備忘の都

40年間の読書で得た偏った知識をツギハギしながら、偏った記事をまとめています。同好の士の参考に。

高橋洋

文芸としてシナリオを読む

201802高橋洋179

現在、小学校3年生の長男が生まれてから、映画を見る本数が激減しました。
それまでは、休みの日にすることといえば本を読むか映画を見るかしかなかったわけですが、子どもが生まれてから、とにかく起きているあいだはずっと相手をしなければいけない。
夜中にヘッドホンを付けてDVDを見るのが精一杯で、映画館なんかとても行けません。子どもがようやく少し大きくなり、仮面ライダーを見るため初めて映画館へ連れて行ったときは、冒頭の東映の波ザッパーンを見ただけで涙が出そうになりましたよ。

ところが、この飢餓状態に思わぬ楽しみを発見しました。それが「シナリオを読む」ということです。
以前の記事にも書きましたが、「昭和の劇」を読んで笠原和夫のファンになり、直後に刊行されたシナリオ集「笠原和夫 人とシナリオ」も買っていたのですが、そもそもシナリオを読んでみるという習慣がなかったため、ずっと積ん読でした。
子どもが生まれてから映画への飢餓感がMAXとなり、ふとこのシナリオ集を読み始めたところ、なんとなんと。映画本編を見るのとは全く違う、非常に面白い読み物だと知りました。
小説を読むともまた似て非なる、新たな読書の鉱脈を見つけた思いでした。

シナリオというのは映画の設計図なので、演技・撮影のために必要な指示・情報のみが簡潔に書かれたものだと思っていました。実際、多くの脚本家はそのようなシナリオを書いています。
しかし、笠原和夫を含む一部の脚本家は、ト書きを書き込むことで、場面のイメージを監督や役者へ伝えようとします。
例えば、「笠原和夫 人とシナリオ」に収録された「日本暗殺秘録」。
千葉真一演じる小沼正が、松林で恋人と抱き合うシーンのト書き。
 呻くように小沼に抱きつく民子。
 二つの生命が、青白く燃え上がる。
「青白く燃え上がる」なんて、いったいどんな演技だよ、と思ってしまいますが、しかし、運命の翻弄される二人の不安な未来を暗示するシーンであることを絶妙に表現しています。

このような「どうやって演じたらいいんだよ」の究極が「大日本帝国」のラストシーンでしょう。
終戦後数年経って、関根恵子演じる主人公(美代)が、サイパンで玉砕したはずの夫(幸吉)と海辺でばったり再開するシーン。 
 美代、激しい胸の鼓動に喘いでいる。 
 幸吉、また歩き出してくる。ゆっくりと真ッ直ぐ、美代たちの方に 
 向かってくる。 
 別離の長い長い時間を今一歩ずつ取り戻すように、踏みしめ、踏み 
 しめて近づいてくる。  
 美代の顔が歪み、吹き出すように涙が溢れる。 
 美代、しゃがみこんで国夫(息子)をしっかりと抱き寄せる。 
 そして、幸吉を見、顔一杯で泣いている。止め途ない慟哭。 
 あの出会いの日が、別れの時が、苦しみの瞬間が、闘いの思い出が、 
 幾筋もの涙となって頬を伝わり落ちる。 
 そして、幸吉の姿が一歩ずつ近づくのを映しとるかのように、 
 孤独だった日の涙が、 
 妻としての熱情の涙が、 
 女としての弱い涙が、 
 再会の歓喜の涙が、 
 そして爆発するような希望と愛の涙が、 
 美代の顔面一杯に躍っている。 
 輝く、美代の慟哭の顔のクローズアップに――エンドマーク 
これはホント、何回読んでも涙が出ますね。
もはや「ト書き」というものを超えているように思いますが、DVDで映画を改めて見直してみると、確かに全くこの通りに演じていることに驚かされます。
(なお、この「大日本帝国」のシナリオは月刊「シナリオ」1982年8月号で読めます)

黒澤明のシナリオも、岩波書店「全集 黒澤明」という形でまとめて刊行されているため、ほぼ全作品が割りと容易に読めます。(筆者は古本屋で揃いを見つけて買いました)
名作「椿三十郎」のなかに、笠原和夫とは対照的なシーンがあります。
様々な伝説が語られる、ラストの三船敏郎と仲代達矢の決闘シーン。 
 これからの二人の決闘は、とても筆では書けない。 
 長い恐ろしい間があって、勝負はギラッと刀が一ぺん 
 光っただけで決まる。 
シナリオはこれだけしか書いてありません。
黒澤明は自分で監督もするので、シナリオはこれだけで済ませても特に問題ないのでしょう。そして実際のところ、本編を見ると、確かにこのように書くしかないシーンなのです。

さて、まだかまだかと待ち構えていた高橋洋のシナリオ集「地獄は実在する」ですが、ようやく発売され、読むことができました。
高橋洋のシナリオを読んだのは今回が初めてなのですが(昔買った「リング」は積ん読)、この人のシナリオも読んで鑑賞すべきものだということを知りました。

冒頭に収録された「女優霊」。なんと、注釈が入っています。
古いフィルムに残された映像が「黒い影に覆われ」るというシーン。こんな注釈が。
★2 ある心霊研究家の説によれば、心霊写真において光を伴うものは親族関係、黒い影に覆われるのは怨念、実体化したものは何らかの意志を伝えようとしている、のだそうです。別にこの説を信じる気もなく、要するに怖ければよいのですが、男にまつわりつく黒い影のイメージは、本筋とは関係ありませんが、この化物女の、ついに女になれなかったゆがんだ怨念の一面と通じあうように思えます。
この調子で、「霊体出現時に鳴るというラップ音は……」とか「幽霊の顔というのは、恐怖の対象の中でも秘中の秘で……」とかいった注釈が続きます。
監督にしたら、いやー、そんなこと言われても……と思うしかないであろう、面倒くささ全開の注釈ですが、しかし、Jホラーブーム開幕前夜の高橋洋の溜まりに溜まったエネルギーが感じられて、ここを読めただけでも本書を買った価値はあったというものです。

ついでに、「恐怖」のDVDを本書片手に改めて見てみました。
場面の順番などが完成した本編では入れ替わっていたりと、いくつか変更はありますが、該当シーンを読みながら映画を鑑賞すると、役者の細かい演技ひとつひとつの意味づけが非常にくっきりと浮かび上がり、正直なところ「わけわかんないなあ」と思っていたこの映画について、随分と理解が進んだように思いました(とはいえ、まだ100%理解できたわけではないのですが)。
「蛇の道」も本編にはなかった衝撃のラストシーンに呆然。

久しぶりに堪能できるシナリオ集の登場でした。



笠原和夫 人とシナリオ
シナリオ作家協会
2003-12




(「椿三十郎」収録巻。傑作ぞろいの一冊です)



関連記事:
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月刊「シナリオ」2018年3月号「霊的ボリシェヴィキ」誌上鑑賞

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2月10日から高橋洋監督・脚本の映画「霊的ボリシェヴィキ」の上映が始まります。
今月5日に発売された月刊誌「シナリオ」にこの映画のシナリオが掲載されたため、一足早く「誌上鑑賞」してみました。ネタバレ無しのレポートです。

そもそも「霊的ボリシェヴィキ」とはなんぞや?
あまりに異様なこの言葉、元は40年近く前にオカルト研究家の武田崇元氏(現在は八幡書店社長)が提唱した概念ということです。高橋洋はこの言葉に興奮し、タイトルに冠した映画を製作するのが悲願だったとのこと。
詳しくは学研の雑誌「月刊ムー」公式サイトに掲載された以下の対談を読んでいただきたいのですが、正直なところ筆者にはさっぱり理解できません。

「20年の時を超えて甦る概念『霊的ボリシェヴィキ』とは? 高橋洋×武田崇元 対談」
http://gakkenmu.jp/column/14585/

ということなので、また「発狂する唇」「ソドムの市」「狂気の海」路線の難解なものを覚悟していたのですが、シナリオを読んでみると意外や意外、映画そのものはとてもシンプルな怪談でした。「リング」「女優霊」と同じくらい、気軽に見てよさそうです。
物語は「あの世に触れたことがある」という共通点を持った人々が集まり、百物語形式で一人ずつ自身の経験した怪異を語る、という心霊実験の様子を描きます。
当初の構想では、この怪談一つ一つを再現映像のようにインサートしていくつもりだったそうですが、予算の問題など紆余曲折を経て、全てを役者の「語り」に委ねることになったそうです。物語も「実験」が描かれていますが、映画の仕組みそのものも実験的であります。この辺が成功しているかどうかは本編を鑑賞しないとなんとも。
とはいえ、それぞれの怪談はとてもよくできていて、怪談好き、ホラー好きであればゾッとできる、レベルの高いもの、あるいは高橋洋の考える「恐怖」をよく反映したものが並びます。
高橋洋ファンとして「おや」と思ったのは、ある怪談の中で、母親が自宅の二階の窓から怖ろしい表情で少女を見下ろしているというシーン。以前に書いた記事の中で「高橋洋の実家の二階が怖い」という話を書きましたが、またもや二階が!と思っていたところ、上記リンク先の対談で、やはり実家の二階が念頭にあったという話をしていますね。

この映画、筆者の地元で見られるのはまだだいぶ先なのですが、楽しみに待ちたいと思っています。
パンフレットも充実しているらしいので、ぜひ入手したいものだと思っています。

ところで、月刊「シナリオ」の今号は、他にも「怪猫トルコ風呂」のシナリオも掲載されていました。これはとっても嬉しいオマケ!(オマケじゃありませんが)
この映画は1975年に東映東京撮影所が製作した映画ですが、タイトルの「トルコ風呂」が引っかかって、半ば封印作品のようになっているものです。名画座などではたまにかかるようですが、テレビ放映・ソフト化はされていません。筆者も未見だったのでこれは嬉しい!
将来的にも価値の出る号でしょう。

シナリオ 2018年 03 月号 [雑誌]
日本シナリオ作家協会
2018-02-05


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「地獄は実在する 高橋洋恐怖劇傑作選」2月9日発売予定!

201801リング162

2月に要注目の新刊が刊行予定です。Amazonでの予約受付がスタートしていました。



以前に下記の記事でも紹介したJホラーブームの立役者、脚本家・高橋洋のシナリオ集です。(追記:当初2月5日と告知されましたが、9日に延びたようです)

90~00年代Jホラー懐古 第6回 Jホラーブームの申し子たち

この記事は特に高橋洋について書き始めたわけではなかったにもかかわらず、気がついたら高橋洋の話ばかり書いてしまっていたわけですが、まあそのくらい、ファンにとっては熱狂的になってしまう脚本家なわけです。
高橋洋はこれまで、ホラーを中心にかなりの数の作品を発表していますが、著書は多くはなく、筆者が知る限りでは以下の4冊のみです。



映画の魔
青土社



はじめの2冊は、タイトル通り、大ヒット作「リング」シリーズのシナリオです。
以前の記事にも書いたとおり、映画「リング」を見て受けた衝撃は、個人的にはとても凄まじいものでしたが、しかし、その時点では高橋洋という脚本家がいったいどんな人なのか、「女優霊の脚本と同じ人」ということ以外、何も知りませんでした。
「リング2」は「らせん」とはパラレルワールドとなる「リング」の続編、ということで当然、劇場へ観に行ったのですが、前作とはまるで違うチンプンカンプンの世界で、全く煙に巻かれた気分でしたが、今にして思えば、これこそが高橋洋の真骨頂だったわけです。
(なお、この文庫の「リング」に付されたあとがきのタイトルが、今回のシナリオ集と同じく「地獄は実在する」となっています。「リング」の映画本編で使われなかったフレーズから取られたものということです)

次の「映画の魔」はエッセイ集ですが、ここへ来てようやく高橋洋の「思想」が見えてきました。「わけわかんなあ」と思っていた高橋洋作品ですが、これを読むと「えー!!そんなこと考えていたの!?」と、更に衝撃度が増す仕組みになっています。
さらに「映画の生体解剖」は、高橋洋に輪をかけてとんでもない映画の見方をしている稲生平太郎(作家であると同時に、本名の横山茂雄名義で英文学、幻想小説の研究もしている方)との対談ですが、これはもう筆者などは全然知らない映画の話ばかりしており、まるで話にはついていけません。「どう考えてもそれはないだろ」と思うような変態的な解釈ばかりが飛び交っている様を「芸」として楽しむ本かと思います。

というわけで、映画と同様、かなり狂った本ばかり出している高橋洋ですが、シナリオ作品がまとまった形で本になったことはなく、待望の刊行です。

収録作は以下のラインナップということです。
・女優霊 1996年
・インフェルノ蹂躙 1997年
・蛇の道 1998年
・ソドムの市 2004年
・狂気の海 2007年
・恐怖 2010年

「女優霊」「ソドムの市」「狂気の海」については、以前の記事で熱く語りましたので、その他の作品についても少し紹介しましょう。

「インフェルノ蹂躙」は、筆者は未見です。日活からオリジナルビデオとして発売された「エロティックサスペンス」で、レンタルショップで借りるしか見る方法がない作品ですが、DVDにはなっていないため、鑑賞はかなり難しい状況です。
「蛇の道」は盟友・黒沢清監督作です。当時、黒沢清とのコンビで劇場公開作なのかオリジナルビデオなのかよくわからないプログラムピクチャーをいくつか製作していますが、その中でも最悪の後味が伝説的に語られている一作です。
「恐怖」もまた問題作ですね。「感染」「予言」「輪廻」「叫」と続く一瀬隆重プロデュース「Jホラーシアター」の一作として公開されたため、大作感のあるホラーを期待して観に行った方も多いかと思いますが、内容は「ソドムの市」「狂気の海」に続く全くの高橋洋作品。期待とのギャップに物議を醸しましたが、高橋洋ファンには熱狂的に迎えられました。

というわけで、今やあまりレンタルショップでも見かけない、レアな作品が並んでいます。
高橋洋は自身で監督もしますが、やはり軸足は「脚本家」にあり、氏の思想を知るには映像を見るよりもまず、脚本を読み、セリフとストーリーを堪能することが重要かと思います。
万人には決して勧められない内容かと思いますが、高橋洋ファンはこの機会を逃さないほうが良いでしょう。
出版元の幻戯書房(げんきしょぼう)は、角川源義(角川書店創業者)の娘である辺見じゅん(角川春樹・角川歴彦の姉)が創業した出版社で、文学書がメインですが、映画の本もたくさん発行しています。どこの書店でも取り扱っていますが、新刊が入荷しない書店も多いと思いますので、大型書店かネット書店で購入する、あるいは事前に予約しておくことをおすすめします。

また、2月にはこれまた内容が全く見当もつかない、しかし怪作であることだけは間違いのない「霊的ボルシェヴィキ」が公開されますが、月刊誌「シナリオ」にシナリオが掲載されるそうです。

シナリオ 2018年 03 月号 [雑誌]
日本シナリオ作家協会
2018-02-05


以下、シナリオ集に収録予定作品のDVD、Amazon販売ページ。
女優霊 [DVD]
バンダイビジュアル

蛇の道 [DVD]
東芝デジタルフロンティア

<ホラー番長シリーズ> ソドムの市 [DVD]
アット エンタテインメント

狂気の海 [DVD]
ALPHA ENTERPRISE Co.,Ltd(IND/DAS)(D)

恐怖 [DVD]
NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパン


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筆者:squibbon
幼稚園児の頃から40を過ぎた現在に至るまで読書が趣味。学生時代は読書系のサークルに所属し、現在も出版業界の片隅で禄を食んでいます。
好きな作家:江戸川乱歩、横溝正史、都筑道夫、泡坂妻夫、筒井康隆、山田風太郎、吉村昭。好きな音楽:筋肉少女帯、中島みゆき。好きな映画:笠原和夫、黒澤明、野村芳太郎、クエンティン・タランティーノ、ティム・バートン、スティーヴン・スピルバーグ、デヴィッド・フィンチャー。
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