備忘の都

40年間の読書で得た偏った知識をツギハギしながら、偏った記事をまとめています。同好の士の参考に。

横溝正史エッセイ

横溝正史エッセイ集 その5『金田一耕助のモノローグ』


201707金田一耕助のモノローグ104

本書は没後に刊行されたエッセイ集です。
平成5年に角川文庫から発行されました。
表紙イラストは杉本一文なのですが、デザインは従来の横溝シリーズとは統一されておらず、また消費税導入後のため、背表紙もフォーマットが変わってしまっています。このため、この本が出た時はなんとも中途半端な本を買ってしまったような気分になったものです。(筆者が横溝正史を読んでいたのは中学1年、昭和63年頃のことなので、ギリギリ背表紙は変わっていないときに買い揃えていたのです)

内容は昭和51年に「別冊問題小説」へ掲載された「楽しかりし桜の日々」をまとめたものです。
「桜」というのは、太平洋戦争中に横溝正史が疎開していた岡山の集落の名です。「探偵小説昔話」に収録された「桜日記」も、桜滞在時の日記という意味です。
本書の中島河太郎解説にも詳しく書いてありますが、エッセイ集「横溝正史の世界」へ収録された「書かでもの記」の末尾には、本当は「楽しかりし桜の日々」というタイトルで疎開時代の思い出を書くつもりだったが、生い立ちを長々書きすぎてそこまで辿り着けなかった、とあります。
本書収録のエッセイは、その時のリベンジとして改めて書かれたものなのです。

ということで、本書は「途切れ途切れの記」「書かでもの記」など、横溝正史がそれまでに書いた自伝的エッセイの記述を前提に執筆されており、それらの前に本書を読んでしまうと、よくわからない部分が多々あります。
筆者も、本書刊行時は高校生で、横溝正史のエッセイで読んでいたのは「真説金田一耕助」のみでした。
このため、本書を買ってはきたものの話についていけず、とても薄い本なのに、最後まで読まずに放置していました。社会人になってから古書で「探偵小説昔話」などを入手して、ようやく話を飲み込めた次第です。

ということで、きちんと読むためには準備が必要な本書ですが、書いてある内容はいうと「桜日記」やあるいは「真説金田一耕助」など、これまでに刊行されたエッセイでおおむね補完できる内容です。つまり、本書を読むための準備すれば、本書に書いてある内容はすでにだいたい頭に入ってしまうという……
とはいえ、桜滞在時に執筆した作品(本陣、蝶々、獄門島など、傑作ぞろい!)の思い出を詳細に語っていますので、興味深い内容ではあります。

目次は以下のとおりです。

疎開三年六ヵ月――楽しかりし桜の日々

 義姉光枝の奨めで疎開を決意すること
  途中姉富重の栄耀栄華の跡を偲ぶこと

 桜部落で松根運びを手伝うこと
  ササゲを雉子に食われて泣き笑いのこと

 敗戦で青酸加里と手が切れること
  探偵小説のトリックの鬼になること

田舎太平記――続楽しかりし桜の日々

 ウサギの雑煮で終戦後の正月を寿ぐこと
  頼まれもせぬ原稿七十六枚を書くこと

 城昌幸君の手紙で俄然ハリキルこと
  いろんな思惑が絡み思い悩むこと

 探偵小説を二本平行に書くということ
  鬼と化して田圃の畦道を彷徨すること

農村交遊録――続々楽しかりし桜の日々

 アガサ・クリスティに刺激されること
  公職追放令恐れおののくこと

 澎湃として興る農村芝居のこと
  昌あちゃんのお婿さんのこと

 「本陣」と「蝶々」映画化のこと
  桜部落のヒューマニズムのこと

 伜亮一早稲田大学へ入学のこと
  八月一日に東京入りを覗うこと

解説 中島河太郎

横溝正史エッセイ集 その4『真説 金田一耕助』


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横溝正史エッセイ集第4弾となる本書は角川文庫で割りと長いあいだ版を重ねたものなので、最もよく読まれたものと言えるでしょう。
もともとは昭和51年から翌年にかけて1年間、毎日新聞日曜版に連載された同タイトルのコラムであり、単行本も毎日新聞社から発行されました。
連載時には和田誠のイラストが添えられ、単行本・文庫本にもそれらは全て収録されています。

全体的に軽いノリではあるのですが、ちょうど「犬神家の一族」の映画公開、連続ドラマ放映など横溝ブームの絶頂期であり、その一年間に執筆されたエッセイということでそれなりに資料的価値があるのではないかと思います。
また、「獄門島」の犯人は奥さんが決めたとか、津山事件を「八つ墓村」へ取り入れた経緯、自選ベスト10など、ファンには興味深いエピソードも披露されており(他のエッセイでも語っている話の繰り返しも多いのですが)、ひとまず横溝正史のエッセイはこれ一冊読んでおけばOK、と言ってもよい総集編的な内容です。

毎日新聞社から発行された単行本には、連載されたエッセイのほかに同年の日記も併録されているようですが、筆者は単行本を見たことがないため、確認したことはありません。文庫版では削除されています。

文庫版の目次は以下のとおりです。

金田一耕助恐縮す
人気とは不可解なもの
映画初出演の弁
映画になった金田一耕助
金田一耕助最後の事件 Ⅰ
金田一耕助最後の事件 Ⅱ
金田一耕助最後の事件 Ⅲ
「犬神家の一族」の思い出
金田一耕助、山を下る
最高と最低
タレント業失格
本名と筆名
小説と映画 Ⅰ
小説と映画 Ⅱ
勲章を貰う話
金田一耕助の収入
騒がしかりきこの一年
終戦後の初正月
私のベスト10
一人の金田一耕助の死
屁をかぞえる人びと
腰砕けディクソン・カー Ⅰ
腰砕け ディクソン・カー Ⅱ
カゼをひくの弁
「本陣殺人事件」由来 Ⅰ
「本陣殺人事件」由来 Ⅱ
カーの死
バレンタイン・デーの恐怖
Whodunitの映画化
昭和52年4月2日
横溝正史シリーズ
人形佐七捕物帖 Ⅰ
人形佐七捕物帖 Ⅱ
「蝶々殺人事件」縁起 Ⅰ
「蝶々殺人事件」縁起 Ⅱ
三本指の男
蝶々失踪事件
ブームやつれ
「獄門島」懐古
「八つ墓村」考 Ⅰ
「八つ墓村」考 Ⅱ
「八つ墓村」考 Ⅲ
「陰獣」の試写を見る
病院坂の首縊りの家
怪奇探偵作家
モウロクもまた愉し
Yの悲劇
悪魔が来たりて笛を吹く
さらば金田一耕助
あとがき

横溝正史エッセイ集 その3『横溝正史の世界』

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横溝正史エッセイ集第3弾となる本書は、1976年に単行本として発行されました。
本書の特徴は、対談がたくさん含まれている点です。昭和24年の乱歩との対談、昭和51年の都筑道夫との対談など、その顔合わせだけでミステリファンには感動的です。
乱歩は作家同士の付き合い以前に、編集者と作家という関係があり、また長年の友人でもあるため、なかなか作品を書かない乱歩に対する横溝正史の容赦ない突っ込みが見どころです。
都筑道夫は評論家でもあるので、後輩として、また一ファンとして横溝正史に対する敬意を示しつつ、的確な質問を繰り出しており、これもまた興味深い内容です。
巻末には、「幻影城」増刊「横溝正史の世界」に掲載された「続桜日記」「書かでもの記」が収録されています。「書かでもの記」は幼少期の生い立ちを綴った内容なのですが、探偵小説関係のエピソードはほとんどなく、育った家庭の複雑な人間関係について書かれています。
横溝ミステリの特色の一つは、「血の系譜」を巡る抗争であり、そこには生い立ちが影を落としているというのはよく言われることですが、そのあたりを自身で語っています。

目次は以下のとおりです。

エッセイ ちかごろ想うこと
 七十三翁の執念
 七十三歳の抵抗
 善き哉、プロ野球
 「パノラマ島奇譚」と「陰獣」が出来る話
 私たちの結婚式
 本格探偵小説への転機
 「本陣殺人事件」封切を前にして
 「本陣殺人事件」映画化
 奪われた旅の愉しみ
 私の一九七五年
 クリスティと私
 甦る青春の日々
 書かでもの記
 無題

小説 私の好きな自作
 ネクタイ綺譚――ナンセンス時代
 蔵の中――耽美・ロマン派時代
 蜃気楼島の情熱――本格時代

対談 愉しき哉、探偵小説
 探偵小説の阿修羅として VS大西赤人
 野球 このスリルとミステリィ VS佐野洋・有馬頼義
 「探偵小説」対談会 VS江戸川乱歩
 歌手が来りて推理小説を語る VS大橋国一
 金田一耕助VSコロンボ VS石上三登志
 われら華麗なる探偵貴族 VS都筑道夫

日記 私の闘いの記録
 続桜日記 昭和二十二年度

年譜
横溝正史の人と作品 中島河太郎
あとがき

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筆者:squibbon
幼稚園児の頃から40を過ぎた現在に至るまで読書が趣味。学生時代は読書系のサークルに所属し、現在も出版業界の片隅で禄を食んでいます。
好きな作家:江戸川乱歩、横溝正史、都筑道夫、泡坂妻夫、筒井康隆、山田風太郎、吉村昭。好きな音楽:筋肉少女帯、中島みゆき。好きな映画:笠原和夫、黒澤明、野村芳太郎、クエンティン・タランティーノ、ティム・バートン、スティーヴン・スピルバーグ、デヴィッド・フィンチャー。
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