってくれないものか、と思うのですが。



関連記事:
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映画「鬼畜」のロケ地をGoogleストリートビューで巡る(前編)
野村芳太郎監督「影の車」(1970年)

映画「鬼畜」のロケ地をGoogleストリートビューで巡る(後編)

20170502鬼畜065

映画「鬼畜」のロケ地をGoogleストリートビューで巡る(前編)

前回の記事に引き続き、松本清張原作・野村芳太郎監督の映画「鬼畜」(1978年松竹)のロケ地が、今はどんな風になっているのか、GoogleストリートビューとGoogleアースとを駆使して見ていきたいと思います。

今回は、本編中の主要ロケシーンです。

まず、川越の蓮馨寺境内にある「川越ピープルランド」。
screenshot012009蓮馨寺
右はGoogleストリートビューに投稿された、360度パノラマ写真から。お寺は当時のままの姿ですが、お堂に向かって左手にある川越ピープルランドは跡地になにか別の建物があります。(下の埋め込み画像を御覧ください)


次は、緒形拳が娘を連れて新宿へ出かけるシーン。
screenshot008007新宿東口
 右は Googleアースで見たJR新宿駅東口ですが、なんと40年前からほとんど変わっていません。さくらやの看板がビックカメラに変わっている程度。

長男と一緒に上野へ行き、屋台でパンを買うシーン。上野動物園の前です。
screenshot013010上野公園
 
物語終盤、長男を捨てるため能登半島へ来て、遊覧船に乗るシーン。「福浦」と看板が写っているため、すぐに特定できます。
screenshot015011福浦港

 クライマックス、ヤセの断崖。これは、Googleアースで確認するのは無理がありました。
screenshot016 012ヤセの断崖

ラストシーンは、長男の乗せた車が警察署から走り去るという、シナリオにはない場面ですが、この警察署に使われた建物はよくわかりませんでした。

関連記事:
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あの頃映画 the BEST 松竹ブルーレイ・コレクション 鬼畜 [Blu-ray]
岩下志麻
松竹
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張込み (新潮文庫―傑作短篇集)
松本 清張
新潮社
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原作収録本

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映画「鬼畜」のロケ地をGoogleストリートビューで巡る(前編)

20170501鬼畜064

松本清張原作・野村芳太郎監督の映画「鬼畜」(1978年松竹)は、筆者が最も好きな邦画の一つです。
緒形拳の迫真の演技に圧倒されることももちろんですが、個人的にこれほど入れ込んでしまう理由として、75年生まれの筆者がちょうど物心がついた時期に撮影された映画であり、画面に映っている昭和末期の街並みや服装などに、たまらない懐かしさを感じてしまうということもあります。

そんなわけで今回は、映画「鬼畜」のロケ地が、今はどんな風になっているのか、GoogleストリートビューとGoogleアースとを駆使して見ていきたいと思います。
今回は、小川真由美が東武東上線に乗って緒形拳の住む川越へ出かける冒頭のシーン。

 まずは、小川真由美の最寄りだった埼玉県寄居町の男衾駅。
screenshot000000男衾
  左が劇中の男衾駅。右が現在の男衾駅。
駅舎は建て替わっているようですが、 雰囲気は昔のままです。電話ボックスまで同じ位置にあります。

鉄橋。
screenshot004002鉄橋


次に、川越へ向かう電車の空撮。
screenshot002001空撮
 
screenshot003003空撮
 地形や道路の形から推測して、上は東武東上線が国道254号線と交わる辺り、下は森林公園駅と東松山駅のちょうど中間あたりと思われます。

次に川越市内。これは容易に位置を特定できます。
screenshot005004川越市駅
 川越市駅。駅舎が建て替わっても面影は残っています。

 screenshot006005川越市街
蔵のある街並み。駅から時の鐘へ向かうルートです。

screenshot007006時の鐘
時の鐘付近。決戦前に腹ごしらえしたラーメン屋「勝山」は、「大八勝山」として今も健在です。
約10年前に、実際に川越でロケ地巡りをした時は、隣に「フジパン」の看板が見えているパン屋も、おしゃれな店に様変わりして営業していましたが、ストリートビューで現況を見ると、何やら工事中でした。

というわけで、映画を見ていない方には何のことやらさっぱりわからない写真ばかりですが、次回、後編に続きます。
映画「鬼畜」のロケ地をGoogleストリートビューで巡る(後編)

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野村芳太郎監督「影の車」(1970年)

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筆者:squibbon
幼稚園児の頃から40を過ぎた現在に至るまで読書が趣味。学生時代は読書系のサークルに所属し、現在も出版業界の片隅で禄を食んでいます。
好きな作家:江戸川乱歩、横溝正史、都筑道夫、泡坂妻夫、筒井康隆、山田風太郎、吉村昭。好きな音楽:筋肉少女帯、中島みゆき。好きな映画:笠原和夫、黒澤明、野村芳太郎、クエンティン・タランティーノ、ティム・バートン、スティーヴン・スピルバーグ、デヴィッド・フィンチャー。
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