201806漂流232

来月の講談社文庫新刊に筒井康隆「読書の極意と掟」というものがありました。

読書の極意と掟 (講談社文庫)
筒井 康隆
講談社
2018-07-13


講談社からは「創作の極意と掟」というエッセイが出ているので、それの間違いかと思いましたが、しかしよく考えると、こっちはとっくに文庫になっています。
いったい何だろうこれは、と調べてみたところ、なんと2011年に朝日新聞出版から出た「漂流 本から本へ」の文庫化なのですね。

筒井康隆のエッセイは毒を含んだものが多く、読み始めると病みつきになりますが、「漂流」は全くそのような毒がありません。筒井康隆とは思えないくらい、とても素直な文章で書かれています。にも関わらず、実は筆者は筒井康隆のエッセイで一番好きなのはこの本なのです。

もともとは朝日新聞の読書欄に連載されていて、その時から愛読していました。
帯に「書評的自伝」とありますが、これまでに出会った本を絡めながら、自伝的に思い出話を綴っています。
筆者としては、乱歩の登場回数が予想外に多い点がまず嬉しいポイントでした。

ご存じのとおり、筒井康隆の商業デビューは乱歩が編集していた雑誌「宝石」への短編掲載です。
まるで作風の違う筒井康隆に注目した乱歩の慧眼には驚きますが、その一方で筒井康隆は乱歩をどう思っていたのだろうということがずっと気になっていました。
本書を読むと、特に幼少期はかなり熱狂的な乱歩ファンだったことがわかります。「孤島の鬼」をうっかり上級生へ貸して借りパクされてしまった話など、本が貴重だった時代だけに本当に悔しかったろうと、同情を禁じ得ません。
ボアゴベの「鉄仮面」も「江戸川乱歩訳」で紹介されています。これは乱歩名義で刊行はされたものの、実際には別人によって訳されたと推定されているものですが、「乱歩が自身でリライトしたのだと信じたい気持ちでいる」と、乱歩の思い出ばかり綴っています。(筆者はこの章を読んで興味を持ち、「鉄仮面」の原作と「乱歩訳」との両方を読みました)

そのほかには、デュマ「モンテ・クリスト伯」やディケンズ「荒涼館」など、名作とされる小説についても書いています。
筆者は「モンテ・クリスト伯」の湯水のように金を使うエピソードから、何となく筒井康隆の「富豪刑事」を連想していたのですが、実際のところ「富豪刑事」着想のヒントはここにあったのかも知れません。
「荒涼館」は村上春樹の何かの小説に登場したということで、しばらく品切れだったちくま文庫版が復刊し、その後は岩波文庫から新訳も出ていますが、筆者はこの「漂流」で紹介されていたことから買いました。(しかし、数年にわたって積ん読中……)

筒井康隆だから前衛的な本ばかり読んでいるのでは、と警戒される方もいるかも知れませんが、全くそんなことはなく、世界的な名作についても個人的な思い出と絡めながら熱く語る一方で、現代文学、SF、演劇などについても一般読者にわかりやすいよう丁寧に紹介してくれています。
筒井康隆のことがますます好きになり、ついでに読書の幅も広がる、素晴らしい本です。
待望の文庫化の機会に、ぜひどうぞ。


読書の極意と掟 (講談社文庫)
筒井 康隆
講談社
2018-07-13