備忘の都

40年間の読書で得た偏った知識をツギハギしながら、偏った記事をまとめています。同好の士の参考に。

江戸川乱歩

乱歩評論書目次紹介 その1『幻影城 1975年7月増刊 江戸川乱歩の世界』

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乱歩は生前からさまざまに批評されてきましたが、没後に何度か、乱歩論を集大成した本が刊行されています。
何回かにわけて、それらの目次をずらずらっとご紹介します。

初回は『幻影城 1975年7月増刊 江戸川乱歩の世界』。
この本は古今の乱歩論をまとめたものとしては最初のものではないかと思われます。半年前に創刊したばかりの探偵小説専門誌「幻影城」初めての増刊号であり、かなり充実した内容です。

「パノラマ島綺譚」と「陰獣」が出来る話 横溝正史
《時代の評価》
日本の近代的探偵小説 特に江戸川乱歩氏について 平林初之輔
江戸川乱歩 宇野浩二
創作集『心理試験』序 小酒井不木
江戸川乱歩氏を繞りて 石上是介
明智小五郎の印象 甲賀三郎
江戸川乱歩論 橋爪健
江戸川乱歩氏に対する私の感想 夢野久作
「陰獣」吟味 井上良夫
江戸川乱歩論 木々高太郎
江戸川乱歩論──Profile of Rampo 中島親
江戸川乱歩論 荒正人
乱歩分析 大下宇陀児
「彼」──江戸川乱歩論序説 村山徳五郎
江戸川乱歩論 松本清張
乱歩評価の推移 中島河太郎
《乱歩私観》
私にとっての江戸川先生 飛鳥高
ある夏の夜 鮎川哲也
乱歩と少年の私 幾瀬勝彬
乱歩とSF 石川喬司
「新青年」と「宝石」 石沢英太郎
二つの作品の思い出 岡田鯱彦
乱歩との出会い 尾崎秀樹
ゆきずりの巨人 狩久
乱歩作品の少年にあたえた影響 九鬼紫郎
「国家に反抗する小説ということ」 小林久三
乱歩先生と私の出会い 斎藤栄
わが師乱歩 島田一男
とりとめもなく 城昌幸
お話こそできなかったが… 草野唯雄
「愚作を書け!」 高木彬光
二面の人 多岐川恭
乱歩における英文学 千代有三
一人の芭蕉の問題 土屋隆夫
評論集『幻影城』覚書 椿八郎
乱歩私語 天藤真
推理小説のふるさと 新羽精之
乱歩氏の反省・遺された問題 日影丈吉
よるの夢こそまこと 氷川瓏
少女時代の思い出 藤木靖子
もう一人の乱歩 松村喜雄
YDNペンサークルの頃 光石介太郎
乱歩文学の評価 水上幻一郎
乱歩・文学の非文学 宮原龍雄
乱歩の短編の魅力 武蔵野次郎
乱歩との接点 渡辺啓助
乱歩から学んだこと 渡辺剣次
《新しい視点》
閉じ込められた夢──江戸川乱歩論 権田萬治
人でなしの世界──乱歩の怪奇小説 紀田順一郎
華麗なユートピア──乱歩の長篇小説 大内茂男
創造と崩壊──乱歩の少年探偵小説 二上洋一
幻影城の城主・江戸川乱歩 山村正夫
憧憬から創造へ──乱歩と涙香 阿部主計
愁い顔の探偵──乱歩・朔太郎・初之輔のことなど 安間隆次
怪奇ロマンの遍歴と脱却──乱歩と正史 中島河太郎
乱歩・少年ものの世界──少年探偵小説の書誌学的研究 戸川安宣
《資料》
江戸川乱歩参考文献目録 島崎博
江戸川乱歩年譜 島崎博
《乱歩を語る》
江戸川君と私 森下雨村
乱歩君の印象 春日野緑
蚯蚓語 蘭郁二郎
人生を闊歩する人 大坪砂男
乱歩さんと私 角田喜久雄
乱歩さんと私 西田政治

本書はいくつかのセクションにわけて編集されています。
冒頭の横溝正史「『パノラマ島綺譚』と『陰獣』が出来る話」は本書への書き下ろしですが、ほぼ同時期に刊行された『探偵小説昔話』にも再録され、横溝の代表的なエッセイの一つと言えます。
《時代の評価》は、生前リアルタイムで発表された乱歩論をまとめています。井上良夫「『陰獣』吟味」は海外本格ミステリに精通した筆者らしい充実した内容の評論ですが、中島河太郎の解説によれば「陰獣」発表後6年も経ってからポツンと発表され、内容に割にはあまり反響がなかったとのこと。しかし、今では乱歩論の傑作として知られています。
《新しい視点》《乱歩私観》のセクションはいずれも書き下ろしで、本書の刊行時期=乱歩没後10年の評価がまとまっています。
土屋隆夫は乱歩の『随筆探偵小説』に収録された「一人の芭蕉の問題」を読んで感動し、ミステリ作家を目指したと言われていますが、本書ではずばり同じタイトルで、このエッセイに触れています。とはいえ、「これを読んで作家を目指しました」という自分語りではなく、これは乱歩が自身を奮起させるために書いた文章ではなかろうか、と推測しています。

「幻影城」は全部揃えようと思うとなかなか大変ですが、この増刊号は割りとよく古本屋で目にしますので、乱歩ファンなら、もし見かけた場合は買っておいて損はないと思います。

江戸川乱歩関係お宝本紹介「別冊太陽88 乱歩の時代」(1994年・平凡社)

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「別冊太陽」の1994年冬号は「乱歩の時代――昭和エロ・グロ・ナンセンス」というタイトルの特集でした。タイトル通り「時代」に焦点をあて、乱歩本人に関する記述はほぼありません。
しかし、この内容が本当に素晴らしかった。
「構成」ということで米沢嘉博氏の名が記載されていますが、この方はコミケを率いていたことで有名ですね。

目次は以下のとおりです。

エロ・グロ・ナンセンスの時代と江戸川乱歩(紀田順一郎)
エロ・グロ・ナンセンスの系譜(鈴木貞美)
探偵小説の誕生(鈴木貞美)
モダン都市の幻想(鈴木貞美)
「新青年」が生んだ作家たち(伊藤秀雄)
怪奇・幻想小説の流行(八木昇)
魔術・心霊学・霊術(一柳廣孝)
機械への嗜好性―乱歩とプロレタリア文学(荒俣宏)
海野十三と科学小説(會津信吾)
「科学画報」と通俗科学(會津信吾)
電気博覧会(橋爪紳也)
レンズ仕掛けのレトリック(高橋世織)
ロボット・ブーム(米沢嘉博)
「人種と風俗」への好奇心(米沢嘉博)
エロティシズムへの偏奇(中田耕治)
モダニズムへの裸体郷(秋田昌美)
歓楽都市探訪(米沢嘉博)
カフェー(初田亨)
好色燐寸(米沢嘉博)
小野佐世男と風俗マンガ(小野耕世)
異形たちの蜜月(久世光彦)
残虐のグラフィズム(秋田昌美)
サディズム・マゾヒズム(秋田昌美)
伊藤晴雨の「責め絵」(北原童夢)
美少年・美少女と異装(川崎賢子)
万国衛生博覧会(田中聡)
近代・性出版の幕開け(関井光男)
乱歩と同性愛(古川誠)
性科学雑誌と変態性欲(関井光男)
発禁図書文学案内(城市郎)
エロ出版のオルガナイザー、梅原北明(城市郎)
画業から奇書出版へ、酒井潔(城市郎)
猟奇犯罪事件簿(下川耿史)
亡父乱歩のいた風景(平井隆太郎)
特別付録・覆刻[犯罪図鑑](昭和七年平凡社版江戸川乱歩全集付録)

それぞれその筋の第一人者が執筆している豪華な内容です。
乱歩が通俗長編を量産した大正から昭和初期にかけての、文化・風俗をうかがうことができる好企画でした。
この特集の中で特に注目すべきは「伊藤晴雨」と「発禁図書」についてでした。
本書の記事がきっかけになったのかどうかわかりませんが、本書の刊行後、この2つについてはちょっとしたブームが起きます。
伊藤晴雨は乱歩とは特に絡んだことはない、単に同時代の画家なのですが、女性を縛り上げた絵ばかり描いていた奇人です。妊娠中の妻まで逆さ吊りにしたということなので、ハンパではありません。
本書刊行後に伊藤晴雨関係の本がたくさん出て、SM界の大御所・団鬼六による伝記まで刊行されました。また、1998年に公開された実相寺昭雄監督の「D坂の殺人事件」には「伝説の責め絵師」まで登場しますが、明らかの本記事から連想したキャラと思われます。

「発禁図書」については、このあと「別冊太陽」では城市郎氏による「発禁本」シリーズが続きました。性風俗がメインですが、政治的なものも含まれ、非常に興味深い内容でした。

最後に綴じ込み付録として「犯罪図鑑」というものがついていますが、これは江戸川乱歩初の全集である平凡社版全集の全巻購入特典として製作されたものの覆刻です。全巻を通して「探偵趣味」という冊子が付録して挟み込まれていましたが、それとは別に製作されたもので、乱歩作品とはあまり関係なく「乱歩が好きな人は、どうせこんなのも好きでしょ」という感じのエロ・グロ・ナンセンス写真集ですが、戦前においてすでにこの「別冊太陽」を先取りしているような内容です。
乱歩の回顧録「探偵小説四十年」によれば発禁となったそうなのでレアなものと言えますが、現在でも古書で流通しており、それなりの部数が市場へ出回っていたようです。

「別冊太陽」は雑誌とはいえ重版もしているようで、本書もかなり長く書店の棚にあったように思いますが、さすがに20年以上経つともうなくなっています。単行本で復活してほしいなあ、と思うような、このまま忘れられるには惜しい本でした。



江戸川乱歩関係お宝本紹介「乱歩文献データブック」(1997年・名張市立図書館)

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三重県名張市は乱歩の生誕地であり、市内には記念碑も建っています。土産物屋では「二銭銅貨煎餅」を売っていたりと、乱歩ファンにとっては「わざわざ行くほどではないが近くに用があったら立ち寄ってみたい街」であります。
ここの市立図書館では乱歩関係の資料の収集に力を入れており、「江戸川乱歩リファレンスブック」と称して、これまでに「乱歩文献データブック」「江戸川乱歩執筆年譜」「江戸川乱歩著書目録」の3冊が刊行されました。
いずれも、基本的には書店には並ばず、市立図書館が直接販売する形を取っていました。

最初の「乱歩文献データブック」が刊行されたのは1997年のことでしたが、当時はまだインターネットも黎明期であり、地方の図書館がこのようなものを発行したと知るのは、今に比べるとかなり難かったものです。
筆者がどのような経緯でこの本の存在を知ったかというと、実は人からもらったのです。当時所属していたミステリ好きのサークルでお世話になっていた方から、「たぶん喜ぶだろうと思って買っておきました」と、突然渡されたのです。そりゃ、喜びますとも!
とはいえ結局、その方がどうやってこの本を手に入れたのかはよくわからないままでした。

ということで、最初の1冊は運良く手に入れられたのですが、表紙には「江戸川乱歩リファレンスブック1」とあり、続刊が予想されました。
それからがさあ、大変。当時はTwitterのような便利なものもなく、刊行情報を知るには「マメなチェック」しかありません。定期的に名張市立図書館のホームページを確認する日々が続きました。
そんなこんなで、翌年の「執筆年譜」、少し間が空いて2003年の「著書目録」も無事に入手できたわけです。(ちなみに、久しぶりに名張市立図書館のサイトをチェックしたところ「執筆年譜」と「著書目録」はまだ在庫があるようです)

名張市立図書館の発行ということですが、編纂しているのは実質的には名張市在住の中相作氏という乱歩研究家の方です。
本書が刊行されてしばらく経ったころから「名張人外境」というホームページを運営されており、現在もデータベースの更新を続けておられます。
http://www.e-net.or.jp/user/stako/main.html
「乱歩文献データブック」というのは、乱歩について言及されたあらゆる文献の総目録です。
これが、恐るべき手広さで収集しており、新聞・雑誌・書籍など商業出版されたもの以外にも、私家版、同人誌などまで対象としており、本書に紹介はされているものの、どうやったら入手できるか謎なものも多々あります。
(ちなみに、筆者が以前に「入手した」と自慢の記事を書いていた福島萍人「続・有楽町」は「乱歩文献データブック」には記載ありませんが、データベースには登録されています)
「執筆年譜」「著書目録」は「乱歩文献データブック」の異常な内容に比べると、まあストレートな内容ですが、それだけにほぼ100%の充実度・信頼性があり、当ブログのこちらの記事を書くにあってもとてもお世話になりました。
ちなみに、この「名張人外境」のサイトでは「江戸川乱歩年譜集成」というデータベースも作成されており、これも本になってほしいですね。

この3冊は造本もなかなか凝っており、非常に良い紙を使っているため、刊行から20年以上も経つというのにヤケもシミも一切ありません。正直なところ、内容以上に、この本の美しさにも惚れ惚れしてしまいます。

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筆者:squibbon
幼稚園児の頃から40を過ぎた現在に至るまで読書が趣味。学生時代は読書系のサークルに所属し、現在も出版業界の片隅で禄を食んでいます。
好きな作家:江戸川乱歩、横溝正史、都筑道夫、泡坂妻夫、筒井康隆、山田風太郎、吉村昭。好きな音楽:筋肉少女帯、中島みゆき。好きな映画:笠原和夫、黒澤明、野村芳太郎、クエンティン・タランティーノ、ティム・バートン、スティーヴン・スピルバーグ、デヴィッド・フィンチャー。
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