備忘の都

40年間の読書で得た偏った知識をツギハギしながら、偏った記事をまとめています。同好の士の参考に。

笠原和夫

国書刊行会「笠原和夫傑作選 第二巻 仁義なき戦い――実録映画篇」入手

201809笠原和夫263

さて、しつこく「笠原和夫傑作選」の話が続きます。
前回まで、購入前にもかかわらず解説記事を書いていましたが、今回は購入レポートです。
この巻については、収録作のシナリオをすべて持っているため、正直なところ「5000円出して買うべきかどうか……」とちょっと悩んだのですが、しかし、一巻と三巻だけ買って二巻が抜けているというのも蔵書としていかがなものかと思われるため、買うことにしたわけです。
ただし、笠原和夫という脚本家にそれほど深い興味がなくても、「仁義なき戦い」は大好き、という方は世の中に多いと思いますので、いちばん買う価値がある巻はやはりこの第二巻だろうと思います。

収録作品よりも、おまけに期待していましたが、解題は期待以上の内容です。
以前にやはり国書刊行会から「映画の奈落」を刊行した伊藤彰彦氏が書いています。
製作の背景から、評価に至るまで、簡潔ではありますが十分な内容が書き込まれてます。
また、月報のような付録冊子が挟んであり、ここには笠原和夫のエッセイと、藤脇邦夫氏による笠原和夫論が収録されています。
『笠原和夫シナリオ集』あとがき 笠原和夫
シリーズ″実録″物の実録 笠原和夫
 笠原和夫脚本における作劇術についての分析 藤脇邦夫
「『笠原和夫シナリオ集』あとがき」は、幻冬舎アウトロー文庫から「仁義なき戦い」シナリオ集が刊行された際に付されたあとがきです。
「シリーズ″実録″物の実録」は、雑誌「宝島」1975年1月号に掲載された文章ということです。該当号の書影を古本屋さんのサイトで見つけたので貼っておきます。執筆者に笠原和夫の名が見えます。

宝島

「笠原和夫脚本における作劇術についての分析」の藤脇邦夫氏は「出版幻想論」などの著書で出版業界では有名な方ですが、映画について文章を書かれているのは初めて見ました。笠原和夫のエッセイ集「映画はやくざなり」に収録されている「シナリオ骨法十箇条」に則って「仁義なき戦い」シリーズのシナリオを分析するという、非常に面白い内容です。

という形で、まずはおまけを堪能してから本編をパラパラとめくってみました。
冒頭にも書いたとおり、この巻の収録作はすべて手元に揃っており、「仁義なき戦い」については幻冬舎アウトロー文庫で何度も読み返しているので、まあ本当にパラパラ眺めるだけのつもりでページを開いたのですが……結局、熟読。
笠原和夫のシナリオは、やはり読み始めると引き込まれてしまいますね。
ただ、本が大きすぎて通勤電車の中で読むのは厳しいため、途中まで読んだところで改めて幻冬舎アウトロー文庫版を本棚から出してきて、そっちで読み続けているという状態。

笠原和夫を「読む」

国書刊行会「笠原和夫傑作選」収録作品解説(第3回)

前回に続き、国書刊行会「笠原和夫傑作選」について。
今回は第3回配本である「第三巻 日本暗殺秘録――昭和史~戦争映画篇」の作品解説です。
昭和の闇を描き続けた笠原和夫にとって、この巻はまさに本領発揮。映画を鑑賞するだけでなく、シナリオを読み込む価値がある力作が並びます。晩年のインタビュー「昭和の劇」を読んでいても、最も面白いのはやはりこの時期ですね。

「日本暗殺秘録」(1969年 中島貞夫・監督 千葉真一・主演)
日本近代史上のテロ事件をオムニバス形式で描いた作品。なかなかソフト化されなかったためカルト映画のような扱いになっていましたが、今はDVDが出ています。
筆者も大好きな映画であり、以前にこのような記事も書いています。
笠原和夫脚本「日本暗殺秘録」鑑賞の参考図書





「あゝ決戦航空隊」(1974年 山下耕作・監督 鶴田浩二・主演)
「博奕打ち 総長賭博」など任侠映画の傑作を共に作ってきた山下耕作、鶴田浩二と改めて組んだ戦争映画。これまた名作。神風特別攻撃隊を創始し「特攻の父」と言われた海軍中将・大西瀧治郎を主人公にした物語です。
このように紹介すると非常に右翼的な内容と思われるかもしれませんが、笠原和夫のシナリオは天皇批判に満ちています。敗戦が近づくと、大西は「二千万人特攻論」を唱えますが、笠原和夫によればこれは「陛下も最後に特攻してほしい」という願望だったということで、後半はそのような思想で書かれたセリフががんがんと出てきます。
終戦をめぐる緊迫した雰囲気は「日本のいちばん長い日」を凌ぎます。「日本のいちばん長い日」では大西中将は単なる狂人として登場しますが、笠原和夫の徹底した取材に裏付けられた大西像は、従来のそのような見方を覆すリアリティがあります。




「大日本帝国」(1982年 舛田利雄・監督 丹波哲郎・主演)
これまた、右翼の皮をかぶった左翼映画。
篠田三郎演じる学徒出陣した中尉は、戦犯として処刑される際に「天皇陛下ッ、お先にまいりますッ」と叫びながら死んでいきます。要するに、陛下も後からついてきてくださるでしょう、ということ。
関根恵子演じるヒロイン・美代は、結婚したばかりの夫が召集されますが、その銃後の会話。
「天皇陛下も戦争に行くのかしら?」「天子さまは宮城だョ、ずーっと」
こんなセリフを昭和天皇存命中にバンバンと飛ばしていたわけです。
しかし、筆者としては最も感動したのはラストシーンです。
美代と夫・幸吉の再会シーン。
これは何度読んでも泣けます。もはやシナリオとは言えないレベルの描写。そして、映画本編を見ると、その通りの完璧な演技をしている関根恵子に驚き、またまた涙が出てきます。
個人的には、笠原和夫のシナリオの中で最も好きなシーンです。




「昭和の天皇」
(未映画化)
これはぜひとも映画を完成させてほしかった一本です。
「あゝ決戦航空隊」や「太平洋戦争」で激しく天皇批判を繰り広げた笠原和夫ですが、昭和天皇への思いは愛憎相半ばしており、同時代人として敬意を抱いていたことも伺われます。
「昭和の劇」の中で昭和天皇について語って部分は特に興味深いものです。
この「昭和の天皇」は、1984年(昭和59年)に執筆されたものですが、右翼関係への調整がうまくゆかず結局、流れてしまったようです。
どんな内容なのか読んでみたいとずっと願っていたところ、2010年に雑誌「en-taxi」の付録として刊行されたことがあり、筆者はその時に読みました。
内容的には極めて穏やかに、昭和天皇のよく知られているエピソードをまとめており、正直なところ笠原和夫にはもっと過激なものを期待してしまっていましたが、まあ商業映画として公開することを目的としているからには、妥当なラインだったのでしょう。
読んでみると拍子抜けですが、とはいえ、笠原和夫ファンとしては一読の価値があるシナリオです。

「226【第1稿】」(1989年 五社英雄・監督 萩原健一・主演)
二・二六事件を描いた、奥山和由製作の松竹映画。
ポイントは「第1稿」という点にあります。
「昭和の劇」では、この映画について奥山和由への不満をしきりに語っています。
笠原和夫は「二・二六事件は壬申の乱だった」、つまり昭和天皇と秩父宮との皇位をめぐる対立が背景にあったという考えを示しており、「226」の第1稿は、それを前提として物語が組み立てられていたようです。
監督はそのままの内容で撮りたがったということですが、タブーに触れる内容に恐れをなした奥山は秩父宮に関するくだりを外すよう要求し、代わりに「ハチ公物語」がヒットしていたから、犬を登場させてくれ、という話になり、笠原が考えていたのはまるで違う映画になってしまった、ということを語っています。
この映画のシナリオは劇場公開当時に書籍として刊行されていますが、改稿後のものです。
今回の「傑作選」では、どこに埋もれていたのやら、なんと幻の「第1稿」を収録するとのこと。「昭和の天皇」に期待したものの拍子抜けした「過激な笠原和夫」を、今度こそ期待しても良さそうです。




「仰げば尊し」(未映画化)
笠原和夫最後の脚本ですが、未映画化に終わっています。
三芳八十一著「だちかん先生」という、ほとんど誰も聞いたことのない本を原作に、田舎の教師と子どもたちとのふれあいを描くという、全く笠原和夫らしからぬ物語のようですが、笠原本人は、本来こういうのをやりたかったんだよ!と語っています。東映に入社してしまったがためにチャンチャンバラバラのシナリオばかり書いてきたが、それは本意ではなかったとのこと。
「昭和の劇」のインタビュワー荒井晴彦は、シナリオの教科書みたいなホンだと、絶賛しています。これまで公刊されたことはありませんが、この機会に「本来の笠原和夫」を読めるわけで、楽しみです。

笠原和夫を「読む」

国書刊行会「笠原和夫傑作選」収録作品解説(第2回)

201811笠原和夫275

前回に続き、国書刊行会「笠原和夫傑作選」について。
今回は第2回配本である「第一巻 博奕打ち 総長賭博――初期~任侠映画篇」の作品解説です。
脚本家デビューしてからしばらくは、ひばり映画や時代劇、任侠映画のシナリオを書いていましたが、第一巻にはこの時期の作品が収録されています。
収録作はDVD化されていないものも多く、かなりレアな作品が集まった巻と言えます。
こんな記事をえらそうに書きながら申し訳ないのですが、筆者も初期の作品は全然観ていません。なおかつ、「傑作選」刊行前に本記事を書いていますので、いったいどんな映画なんだかまるで知らないくせに以下の解説を書いております。「昭和の劇」での記述を参照しつつ、作品の位置づけを探ってみます。



「風流深川唄」(1960年 山村聰・監督 美空ひばり・主演)
デビュー当初、立て続けに執筆した美空ひばり主演映画の一編。川口松太郎の原作を脚色した文芸映画です。「昭和の劇」では、ひばり映画は美空ひばりのオーラを見せることに腐心したと語りますが、その中で「風流深川唄」はきちんとした芝居をしているということです。
笠原和夫、最初期の作品です。
シナリオのこれまでの公刊履歴はわかりません。VHSは発売されたことがあるようですが、DVDにはなっていません。

「港祭りに来た男」(1961年 マキノ雅弘・監督 大友柳太朗・主演)
その後「日本侠客伝」シリーズでもタッグを組む大御所・マキノ雅弘監督の一編。七夕伝説をモチーフにした時代劇ということですが、ソフト化されたことはなく、これまた筆者は未見。「昭和の劇」では本人の口からあらすじを語っていますが、イマイチどんな話なのか理解できません。荒井晴彦は「名作だ」と評しており、笠原本人も同意しています。

「祇園の暗殺者」(1962年 内出好吉・監督 近衛十四郎・主演)
「昭和の劇」によれば、初めてリアリズムを意識した作品。幕末が舞台にテロリズムを描いた時代劇で、資料にあたってできる限り事実に即して書いたとのこと。後年、実録路線や戦争映画で名を馳せる笠原和夫の原点と言える作品のようです。この脚本によって社内で存在を認められるようになったと語っていますが、映画の出来映えには納得していないようです。監督に対する不満は、後年の作品でもさんざん口にしており、そのあたりでも笠原和夫らしい作品なのかもしれません。
これもソフト化されたことは無いようです。

「めくら狼」(1963年 大西秀明・監督 東千代之介・主演)
任侠映画を量産したプロデューサー・俊藤浩滋と初めて仕事を共にした作品。文明開化の時代を舞台に、盲目の侠客を描いたもの。大映がヒットさせた「座頭市」を念頭に制作された映画ということですが、笠原本人は非常に乗って執筆することができ、のちの任侠映画につながっていったと語っています。これもソフト化されたことは無いようです。

以上、今やほとんど忘れられた初期作品が並んでいますが、改めて「昭和の劇」を読み返すと、笠原和夫の脚本家としての歩みを振り返る上では、いずれも重要な作品であるようです。
このあと、任侠映画の時代が始まります。

「博奕打ち 総長賭博」(1968年 山下耕作・監督 鶴田浩二・主演)
東映任侠映画最高傑作と言われる一編。DVD化されています。
従来の任侠映画に飽き足らず、ギリシア悲劇を意識し、ドラマを作り上げたものです。会社からは「芸術映画なんかいらない」と叱られますが、三島由紀夫が激賞したことで任侠映画の代表作と評価されるようになりました。
シナリオはこれまでいろいろな本・雑誌に掲載されており、「笠原和夫 人とシナリオ」にも収録されています。三島由紀夫の評論はワイズ出版「三島由紀夫映画論集成」で読めます。

三島由紀夫映画論集成
三島 由紀夫
ワイズ出版
1999-12




「博奕打ち いのち札」(1971年 山下耕作・監督 鶴田浩二・主演)
「総長賭博」と同じメンバーで制作された作品。笠原本人はそれほど気に入っているシナリオではないと語りますが、山下耕作の演出により、傑作となっています。任侠道よりも、男女のラブストーリーがメインとなっています。
「博奕打ち」シリーズはほとんどがDVD化されているにもかかわらず、世評の高いこの映画、なぜかDVDになっていません。この機会に発売を熱望。

「女渡世人 おたの申します」(1971年 山下耕作・監督 藤純子・主演)
人気絶頂だった藤純子主演映画。藤純子といえば「緋牡丹博徒」シリーズが名高いのですが、主人公の型があまりにかっちりと決まってしまっているため、もう少し自由度の高いヒロイン像を造形できるように、ということで「女渡世人」シリーズが始まったということです。藤純子をアナーキストに仕立てたところ、山下監督が大喜びしたというエピソードを語っています。
この翌年、笠原和夫脚本、マキノ雅広監督「関東緋桜一家」で藤純子は任侠映画を卒業します。



ということで、以上は任侠映画の代表作が並びます。
ただ、このラインナップ、東映任侠映画で最も有名な一本「日本侠客伝」が含まれていませんね。これは共作だからでしょうか。

【2018/10/16追記】
(国書刊行会のサイトが更新され、予告段階では入っていなかった「日本侠客伝」が収録されるとのことです。このため、記事を追記します)

「日本侠客伝」(1964年 マキノ雅弘・監督 高倉健・主演)
「昭和残侠伝」「網走番外地」と並ぶ高倉健代表シリーズの第一作。シナリオは村尾昭・野上龍雄との共作ですが、メインは笠原和夫です。
博徒を主役にした任侠映画に疑問を持っていた笠原和夫は、このシリーズでは実業を稼業とする主役を据えます。つまり、木場、沖仲仕、鳶、火消しなど、荒くれのやくざ者が多いが、博徒ではない。堅気とやくざの間にいる「侠客」を描いたのです。このため、「日本侠客伝」での高倉健は刺青をしていません(シリーズが進むと刺青を入れている作品も出てきますが)。
また、このシリーズで定着したフォーマットを利用して「昭和残侠伝」が制作されるなど、任侠映画史を語る上で外せない名作です。
【2018/10/16追記ここまで】

さて、最後。
「映画三国志」(テレビ作品)
こんな作品があったとは、筆者は全く知りませんでした。「昭和の劇」にも、何も言及はありません。
テレビドラマデータベースで調べたところ、ありました。
http://www.tvdrama-db.com/drama_info/p/id-26357
1990年に2時間ドラマとして放映されたようです。この内容が、なんと岡田茂の伝記!
そう、どこかで見たタイトル、と思ったら大下英治の「映画三国志 小説東映」をドラマ化したものだったのです。

映画三国志―小説東映
大下 英治
徳間書店
1990-05


筆者が持っている本には帯はついていないため知らなかったのですが、Amazonの書影は帯付きで、確かに「ドラマ化」「脚本・笠原和夫」などと書いてあります。
「昭和の劇」を読んでいて最も印象に残るのは、実は東映京都撮影所所長から社長になる岡田茂の強烈なキャラクターです。「仁義なき戦い」の広島弁も、広島出身の岡田茂がどなっている口調を再現すればそれで済ませられたと言われているくらいで、笠原和夫が岡田の伝記を描けば、面白いことは間違いなしでしょう。これは楽しみ!

というわけで、レア作品が並ぶ第1巻。あまり一般受けはしない巻でしょうけれど、筆者としては最も待っている一冊です。




笠原和夫を「読む」
笠原和夫脚本「博奕打ち いのち札」ようやくDVD化!
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筆者:squibbon
幼稚園児の頃から40を過ぎた現在に至るまで読書が趣味。学生時代は読書系のサークルに所属し、現在も出版業界の片隅で禄を食んでいます。
好きな作家:江戸川乱歩、横溝正史、都筑道夫、泡坂妻夫、筒井康隆、山田風太郎、吉村昭。好きな音楽:筋肉少女帯、中島みゆき。好きな映画:笠原和夫、黒澤明、野村芳太郎、クエンティン・タランティーノ、ティム・バートン、スティーヴン・スピルバーグ、デヴィッド・フィンチャー。
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