備忘の都

40年間の読書で得た偏った知識をツギハギしながら、偏った記事をまとめています。同好の士の参考に。

泡坂妻夫

亜愛一郎の後継者がついに登場!? 櫻田智也『サーチライトと誘蛾灯』

201711サーチライトと誘蛾灯141

気になっていた著者の単行本がようやく刊行されました。
2013年にミステリーズ!新人賞を受賞した櫻田智也『サーチライトと誘蛾灯』です。
なにが気になっていたのか? それはほうぼうで目にする「亜愛一郎の再来」という評判です。

読んでみると確かに、泡坂妻夫の生み出した亜愛一郎シリーズを強烈に意識していることが伺われる作品集でした。
個人的な話をすれば、筆者は以下のような記事を書いてしまうくらい、亜愛一郎に関しては熱狂的です。

亜愛一郎辞典

古今東西、これほど好きなシリーズはなく、これまでの人生は「亜愛一郎のような小説」を探し求めて生きてきたと言っても過言ではありません。
すぐれた謎解き短編を読むと「亜愛一郎っぽい」感動を味わうことはありますが、それでも「やっぱり亜愛一郎には勝てないよな」と、何を読んでも一抹の淋しさを感じ続けてきたものです。

ところで、亜愛一郎シリーズの魅力とは何でしょう?
他の泡坂妻夫作品にも共通する部分でもありますが、

1.奇妙な論理展開(「DL2号機事件」「藁の猫」など)
2.異常なほど張り巡らされた伏線(「G線上の鼬」など)
3.意外な手がかりによって、がらりと景色の変わる真相(「珠洲子の装い」「砂蛾家の消失」など)
4.落語のような会話(ほぼ全編)

という点を挙げたいと思います。
ついでに言えば、上記全ての魅力を百点満点でクリアしている最高傑作は、亜愛一郎シリーズでは「G線上の鼬」。シリーズ外では「紳士の園」だと思っています。

さて、話を戻しますと、本作『サーチライトと誘蛾灯』は、どの程度、泡坂妻夫に迫っているでしょうか?
筆者としてはかなり満足度が高いものでした。
とは言え、亜愛一郎最大の魅力である「1」の奇妙な論理展開はほとんど見られません。やはりこれだけは永久に泡坂妻夫の独擅場にあり続けるのでしょうか。
しかし、それ以外の「2~4」については、よく練り込まれています。

本書を読むと、「泡坂妻夫らしさ」というのはやはり会話の妙に負っているところが大きいな、という気がします。大きな笑いを取るわけではなく、ユーモラスな雰囲気を維持する会話は泡坂妻夫を彷彿させます。伏線や意外な真相というものはほかのミステリでも堪能することができますが、この雰囲気を味わえる作品にはなかなかお目にかかれません。
もちろん、「2・3」のミステリ部分がハイレベルであることが前提ですが、そこへ「4」の会話の魅力が加わり、とても楽しめる作品集になっています。さらに一作目の表題作が「紳士の園」を思わせる設定、という点も筆者としてはかなりポイントが高いです。

というわけで、泡坂妻夫との比較ばかり書いてしまいましたが、著者本人も泡坂妻夫ファンということなので、かまわないでしょう。あとがきには、著者と泡坂妻夫との偶然の邂逅が描かれていますが、これがとても印象的です。不覚にも涙がこぼれました。
単行本デビューしたばかりの著者に対して失礼な物言いながら、泡坂妻夫ファンの切なる願いをいえば、著者には今後、オリジナルの作風を目指したりなどせず、「泡坂妻夫っぽさ」を更に追求してほしいな、と思っています。 

本格ミステリ好きにおすすめ 昭和50年代ミステリ映画DVD紹介

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昭和50年代は、先日記事を書いた野村芳太郎のミステリ映画や一連の横溝映画のほかにも本格ミステリファンが喜ぶようなミステリ映画が数多く製作されています。
その背景には、本格の復権が始まっていた時代があります。
新本格登場前夜ですが、横溝ブーム、雑誌「幻影城」の刊行とそこから輩出された本格ミステリ作家たちの活躍、笠井潔や島田荘司の登場など、すでに復古的な本格ミステリはマニアのあいだでは一つの波となっていました。
この流れの中で、本格ミステリ映画が次々作られたわけですが、ただし今の視点で見ると一つの特徴があります。
それは「論理」より「雰囲気」を重視する姿勢です。
そもそも「本格ミステリ」はエラリー・クイーンに代表されるように犯人が仕掛けるトリックや謎解きの論理を重視しています。しかし、横溝ブームに見られるように、昭和50年代においては、一部のマニアを別として、一般的には論理よりも本格ミステリがまとう雰囲気が重視される傾向がありました。
この風潮の影響を受けているわけです。
とはいえ、今の視点で見ても、本格ミステリファンにとってとても居心地の良い映画が作られていた時代だと思います。筆者はこの頃の映画のDVDが発売されると、なるべく漏らさず買い揃えています。
今回は、横溝正史、野村芳太郎以外の昭和50年代ミステリ映画をご紹介します。

不連続殺人事件(新・死ぬまでにこれは観ろ! ) [DVD]
1977年 ATG


坂口安吾の小説を映画化した曽根中生監督作品です。
脚本は大和屋竺、田中陽造、曾根中生、荒井晴彦という、要するに具流八郎メンバーです。
このメンバーで「不連続殺人事件」を映画化するのは意外なような、意外でないような。つまり、原作小説が意図した論理ゲームには興味はないものの、坂口安吾の文学性には大いに馴染むというわけで、やはり「雰囲気重視」の作品の一つと言えると思います。



任侠映画の名匠として知られる加藤泰監督です。
乱歩の「陰獣」が雑誌連載された際、担当編集者は横溝正史でした。その横溝正史はこの映画が公開された際、絶賛しています(「真説・金田一耕助」に収録)。多分にリップサービスはあったと思いますが、とはいえ、この中で探偵小説的な仕掛けについては全く触れず、男女の機微を描く監督の腕前のみにコメントしています。
ストーリーはかなり原作に忠実な映画となっています。

白昼の死角【DVD】
1979年 東映


角川春樹製作・村川透監督というと、同時期に公開された大藪春彦原作の「蘇る金狼」の印象が強く、同じ組み合わせで高木彬光原作って、いったいどうなの?と思ってしまいますが、予想外に原作に忠実に作っています。原作好きはなかなか楽しめます。

乱れからくり [DVD]
1979年 東宝


東宝のプロデューサーの田中文雄は滝原満というペンネームで第一回幻影城新人賞に寡作入選しており、泡坂妻夫と全くの同期ということになります。その縁でこの映画を企画したものと思われ、「幻影城」誌上には撮影現場のルポも掲載されています。
松田優作と泡坂妻夫って、あまりにかけ離れた印象ですが、それほど違和感はありません。
再現されたからくり屋敷も見ものですが、必見は泡坂妻夫本人が焼き鳥屋の親父役でカメオ出演している点です。泡坂妻夫を神と仰いでいる筆者にとっては、ご本人の映像と肉声とが記録された貴重な映画です。

もどり川 [DVD]
1983年 東宝東和


連城三紀彦の「戻り川心中」を神代辰巳が映画化しています。神代監督の代表作の一つにも数えられる男女の愛憎劇で、やはりミステリ的要素は薄めの仕上がりです。

湯殿山麓呪い村 角川映画 THE BEST [DVD]
1984年 角川春樹事務所


いかにもな角川映画としては後期のものと言えるでしょう。山村正夫の原作を「人魚伝説」「死霊の罠」などで有名な池田敏春が監督しています。
おどろおどろしいタイトルとは逆に現代的な雰囲気に驚かされますが、この辺が角川映画でしょう。原作からはかなりアレンジされていたように思いますが、原作を読んだのがかなり昔なので、実は細かいことはあまり覚えていません。すみません。



『亜智一郎の恐慌』の亜愛一郎ネタ探し

亜愛一郎のご先祖様を思わせる亜智一郎が活躍する『亜智一郎の恐慌』という短編集があります。この中に現れている亜愛一郎ネタを気づいた分だけ拾ってみます。
ちなみに、泡坂妻夫の別シリーズのネタもちょこちょこと書かれていますが、今回はそれは省略し、亜愛一郎シリーズとリンクするネタに限ります。リンク先は当ブログ「亜愛一郎辞典」の該当項目です。

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雲見番 → 亜愛一郎は雲や昆虫を主な専門としているカメラマン。(雲見番拝命)
緋熊重太郎 → 緋熊五郎 (雲見番拝命)
経師屋橋之助 → 経師屋橋之助 (雲見番拝命)
宮前座 → 宮前市 (雲見番拝命)
地震 → 『亜愛一郎の狼狽』第一話「DL2号機事件」は宮前市を襲った大地震の話題で始まる。(雲見番拝命)
藻湖猛蔵 → 藻湖刑事 (雲見番拝命)
鈴木正團 → 鈴木正麻呂 (雲見番拝命)
古山奈津之助 → 古山奈津 (雲見番拝命)
普賢菩薩 → 古山奈津の背中には普賢菩薩の刺青があった。(雲見番拝命)
耳成新兵衛 → 耳成 (地震時計)
「ふつ」の字紋 → 最終話「亜愛一郎の逃亡」に登場する「フツ国」の紋章と同じ。(地震時計)
有江屋 → 有江屋 (地震時計)
桝金 → 桝銀 (ばら印籠)
上岡菊敬 → 上岡きくけこ (薩摩の尼僧)
「歩いてしなしなしている亜」 → 最終話「亜愛一郎の逃亡」に「歩いている亜」「歩いて寝ている亜」など大量の回文が登場する。(大奥の曝頭)

読んでいるあいだは、もっとたくさんのネタが登場していたように感じましたが、改めてまとめてみるとそれほどでもないですね。
『泡坂妻夫引退公演』に収録された「亜智一郎」ものについては、後日またまとめてみます。
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筆者:squibbon
幼稚園児の頃から40を過ぎた現在に至るまで読書が趣味。学生時代は読書系のサークルに所属し、現在も出版業界の片隅で禄を食んでいます。
好きな作家:江戸川乱歩、横溝正史、都筑道夫、泡坂妻夫、筒井康隆、山田風太郎、吉村昭。好きな音楽:筋肉少女帯、中島みゆき。好きな映画:笠原和夫、黒澤明、野村芳太郎、クエンティン・タランティーノ、ティム・バートン、スティーヴン・スピルバーグ、デヴィッド・フィンチャー。
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