備忘の都

40年間の読書で得た偏った知識をツギハギしながら、偏った記事をまとめています。同好の士の参考に。

小酒井不木

ちくま文庫「怪奇探偵小説名作選」1~5収録作品

201901小酒井不木308

「怪奇探偵小説傑作選」につづいて、翌年には「名作選」の刊行が始まりました。
名作選は当初、傑作選と同じく全5冊予定でしたが、好評だったためか、翌年には6巻から10巻が刊行され、全10冊のシリーズとなりました。
今回は、前半の1~5巻をご紹介します。

1巻目は乱歩の師匠筋に当たる小酒井不木。小酒井不木の傑作集は、創元推理文庫、国書刊行会の「探偵クラブ」、さらには「論創ミステリ叢書」と、あちこちから刊行されています。名作とされる作品はほぼ決まっている印象がありますが、この「探偵小説名作選」版はそれらを外さずきれいに収録しており、これ一冊読んでおけば、小酒井不木のことはだいたいわかった、と言い切ってしまって差し支えないと思います。
個人的に気に入っているのは、『橘外男集』です。
橘外男は探偵小説作家といえるのかどうか、怪奇小説家と呼ぶほうがしっくりします。中でも、本書にも収録された「蒲団」は、最強の怪談。幽霊が出てくる因縁話ですが、あとにも先にも、これほど恐ろしい小説は読んだことがありません。
この短編は他のアンソロジーにもときどき収録されており、それほど珍しくはありませんが、文庫で手軽に読めるのは本書くらいだったのでは、と思います。

というところで、5巻までの目次です。

『怪奇探偵小説名作選 1小酒井不木集』

恋愛曲線
人工心臓
按摩
犬神
遺伝
手術
肉腫
安死術
秘密の相似
印象
初往診
血友病
死の接吻
痴人の復讐
血の盃
猫と村正
狂女と犬
鼻に基く殺人
卑怯な毒殺
死体蝋燭
ある自殺者の手記
暴風雨の夜
呪われの家
謎の咬傷
新案探偵法
愚人の毒
メデューサの首
三つの痣
好色破邪顕正
闘争
解説(日下三蔵)

『怪奇探偵小説名作選 2渡辺啓助集』

偽眼のマドンナ
佝僂記
復讐芸人
疑似放蕩症
血笑婦
写真魔
変身術師
愛欲埃及学
美しき皮膚病
地獄横丁
血痕二重奏
吸血花
塗込められた洋次郎
北海道四谷怪談
暗室
灰色鸚哥
悪魔の指
血のロビンソン
紅耳
聖悪魔
血蝙蝠
屍くずれ
タンタラスの呪い血
決闘記
ニセモノもまた愉し
解説(日下三蔵)

『怪奇探偵小説名作選 3水谷準集』

好敵手
孤児
蝋燭
崖の上
月光の部屋
恋人を喰べる話
街の抱擁
お・それ・みを
空で唄う男の話
追いかけられた男の話
七つの閨
夢男
蜘蛛
酒壜の中の手紙

胡桃園の青白き番人
司馬家崩壊
屋根裏の亡霊
R夫人の横顔
カナカナ姫
金箔師
窓は敲かれず
今宵一夜を
東方のヴィーナス
ある決闘
悪魔の誕生
魔女マレーザ
まがまがしい心
解説(日下三蔵)

『怪奇探偵小説名作選 4佐藤春夫集』

西班牙犬の家
指紋
月かげ
陳述
「オカアサン」
アダムス・ルックスが遺書
家常茶飯
痛ましい発見
時計のいたずら
黄昏の殺人
奇談
化物屋敷
山妖海異
のんしゃらん記録
小草の夢
マンディ・バナス
女人焚死
或るフェミニストの話
女誡扇綺譚
美しき町
探偵小説小論
探偵小説と芸術味
解説(日下三蔵)

『怪奇探偵小説名作選 5橘外男集』

令嬢エミーラの日記
聖コルソ島復讐奇譚
マトモッソ渓谷
怪人シプリアノ
女豹の博士
逗子物語
蒲団
生不動
幽魂賦
棺前結婚
解説(日下三蔵)

河出文庫「探偵・怪奇・幻想シリーズ」に期待!

201706蟇屋敷の殺人097

このところ、河出文庫から戦前の探偵小説が続々と刊行されています。
先月出た甲賀三郎『蟇屋敷の殺人』なんかは、幻の、どころか、まるきりタイトルすら聞いたことのない作品で、論創社とか戎光祥出版とかならともなく、河出文庫がそんなものを出すとは、と驚いて買ってきてしまいましたが、巻末に「探偵・怪奇・幻想シリーズ」と銘打って今後の刊行予定が載っています。
それによると、数年前に収録された『黒死館殺人事件』『神州纐纈城』から始まり、ここ最近出た森下雨村、大下宇陀児も含めてシリーズ企画ということになっている模様です。
今回の『蟇屋敷の殺人』から帯にも「KAWADEノスタルジック 探偵・怪奇・幻想シリーズ」と入っています。

掲載されているラインナップをご紹介しましょう。
まず来月7月には小栗虫太郎『二十世紀鉄仮面』が刊行されます。
これは、「黒死館殺人事件」の翌年刊行された、法水麟太郎ものの一作です。昭和40年代に桃源社から出た全集版を古本屋でよく見かけますが、2001年には扶桑社文庫の「昭和ミステリ秘宝」の一冊として出たこともありますので、それほど珍しくはありません。
ただ、代表作というほどメジャーではありませんが、小栗虫太郎の作品には格段に読みやすい冒険譚ということで、割りと人気のある作品です。

その次、9月には小酒井不木の『疑問の黒枠』が刊行される予定とのことです。これは画期的!
小酒井不木は本業は医学者ですが、大正時代に海外探偵小説の翻訳や研究に力を入れており、乱歩が「二銭銅貨」でデビューした際には推薦文を寄せるなどしました。その後、自らも創作を始め、短編をたくさん残しています。
それらは何度も傑作選が編まれているため、わりと簡単に読めるのですが、なぜか長編の代表作であり、日本初の長編本格ミステリともいわれる『疑問の黒枠』は、過去に一度も文庫になることがありませんでした。
そもそも、書籍として刊行されること自体が、『別冊幻影城 小酒井不木』(1978年3月号)に収録されて以来と思われ、実に40年ぶりです。
筆者はこの「別冊幻影城」版を持っており(挿絵は花輪和一!)、戦前の版もいわゆる円本を古本屋でたまに見かけるため、それほど珍しい小説と思っていなかったのですが、先日「国内名作ミステリ必読リスト100(本格ミステリ編)」の記事を書くために調べていて実は文庫化されたことがないと知り驚きました。
さらに9月の刊行予定を知って、もっと驚きました。文庫にするならちくま文庫か創元推理文庫かな、と思っていたので、河出文庫が出すという点でも驚きです。

11月には浜尾四郎の『鉄鎖殺人事件』が刊行されます。「殺人鬼」と並ぶ浜尾四郎の代表作です。
これは昔、春陽文庫に収録されておりこれまた古本屋ではよく見かけるので、それほど珍しいと思っていませんでしたが、よく考えると前回刊行からのブランクは「疑問の黒枠」以上かもしれません。

というわけで、シリーズと銘打つからにはその先も刊行が続くと思われますが、予想外のところばかり攻めていますので、全く先が読めません。
このようなレア作品の復刊企画を文庫で出すのは珍しいと思います。価格が安く本棚の場所も取らないので「ちょっと興味がある」という程度でも気軽に帰るのが嬉しいです。
今後が非常に楽しみです。

ちなみに、これまでラインナップは以下のとおりです。
黒死館殺人事件 (河出文庫)
小栗 虫太郎
河出書房新社
2008-05-02


神州纐纈城 (河出文庫)
国枝 史郎
河出書房新社
2007-11-02


消えたダイヤ (河出文庫)
森下 雨村
河出書房新社
2016-11-08


白骨の処女 (河出文庫)
森下 雨村
河出書房新社
2016-06-07


見たのは誰だ (河出文庫)
大下 宇陀児
河出書房新社
2017-03-07


蟇屋敷の殺人 (河出文庫)
甲賀 三郎
河出書房新社
2017-05-08




スポンサーリンク
profile

筆者:squibbon
幼稚園児の頃から40を過ぎた現在に至るまで読書が趣味。学生時代は読書系のサークルに所属し、現在も出版業界の片隅で禄を食んでいます。
好きな作家:江戸川乱歩、横溝正史、都筑道夫、泡坂妻夫、筒井康隆、山田風太郎、吉村昭。好きな音楽:筋肉少女帯、中島みゆき。好きな映画:笠原和夫、黒澤明、野村芳太郎、クエンティン・タランティーノ、ティム・バートン、スティーヴン・スピルバーグ、デヴィッド・フィンチャー。
ブログ更新通知:https://twitter.com/squibbon19

プロフィール

squibbon