備忘の都

40年間の読書で得た偏った知識をツギハギしながら、偏った記事をまとめています。同好の士の参考に。

死の十字路

乱歩原作映画「死の十字路」台本入手

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筆者は古本屋に映画の台本コーナーを必ずチェックしています。
公刊されていないシナリオが転がっていないか見ているわけですが、久しぶりに収穫がありました。
職場近くの古本屋で1956年の日活映画「死の十字路」の台本を見つけたのです。

これは言うまでもなく、前年の1955年に発表された江戸川乱歩「十字路」の映画化です。
この小説は以前の記事にも書きましたが、原案を渡辺剣次が提供しています。
(関連記事:ポプラ社 少年探偵江戸川乱歩全集39「死の十字路」
映画「死の十字路」の脚本は、この渡辺剣次が担当しており、いわば生みの親の元へ帰ったような形になっています。

この映画は、名画座でもちょこちょことかかっており、以前はVHSも発売されていたため、それほど見るのが難しい映画ではないのですが、筆者は未見です。DVD化はされていません。
このため、今回入手した台本を読んで、初めて内容を知りました。

渡辺剣次が原案を提供し、乱歩が自分流に書いた……という触れ込みなので、親元へ帰ったシナリオを読めば、どの辺が原案でどの辺が乱歩オリジナルなのか、その境界がわかるかも、ということを期待していたのですが、その点では肩透かしでした。
というのは、乱歩の小説版にほぼ完全に忠実な映画化なのです。渡辺剣次の実弟にあたる氷川瓏がリライトした児童向け「死の十字路」が自由に設定を変更しまくっていたことと比べると、とても行儀の良い映画化です。
これは、そもそもが渡辺剣次が完璧な状態で提供したシナリオを、乱歩がノベライズしただけなのか、あるいは斯界の大御所である乱歩作品に敬意を払い、乱歩オリジナル部分をことさら忠実にシナリオ化したのか、おそらくは後者かと思いますが、いずれにしても当初の目論見からいえば期待はずれでした。

とはいえ、そもそもの乱歩の持ち味とは全く異なる物語でありながら、サスペンス小説の傑作となりえているのは、間違いなく渡辺剣次の功績であり、その点は改めて確認することができました。

ポプラ社 少年探偵江戸川乱歩全集39「死の十字路」

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今回は第39巻「死の十字路」をご紹介します。昭和47年7月の刊行です。
原作は昭和30年に講談社「書下ろし長篇探偵小説全集 第1巻」として刊行された「十字路」。
リライト版の本書は書き下ろしです。口絵に「江戸川乱歩・原作/氷川瓏・文」とリライト担当者が明記されていますが、これは本書の刊行が乱歩の没後だったからではないかと思われます。初出が生前のものにはこのような表記はなく、乱歩本人の著作であるかのような体で刊行されています。
表紙絵・挿絵は山内秀一が担当しています。

原作が収録された「書下ろし長篇探偵小説全集」は、ほかに高木彬光「人形はなぜ殺される」などが刊行されています。また最終巻である第13巻を「13番目の椅子」として公募し、これに応じた鮎川哲也「黒いトランク」が入選したのも有名な話です。横溝正史「仮面舞踏会」がタイトルだけ予告されて結局執筆されず、約20年後に横溝正史全集の一冊として書き下ろされることになったというエピソードもあります。
というわけで、探偵小説好きには話題に事欠かない賑やかな叢書だったのですが、このころ乱歩のアイデアはすでに枯渇していました。
このため、探偵作家クラブに参加しているシナリオライターの渡辺剣次に相談し、アイデアの提供を受けて書かれたのが本書です。
執筆は乱歩自身ですが、十字路で二つの事件が交差するという根本の発想も渡辺によるものということで、全編、ウールリッチ風の都会的なサスペンスが展開する異色作です。アイデアがオリジナルでないとはいえ、乱歩のストーリーテラーを堪能できる傑作だと思います。
渡辺剣次は、のちにこの「十字路」を日活が映画化した「死の十字路」のシナリオを執筆し、作品が原著者のもとへ里帰りする形になっています。
さらにいえば、リライト版「死の十字路」を執筆した氷川瓏は、渡辺剣次の実の兄です。弟が提供した乱歩作品を、兄がリライトするという、間接的に兄弟合作のような形になっているわけです。

さて、そのリライト版「死の十字路」ですが、他の巻に比べると、かなり自由な改変がされています。
まず、主人公・伊勢省吾は原作では中年社長ですが、リライト版は25歳の青年社長。秘書であり恋人である晴美とは同年代で、大学のフォークソングサークルで知り合います。友子は原作では省吾の妻ですが、リライト版では驚いたことに妻ではなく、単なる知人です。
では、いったいなぜこの3人がトラブルになるのかいうと、友子と晴美とはもともと仲のよい友人でしたが、友子に誘われて参加した「過激な思想を持つ研究会」に晴美は馴染めず、途中で脱会したため、友子は「裏切り者を制裁する」ということで晴美のアパートへ押しかけ、襲いかかるのです。そこに居合わせた伊勢省吾に殺害されてしまうというわけです。
リライト版が刊行された昭和47年は、ちょうど年明けに、あさま山荘事件が起こり、続いて連合赤軍のリンチが明るみに出た時期なので、そのような世相を反映した設定です。
原作には明智は登場しませんが、リライト版では友子の兄である大学教授が明智の知人で、捜査を依頼し、原作にも登場する花田警部と明智とが協力することになります。
ストーリーやトリックはおおむね原作通りですが、設定がここまで変わってしまうのは珍しいことです。アイデア提供が弟だから、という気安さが、このような大胆な改変に繋がったと考えるのは穿ちすぎでしょうか?

死の十字路
 
Amazon販売ページ(古本は入手できます)
39死の十字路046
江戸川 乱歩
ポプラ社
1972-07-01


関連記事:
ポプラ社 少年探偵江戸川乱歩全集の27巻以降
乱歩原作映画「死の十字路」台本入手
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筆者:squibbon
幼稚園児の頃から40を過ぎた現在に至るまで読書が趣味。学生時代は読書系のサークルに所属し、現在も出版業界の片隅で禄を食んでいます。
好きな作家:江戸川乱歩、横溝正史、都筑道夫、泡坂妻夫、筒井康隆、山田風太郎、吉村昭。好きな音楽:筋肉少女帯、中島みゆき。好きな映画:笠原和夫、黒澤明、野村芳太郎、クエンティン・タランティーノ、ティム・バートン、スティーヴン・スピルバーグ、デヴィッド・フィンチャー。
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