201806鈴木尚之230

日本映画の名作の一つと言われる内田吐夢監督の「飢餓海峡」(東映・1965年)。
原作は言わずと知れた、これまた社会派推理小説の名作とされる水上勉「飢餓海峡」です。

筆者は原作より先に映画を観ました。それも、中学生の頃に。
曖昧な記憶ですが、ある日の昼過ぎにテレビ放映されていたものを、ボーッと眺めていました。
ミステリ好きではあったので、原作小説の存在は知っていましたが、読んではおらず、映画についても何も知りません。
冒頭の遭難シーンの並々ならぬ迫力に画面に釘付けになり、そのまま最後まで見続けることになってしまったのでした。

中学生ながら、やはりこの映画で一番印象に残ったのは「爪」の存在です。
一夜を共にしただけの男を忘れられず、その爪を捨てずにずっと持ち続けている女性。そのことがやがて悲劇を生みます。
「爪」という生々しいアイテムが物語に強く説得力を与えていました。

ところが!
大人になってから原作小説を読んでみたところ、どこまで読んでも爪の話など出てきません。
かわりに別のアイテムが出てくるのですが、「え? これが爪の代わり?」と拍子抜けしてしまいます。そもそも、ミステリ的にこんなものが証拠になるんだろうか。
いや、そうは言っても、やはり原作は非常に素晴らしい内容です。
主人公とヒロインを巡る悲劇が映画以上にみっちりと描き込まれており、まさに日本版「レ・ミゼラブル」といった趣があります。
それだけに、肝心のアイテムが「爪」でない点だけが残念に感じました。

実はこの「爪」というアイデア、映画の脚本を担当した鈴木尚之の発案なのです。
シナリオを収録した「鈴木尚之 人とシナリオ」を読むと、原作者の水上勉自身が、このアイデアに脱帽したというエピソードが載っています。
鈴木尚之へあてた手紙に「小説には書けなかったことを補ってくださった」とまで書いているのです。

名作小説を映画化して、原作を超えるということはなかなかなく、本作についても全体的には原作の方が感動は深いように思いますが、この「爪」という一点のみで原作の魅力を遥かに凌駕し、いまだに「飢餓海峡と言えば爪」というくらいに語り継がれているわけです。

飢餓海峡 [DVD]
東映ビデオ


鈴木尚之 人とシナリオ
シナリオ作家協会
1998-05


飢餓海峡 (上巻) (新潮文庫)
水上 勉
新潮社
1990-04-08


飢餓海峡 (下巻) (新潮文庫)
水上 勉
新潮社
1990-04-08