備忘の都

40年間の読書で得た偏った知識をツギハギしながら、偏った記事をまとめています。同好の士の参考に。

島田荘司

島田荘司 初期エッセイ集一覧

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以前の記事にも書いたとおり、中学高校時代はかなり重度の島田荘司中毒者だったため、エッセイや評論など小説以外の著作にもくまなく目を通していました。
島田ミステリは度肝を抜かれるトリックだけでなく、ストーリーテリングという観点も非常に優れており、サスペンス小説の傑作も数多くあります。
読者に一気読みさせる強い物語を支えるのはやはり趣味と関心の広さです。それらを直接テーマにして語られているエッセイは、島田荘司の小説を読み解く上で非常に重要な存在と言えます。
というわけで、初期(平成10年頃まで)のエッセイをご紹介します。(リンク先はいずれもAmazon)


『砂の海の航海』1987年・新潮文庫(書下ろし)
島田荘司の初エッセイは、パリ・ダカール・ラリーの同行取材記でした。ミステリの話はほぼ出てきませんが、カラー写真も多数まじえた本で、島田荘司ファンであれば興味津々、とても楽しめる一冊でした。

ポルシェ911の誘惑
島田 荘司
講談社
1989-02

『ポルシェ911の誘惑』1989年・講談社
タイトルを見るとポルシェ911のことしか書いていない印象を受けますが、全くそうではありません。ポルシェの話は冒頭のみ。あとはクルマの話を中心に、島田荘司らしい社会論・日本人論が綴られています。Amazonのカスタマレビューを見ると異常に低評価ですが、これは島田荘司ファンではなくクルマ好きばかりが投稿しているためです。逆に言えば、自動車のことを全然知らなくても島田ファンであれば楽しめます。後に講談社文庫にも収録。

島田 荘司
PHP研究所
1989-11

『異邦人の夢』1989年・PHP研究所
初めてのエッセイ集らしいエッセイ集です。
さまざまな雑誌に掲載された趣味や生活について語ったエッセイを集めたもの。特にロンドンに長期滞在した記録やホームズについて語った一章はとても楽しい内容です。仕事場の新築について書かれた「酒中日記」は、雑誌掲載時に自宅までの詳細なルートを書き込んでしまい、これを読んだ歌野晶午が家を訪ねてきて、デビューに至ったという曰く付きのもの。後に徳間文庫「新・異邦人の夢」として収録。

本格ミステリー宣言
島田 荘司
講談社
1989-12

『本格ミステリー宣言』1989年・講談社
エッセイではなく評論、とも言えますが、冒頭の「本格ミステリー宣言」「本格ミステリー論」以外はおおむねエッセイです。綾辻行人、法月綸太郎らのデビュー時に寄せられた推薦文も全て収録されており、リアルタイムでノベルスを買っていた人たちには特に珍しくないものですが、あれから30年経った今となってはまとめて読めるのは貴重かもしれません。後に講談社文庫に収録。


『エンゼル・ハイ』1990年・PHP研究所
「異邦人の夢」と同じ体裁で刊行されたものですが、これは完全のクルマの本。本記事冒頭に「小説以外の著作にもくまなく目を通していました」と書きましたが、すみません、ウソです。本書は買ったは良いものの、いったい何が話題になっているかすらチンプンカンプンで、結局最後まで読めませんでした。クルマに興味のない方はスルーで良い本です。単行本が出たきり、文庫化や再刊はされていません。


『島田荘司の名車交遊録』1990年・立風書房
初期の島田荘司は本当に自動車の本ばかり書いていたわけですが、本書はかなり名著だと思います。
世界の名車について、写真とエッセイで構成されていますが、車の知識が全く無くてもかなり興味深く読めます。他のエッセイでも語られる島田荘司の愛車MGAも登場します。後に原書房から愛蔵版が出ましたが、初刊の方がかっこいい装丁です。


『パリダカ漂流』1991年・芸文社
「砂の海の航海」につづくパリ・ダカール・ラリー観戦記。今回はラリーの最中に湾岸戦争が勃発し、改めて読むと当時の緊張した空気を読み取ることができます。エッセイ集としては「砂の海の航海」の方がはるかに面白いですけどね。

自動車社会学のすすめ
島田 荘司
講談社
1991-08

『自動車社会学のすすめ』1991年・講談社
これまたクルマに関する本と思われるタイトルで、実際、ほとんどの話題は自動車に関することで占められていますが、島田荘司流社会派につながる話題も散見されます。クルマの濃度は「ポルシェ911の誘惑」と「エンゼル・ハイ」とのちょうど中間くらいでしょうか。熱心な島田荘司ファンは読んで見る価値はありますが、スルーしても大きな問題はありません。後に講談社文庫に収録。

島田 荘司
講談社
1994-07

『世紀末日本紀行』1994年・講談社
雑誌「フライデー」に連載されたフォトドキュメンタリー。A4判の大型本で、4660円(税別)という大変な本でした。当時、大学1回生でしたが、食費を切り詰めて買いましたとも!
かなり読み応えはある本で、島田作品に現れる社会派ネタが素のままで紹介されています。後に徳間文庫に収録。

アメリカからのEV報告
島田 荘司
南雲堂
1997-08

『アメリカからのEV報告』1997年・南雲堂
これこれ! 島田荘司クルマ本の最右翼で、「エンゼル・ハイ」以上に読んでも意味がわかりませんでした。そもそもこの本、本屋では全く見かけなかったため発行されていることに半年くらい気づいていませんでした。ところが行きつけの本屋の店頭に「検索システム」が設置され、物珍しさもあって「島田荘司」と検索してみたところ、この本が真っ先に上がってきたのです。当時、店頭に検索できるコンピュータを置いている本屋というのは珍しい存在でした。
しかし、こんな本、見たことも聞いたこともない。当時インターネット黎明期で、ミステリ好きのホームページがあちこちに開設されていましたが、そこでも誰も話題にしていない。
本気で同姓同名の別人を疑いましたが、しかし「南雲堂」からクルマの本を出す「島田荘司」が二人もいるわけない。
というわけで、取り寄せたところ、正真正銘、ミステリ作家・島田荘司の著作でしたが、ミステリ好きが誰も手を出さないのも納得の、ハードな自動車本でした。再刊はされていません。初刊から20年以上経っていますが、Amazonで見るとまだ出版社には在庫があるようですね。要するに売れていない。

というわけで、久しぶりに眺めてみると、初期の島田荘司はミステリ以外は本当にクルマの本ばかりですね。
現物を実家へ預けていて手元参照できない本も多いため、記憶だけで書いている部分も多々ありますが、島田ミステリのファンが古本で探してまで読むべきかどうか、ということの指針にしていただければと思います。

関連記事:
島田荘司を読んだことがない方へ、読む順番のおすすめを指南

 

島田荘司原作ドラマ「北の夕鶴2/3の殺人」(2008年1月21日 TBS)

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島田荘司の最高傑作の一つに数えられる「北の夕鶴2/3の殺人」。10年ほど前にドラマ化されたことがあります。
TBSで「警視庁三係・吉敷竹史シリーズ」と題して「寝台特急『はやぶさ』1/60秒の壁」、「灰の迷宮」、「北の夕鶴2/3の殺人」、「幽体離脱殺人事件」が順に放映されました。

島田荘司はあまりドラマ化されない作家と思われていますが、実は80年代にはちょこちょこと映像化されています。(テレビドラマデータベース参照
89年の「火刑都市」を最後にしばらくドラマ化が途絶えたたため、その間に「ドラマ化されない作家」というイメージが固まったように思われます。
2004年に鹿賀丈史主演で「寝台特急『はやぶさ』1/60秒の壁」が放映されたときは、筆者を含めてファンの間に衝撃が走ったものです。

とはいえ、「いかにも島田荘司」と言いたくなるような物理トリックはやはり映像化とは無縁でした。
筆者は80年代のドラマはリアルタイムでは一つも見ておらず(子どもだったので)、再放送で見たことがあるのは「高山殺人行1/2の女」のみですが、ラインナップを見るとどちらかといえば小粒なネタが並んでいます。
そんななか、ついに登場した「北の夕鶴2/3の殺人」。
「北の夕鶴」といえば、島田荘司で屈指の大トリックで知られており、また謎の設定も奇想天外極まる怪奇趣味濃厚なもの。
いよいよドラマ化されるとわかったとき、ファンの注目は、このトリックが再現されているかどうかという点に集まりました。

実はこれ、トリックに関してはちゃんとやっているんですよね。
以下、ネタバレします。





この小説のメイントリックは、向かい合ったマンションの部屋から部屋へ、振り子を使って死体を飛ばすというものでした。
舞台となったのはスターハウスと呼ばれるタイプの団地で、以前の記事でも紹介しました。
島田荘司「北の夕鶴2/3の殺人」とスターハウス
ドラマではもっと大規模なマンションということになっており、より無理のある設定ではないかと思うのですが、ともかく鎧武者姿の死体がちゃんと飛んでいます。

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原作では、この飛んでいる最中の鎧武者が、たまたま、写真に収まってしまうのですが(しかも往復とも!)、そこまでは再現していませんでした。

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マンションは実在のものを使ったのかCGなのか、いまいちよくわかりませんが、死体が飛んでいるところは間違いなくCGです。なるほど、島田荘司の大トリックを映像を表現するには、CG技術の発達を待つ必要があったようです。

このドラマは、登場人物の関係やキャラ設定にも原作へのリスペクトが感じられ、好印象でした。

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ラーメン大好きの吉敷竹史。原作通りの設定です。

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後輩の小谷。

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先輩である中村刑事は夏八木勲。こんなじいちゃんの刑事、大丈夫かよ、と思っていたらドマラ放映の5年後に亡くなってしまいました。本作ではゲスト出演のような形で登場です。

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北海道警の牛越。吉敷シリーズのレギュラーですが、「斜め屋敷の犯罪」では屋敷へ駆けつける刑事として登場し、御手洗シリーズと吉敷シリーズとを結びつける重要キャラです。「死者が飲む水」では主役を務めます。

という形で、原作のレギュラー陣が登場していますが、肝心の加納通子は?
これは余貴美子が演じます。

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うーん、主演の鹿賀丈史もそうなのですが、全体的にこのドラマは高年齢ですね。
原作の加納通子は30代前半と思われます。余貴美子も原作が書かれた頃はそのくらいの年齢だったでしょう。つまり、同年代。
ドラマ化にあたっては、年齢よりも年代をあわせることに重点を置いたようです。その結果、加納通子は50過ぎになってしまいました。
まあ、ミステリ的にはヒロインの年齢は関係ないのですが、加納通子ファンとしては若干、複雑な気分になる配役でした。

というわけでこのドラマ、DVDにはなっていませんが、BSなどではたまに再放送もしているようなので、原作ファンの方はチェックしてみてください。



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島田荘司「北の夕鶴2/3の殺人」とスターハウス



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島田荘司の最高傑作の一つに数えられる「北の夕鶴2/3の殺人」。
リアルな世界を扱っているはずだった吉敷竹史シリーズで奇想天外な大トリックを仕掛け、さらには別れた妻とのハードボイルドな人間ドラマで泣かせるという、まあともかくどこから切り取っても超絶好調の一編で、細かく語り始めるとキリがありません。

ところで、今回は物語に深く分け入るわけではなく、この大トリックの舞台となったマンションの話です。
その名も「三ツ矢マンション」。
作中ではこのように紹介されています。
マンションは、東京で見かけるような四角く味気ないコンクリートの箱ではなく、言わば五階建ての塔とでも呼んだ方がよいような造りで、上から見ると、五月のこいのぼりの先につけた三枚羽根の風車のような形をしている。これは、マンションの所有者三矢氏が自分の名前をもじってこういう形にしたものらしい。
そして島田ミステリのお約束である、見取り図も載っています。(光文社文庫版より)

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さて、筆者は中学2年生のときにこの小説を読んだのですが、このような形の建物は見たことがなく、作中での説明を鵜呑みにして、これは「斜め屋敷」と同じく、トリック成立のための作者が考え出した特殊な建築物だと思いこんでいました。

それから約20年後。30を過ぎてからとある地方都市へ引っ越しました。その近所にこの形の団地を見かけたときは、本当に仰天しましたね。なんと実在したんだ!
この団地は昭和30年代後半から開発されたニュータウンで、なかでも最も古い建物がこの形でした。3棟並んでいましたが、筆者が見かけた時点ですでにボロボロの廃墟のようになっており、近くまでいってみたものの、人は住んでいませんでした。(今はすでに取り壊されてなくなっています)
その時点では、こんな建物が本当にあったとはねえ……と、単なる偶然の一致程度に考えていたのですが、その後、原武史「レッドアローとスターハウス」(新潮社)を読んで、実はこれは「スターハウス」というマンションのタイプで、全国的に展開されていたものだと知りました。



本書は東京のひばりが丘を中心にした文化・思想史を綴ったものですが、西武池袋線沿線で10年ほど暮らしたこともある筆者には、非常に興味深いものでした。
この中で、スターハウスについても詳しく語られています。
ひばりが丘では1棟だけ、モニュメント的にスターハウスが保存されているということです。(冒頭のGoogleストリートビュー)

また、ひばりが丘だけでなく、全国各地に今もまだ人が住んでいたり、あるいは単に取り壊されずに残っているだけ、といういった形で現存しているようです。



こちらは関西の仁川団地。スターハウスが何棟か立ち並んでおり、まさに三ツ矢マンションの様相です。

島田荘司ファンはぜひ一度、ご覧になることをおすすめします。

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筆者:squibbon
幼稚園児の頃から40を過ぎた現在に至るまで読書が趣味。学生時代は読書系のサークルに所属し、現在も出版業界の片隅で禄を食んでいます。
好きな作家:江戸川乱歩、横溝正史、都筑道夫、泡坂妻夫、筒井康隆、山田風太郎、吉村昭。好きな音楽:筋肉少女帯、中島みゆき。好きな映画:笠原和夫、黒澤明、野村芳太郎、クエンティン・タランティーノ、ティム・バートン、スティーヴン・スピルバーグ、デヴィッド・フィンチャー。
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