備忘の都

40年間の読書で得た偏った知識をツギハギしながら、偏った記事をまとめています。同好の士の参考に。

少年探偵江戸川乱歩全集

ポプラ社 少年探偵江戸川乱歩全集46「三角館の恐怖」

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今回は第46巻「三角館の恐怖」をご紹介します。昭和48年11月に刊行されました。
原作は昭和26年に雑誌「面白倶楽部」へ連載された同題の「三角館の恐怖」。
リライトは氷川瓏が担当しています。初出は昭和33年にポプラ社「名探偵明智小五郎文庫5」として刊行されました。
表紙絵・挿絵とも岩井泰三が担当しています。いずれも本書の描き下ろしです。

「三角館の恐怖」は、アメリカのミステリ作家ロジャー・スカーレットが1932年に発表した「エンジェル家の殺人」を翻案したものです。
翻案といっても、実は「翻訳」に近いくらい、ほぼ原著どおりの展開です。

これをリライトした本書も、探偵役が篠警部から明智小五郎に変わっているほかは、ほぼ原作どおりです。図面も原作と同じものが全て収録されています。
ポプラ社のシリーズとしては珍しく、少年が一人も登場せず登場人物の年齢は全て原作そのままです。子ども向けではない動機もそのまま描かれているため、子どもの頃に本書を読んだ時は、ずいぶんと大人っぽい小説を読んだ気分になったものでした。
一方で、原作「三角館の恐怖」は乱歩作品にしては珍しい論理的なガチガチ本格ミステリで、読者への挑戦状までついています(翻案作品、しかも原著には挑戦状がないという点で、他人の褌で相撲をとっている印象もありますが……)。しかし、リライト版ではこのような「稚気」は省略されており、ますます大人っぽい雰囲気になっています。

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関連記事:
ポプラ社 少年探偵江戸川乱歩全集の27巻以降

ポプラ社 少年探偵江戸川乱歩全集45「時計塔の秘密」

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今回は第45巻「時計塔の秘密」をご紹介します。奥付は昭和45年8月発行となっていますが、実際には昭和48年11月に刊行されたようです。
原作は昭和12年から「講談倶楽部」に連載された「幽霊塔」。
リライトは氷川瓏が担当しています。初出は昭和34年にポプラ社から「名探偵明智小五郎文庫14」として刊行されました。
表紙絵・挿絵とも岩井泰三が担当しています。いずれも本書の描き下ろしです。

原作はよく知られているとおり、黒岩涙香の「幽霊塔」をベースにしています。涙香の「幽霊塔」はさらにイギリスの作家ウィリアムスンの「灰色の女」を翻案したものです。

以前に書いた記事
黒岩涙香の「幽霊塔」

というわけで、この三作品を比較するといろいろ面白いのですが、 それはまたの機会にして、今回は乱歩の「幽霊塔」と、リライト版「時計塔の秘密」とを比べてみます。

原作は北川光雄という青年が主人公で、幽霊塔で出会った美女・野末秋子に心を惹かれ、獅子奮迅の働きで謎に立ち向かい、最後には秋子と結ばれることになります。
ところが、リライト版では北川光雄は少年ということになっています。
光雄は少年なので、秋子に心を惹かれても、原作ほどの冒険はできません。そのパーツを受け持つのが明智小五郎です。リライト版の後半は、原作の光雄の役を光雄少年、明智が分担したりあるいは協力したりしながらこなしていくことになります。
また、原作には森村刑事という名探偵が登場します。名探偵という言うほどには活躍しない印象がありますが、ともかく、登場時点では「名探偵」として華やかに描かれています。
この役目も、当然のことながら明智が担います。
ところが、原作では終盤で森村刑事と北川光雄とが格闘する場面があるのです。明智が両方の役を担っていては、このシーンをどうするのか?
と心配していると、森村刑事役は途中から中村警部が引き継ぎます。ポプラ社のシリーズでは、警察官といえばともかく中村警部です。
ということは……なんと、盟友であるはずの明智小五郎と中村警部とが格闘するという、シリーズ唯一のトラブルが発生するわけです。

そんな感じで、原作のエピソードを全て取り入れることには成功していますが、「少年」と「明智」というお題を無理やり達成するために、なかなか複雑な形で登場人物たちを使いこなしていきます。改変の力技という点では、シリーズ随一でしょう。
子どもの頃、原作を読む前にリライト版を読みましたが、その時点では何の違和感も持ちはしなかったのですけどね。

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関連記事:
ポプラ社 少年探偵江戸川乱歩全集の27巻以降
「灰色の女」から乱歩版「幽霊塔」への伝言ゲーム
黒岩涙香の「幽霊塔」

ポプラ社 少年探偵江戸川乱歩全集44「人間豹」

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今回は第44巻「人間豹」をご紹介します。昭和48年11月の刊行です。
原作は昭和9年から「講談倶楽部」に連載された同題の「人間豹」。
リライトは氷川瓏が担当しています。昭和29年にポプラ社から「少年探偵小説文庫」の一冊として刊行されました。これは、乱歩作品を少年向けにリライトした初めてのものと思われます。このシリーズにはほかに横溝正史、高木彬光、海野十三など収録されていますが、いずれもはじめからジュブナイル作品として書かれたものばかりで、リライト版は「人間豹」のみです。
(ポプラ社のサイトを参照:『少年探偵小説文庫(全13巻)』での検索結果
表紙絵・挿絵とも岩井泰三が担当しています。いずれも本書の描き下ろしです。

原作は、乱歩作品最大の珍作です。しかし、これがやたら面白くて、個人的には大好きな作品です。
そもそも、「人間豹」は人間ではありません。明智小五郎よりも、仮面ライダーかバットマンが相手をしたほうがよさそうな、 まさしく「怪人」です。
どういうつもりでこんな作品を書き始めたのか、さっぱりわけがわからないのですが、 乱歩自身は「人間が人間に化ける話はいろいろ書いてしまったので、今度は人間がけだものに化ける怪異談を書こうとしたのであろう」と、これまたいまいちよくわからないコメントを残しています。

さて、改変の内容ですが、 主人公の神谷芳雄は青年ではなく、「少年」となっています。最初の犠牲者、弘子はカフェの女給ではなく、神谷の顔なじみの花売り。また、二番目の犠牲者、レビューの花形・江川蘭子は江川ハルミという名で、こちらも神谷の恋人ではなく、単なる仲のよい友人です。
神谷の名「芳雄」は小林少年とかぶっているのですが、小林君は原作にも登場し、リライト版にも登場します。いずれも、下の名前は書かれておらず、「小林少年」と表記されています。
さて、このあたり以外は、原作通りの展開で、人間豹・恩田の活躍がきちんと描かれています。明智小五郎シリーズ史上、最も人気があると言われる熊のきぐるみに入った文代さんもちゃんと登場しています。
本書で最も価値があるのは、表紙絵ではないかと思います。ここに描かれた恩田は、作中の描写を完璧に再現していて、原作ファンも一見の価値があります。原作を収録している創元推理文庫版には、岩田専太郎画伯の雑誌連載時の挿絵を収録していますが、本作ばかりは岩井泰三の圧勝です。


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44人間豹051
江戸川 乱歩
ポプラ社
1973-11


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筆者:squibbon
幼稚園児の頃から40を過ぎた現在に至るまで読書が趣味。学生時代は読書系のサークルに所属し、現在も出版業界の片隅で禄を食んでいます。
好きな作家:江戸川乱歩、横溝正史、都筑道夫、泡坂妻夫、筒井康隆、山田風太郎、吉村昭。好きな音楽:筋肉少女帯、中島みゆき。好きな映画:笠原和夫、黒澤明、野村芳太郎、クエンティン・タランティーノ、ティム・バートン、スティーヴン・スピルバーグ、デヴィッド・フィンチャー。
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