備忘の都

40年間の読書で得た偏った知識をツギハギしながら、偏った記事をまとめています。同好の士の参考に。

任侠映画

国書刊行会「笠原和夫傑作選」収録作品解説(第2回)

201811笠原和夫275

前回に続き、国書刊行会「笠原和夫傑作選」について。
今回は第2回配本である「第一巻 博奕打ち 総長賭博――初期~任侠映画篇」の作品解説です。
脚本家デビューしてからしばらくは、ひばり映画や時代劇、任侠映画のシナリオを書いていましたが、第一巻にはこの時期の作品が収録されています。
収録作はDVD化されていないものも多く、かなりレアな作品が集まった巻と言えます。
こんな記事をえらそうに書きながら申し訳ないのですが、筆者も初期の作品は全然観ていません。なおかつ、「傑作選」刊行前に本記事を書いていますので、いったいどんな映画なんだかまるで知らないくせに以下の解説を書いております。「昭和の劇」での記述を参照しつつ、作品の位置づけを探ってみます。



「風流深川唄」(1960年 山村聰・監督 美空ひばり・主演)
デビュー当初、立て続けに執筆した美空ひばり主演映画の一編。川口松太郎の原作を脚色した文芸映画です。「昭和の劇」では、ひばり映画は美空ひばりのオーラを見せることに腐心したと語りますが、その中で「風流深川唄」はきちんとした芝居をしているということです。
笠原和夫、最初期の作品です。
シナリオのこれまでの公刊履歴はわかりません。VHSは発売されたことがあるようですが、DVDにはなっていません。

「港祭りに来た男」(1961年 マキノ雅弘・監督 大友柳太朗・主演)
その後「日本侠客伝」シリーズでもタッグを組む大御所・マキノ雅弘監督の一編。七夕伝説をモチーフにした時代劇ということですが、ソフト化されたことはなく、これまた筆者は未見。「昭和の劇」では本人の口からあらすじを語っていますが、イマイチどんな話なのか理解できません。荒井晴彦は「名作だ」と評しており、笠原本人も同意しています。

「祇園の暗殺者」(1962年 内出好吉・監督 近衛十四郎・主演)
「昭和の劇」によれば、初めてリアリズムを意識した作品。幕末が舞台にテロリズムを描いた時代劇で、資料にあたってできる限り事実に即して書いたとのこと。後年、実録路線や戦争映画で名を馳せる笠原和夫の原点と言える作品のようです。この脚本によって社内で存在を認められるようになったと語っていますが、映画の出来映えには納得していないようです。監督に対する不満は、後年の作品でもさんざん口にしており、そのあたりでも笠原和夫らしい作品なのかもしれません。
これもソフト化されたことは無いようです。

「めくら狼」(1963年 大西秀明・監督 東千代之介・主演)
任侠映画を量産したプロデューサー・俊藤浩滋と初めて仕事を共にした作品。文明開化の時代を舞台に、盲目の侠客を描いたもの。大映がヒットさせた「座頭市」を念頭に制作された映画ということですが、笠原本人は非常に乗って執筆することができ、のちの任侠映画につながっていったと語っています。これもソフト化されたことは無いようです。

以上、今やほとんど忘れられた初期作品が並んでいますが、改めて「昭和の劇」を読み返すと、笠原和夫の脚本家としての歩みを振り返る上では、いずれも重要な作品であるようです。
このあと、任侠映画の時代が始まります。

「博奕打ち 総長賭博」(1968年 山下耕作・監督 鶴田浩二・主演)
東映任侠映画最高傑作と言われる一編。DVD化されています。
従来の任侠映画に飽き足らず、ギリシア悲劇を意識し、ドラマを作り上げたものです。会社からは「芸術映画なんかいらない」と叱られますが、三島由紀夫が激賞したことで任侠映画の代表作と評価されるようになりました。
シナリオはこれまでいろいろな本・雑誌に掲載されており、「笠原和夫 人とシナリオ」にも収録されています。三島由紀夫の評論はワイズ出版「三島由紀夫映画論集成」で読めます。

三島由紀夫映画論集成
三島 由紀夫
ワイズ出版
1999-12




「博奕打ち いのち札」(1971年 山下耕作・監督 鶴田浩二・主演)
「総長賭博」と同じメンバーで制作された作品。笠原本人はそれほど気に入っているシナリオではないと語りますが、山下耕作の演出により、傑作となっています。任侠道よりも、男女のラブストーリーがメインとなっています。
「博奕打ち」シリーズはほとんどがDVD化されているにもかかわらず、世評の高いこの映画、なぜかDVDになっていません。この機会に発売を熱望。

「女渡世人 おたの申します」(1971年 山下耕作・監督 藤純子・主演)
人気絶頂だった藤純子主演映画。藤純子といえば「緋牡丹博徒」シリーズが名高いのですが、主人公の型があまりにかっちりと決まってしまっているため、もう少し自由度の高いヒロイン像を造形できるように、ということで「女渡世人」シリーズが始まったということです。藤純子をアナーキストに仕立てたところ、山下監督が大喜びしたというエピソードを語っています。
この翌年、笠原和夫脚本、マキノ雅広監督「関東緋桜一家」で藤純子は任侠映画を卒業します。



ということで、以上は任侠映画の代表作が並びます。
ただ、このラインナップ、東映任侠映画で最も有名な一本「日本侠客伝」が含まれていませんね。これは共作だからでしょうか。

【2018/10/16追記】
(国書刊行会のサイトが更新され、予告段階では入っていなかった「日本侠客伝」が収録されるとのことです。このため、記事を追記します)

「日本侠客伝」(1964年 マキノ雅弘・監督 高倉健・主演)
「昭和残侠伝」「網走番外地」と並ぶ高倉健代表シリーズの第一作。シナリオは村尾昭・野上龍雄との共作ですが、メインは笠原和夫です。
博徒を主役にした任侠映画に疑問を持っていた笠原和夫は、このシリーズでは実業を稼業とする主役を据えます。つまり、木場、沖仲仕、鳶、火消しなど、荒くれのやくざ者が多いが、博徒ではない。堅気とやくざの間にいる「侠客」を描いたのです。このため、「日本侠客伝」での高倉健は刺青をしていません(シリーズが進むと刺青を入れている作品も出てきますが)。
また、このシリーズで定着したフォーマットを利用して「昭和残侠伝」が制作されるなど、任侠映画史を語る上で外せない名作です。
【2018/10/16追記ここまで】

さて、最後。
「映画三国志」(テレビ作品)
こんな作品があったとは、筆者は全く知りませんでした。「昭和の劇」にも、何も言及はありません。
テレビドラマデータベースで調べたところ、ありました。
http://www.tvdrama-db.com/drama_info/p/id-26357
1990年に2時間ドラマとして放映されたようです。この内容が、なんと岡田茂の伝記!
そう、どこかで見たタイトル、と思ったら大下英治の「映画三国志 小説東映」をドラマ化したものだったのです。

映画三国志―小説東映
大下 英治
徳間書店
1990-05


筆者が持っている本には帯はついていないため知らなかったのですが、Amazonの書影は帯付きで、確かに「ドラマ化」「脚本・笠原和夫」などと書いてあります。
「昭和の劇」を読んでいて最も印象に残るのは、実は東映京都撮影所所長から社長になる岡田茂の強烈なキャラクターです。「仁義なき戦い」の広島弁も、広島出身の岡田茂がどなっている口調を再現すればそれで済ませられたと言われているくらいで、笠原和夫が岡田の伝記を描けば、面白いことは間違いなしでしょう。これは楽しみ!

というわけで、レア作品が並ぶ第1巻。あまり一般受けはしない巻でしょうけれど、筆者としては最も待っている一冊です。




笠原和夫を「読む」
笠原和夫脚本「博奕打ち いのち札」ようやくDVD化!

国書刊行会「笠原和夫傑作選」収録作品解説(第1回)

201809笠原和夫263

前回に続き、国書刊行会「笠原和夫傑作選」について。
今回からの記事では各巻に収録された作品を紹介していきたいと思います。

まずは第1回配本である「第二巻 仁義なき戦い――実録映画篇」。
笠原和夫といえばやはり実録路線が最も有名ですが、「仁義なき戦い」全作+「県警対組織暴力」という最高傑作がこの巻に揃って収録されています。
傑作選のシリーズを全部買うのは高いな……とお考えの方は、ひとまずこの一冊だけでも手元に置いておく価値があります。

「仁義なき戦い」(1973年 深作欣二・監督 菅原文太・主演)
「仁義なき戦い 広島死闘篇」(1973年 深作欣二・監督 菅原文太・主演)
「仁義なき戦い 代理戦争」(1973年 深作欣二・監督 菅原文太・主演)
「仁義なき戦い 頂上作戦」(1974年 深作欣二・監督 菅原文太・主演)
言わずとしれた、笠原和夫の代表作です。
幻冬舎アウトロー文庫に収録されたりなど、これまで何度か公刊されています。
「仁義なき戦い」シリーズは広島抗争を扱った菅原文太主演のものが5作ありますが、笠原和夫が執筆したのは4作目「頂上作戦」までです。笠原としてはここで完結のつもりだったのですが、会社が続編制作を強行し、高田宏治の脚本で「完結篇」が公開されることになります。これはこれで筆者は好きな映画ですが、笠原作品ではないため今回のようなシナリオ集ではなかなか収録されません。「完結篇」を読みたい方は、雑誌「シナリオ」1974年8月号を古本屋で探してください。




「県警対組織暴力」(1975年 深作欣二・監督 菅原文太・主演)
東映実録路線の最高傑作と評され、「映画シナリオの教科書」とも言われる名作です。笠原和夫は「昭和の劇」のなかで、「仁義なき戦い」取材中に仕入れたものの使いきれなかったエピソードを盛り込んだと語っています。タイトルは当時の東映社長だった岡田茂が思いついたもの。
悪徳刑事とやくざとの友情・癒着がテーマとなっています。
今年、映画が公開され話題となった「孤狼の血」は、この作品を下敷きにしています。
このシナリオは、これまで「笠原和夫 人とシナリオ」に収録されるなど、何度か公刊されています。

県警対組織暴力 [Blu-ray]
東映ビデオ
2018-05-09



「やくざの墓場 くちなしの花」(1976年 深作欣二・監督 渡哲也・主演)
「県警対組織暴力」に続き、この作品でもやくざと警察との癒着を描いています。実録路線の一編ではあるのですが、任侠映画のような味わいがあるドラマです。
戦後の暴力団は、在日朝鮮人を組織的に取り込んでいったと言われていますが、この作品ではそういった問題にも触れており、現実の闇と切り結ぶ笠原和夫の姿勢も見られます。「昭和の劇」では映画化にあたってシナリオから改変された部分も詳細に語られています。
このシナリオは、雑誌「シナリオ」1976年11月号に掲載されたことがありますが、書籍へ収録されるのは初めてのことと思われます。




「沖縄進撃作戦」(未映画化)
沖縄のやくざ抗争を描いた作品ですが、存命する関係者との調整が難航し、結局映画化されずにお蔵入りになってしまった作品です。企画はいったん流れた後、再始動し、神波史男・高田宏治の脚本、中島貞夫・監督によって、「沖縄やくざ戦争」として完成しました。笠原和夫の書いたシナリオから設定や人物関係をおおむね踏襲しています。
このシナリオは、笠原和夫の没後に刊行されたエッセイ集「映画はやくざなり」(新潮社)にも収録されています。

「実録・共産党」(未映画化)
前売券を日本共産党へ売りつけるべく、実録路線の一編として岡田茂社長が企画したもの。戦前、非合法な社会運動であった共産党を丹野セツを主人公に描いたシナリオが完成しますが、結局、未映画化に終わります(一説には、チケットをあまり買ってもらえなかったため)。これも笠原和夫の取材力が発揮された作品に仕上がっています。
この企画はやがて角川春樹の元へ流れ、タイトルを「いつかギラギラする日」と変え、深作欣二監督作品として話が進められますが、ここでも最終的に頓挫。タイトルのみが生き残り、15年後に松竹の奥山和由のプロデュースでアクション映画「いつかギラギラする日」が制作されますが、笠原和夫の「実録・共産党」とは全く別の映画になっています。
このシナリオは、笠原和夫と深作欣二の追悼号となった雑誌「映画芸術」2003年春号に収録されたほか、雑誌「en-taxi」の付録として刊行されたこともあります。

次回は第2回配本分について紹介します。




国書刊行会「笠原和夫傑作選」刊行開始!
笠原和夫 シナリオコレクション
笠原和夫を「読む」

国書刊行会「笠原和夫傑作選」刊行開始!

国書刊行会から「笠原和夫傑作選」と題して、全3冊のシナリオ作品集が刊行されます。
出版社のホームページによれば、今月22日が第1回配本で、毎月1冊ずつ出る予定とのことです。

笠原和夫の作品集、いずれはどこかの出版社がまとめるべき、と思っていましたが国書刊行会から出るとは。個人的には、岩波現代文庫から出ている「向田邦子シナリオ集」のようなスタイルで、文庫で出ることを期待していましたが(ちくま文庫あたりから)。
国書刊行会となるとかなりお値段が張りますが、とはいえ造本はしっかりしているし、なかなか絶版にしない出版社なので、これはこれで喜ぶべきことと思います。

というわけで、買うべきどうか悩んでいる方のために、どんな作品が収録されているのか、内容を紹介してみたいと思います。

収録タイトルはすでにホームページで公表されており、以下の通りということです。
【第1回配本】第二巻 仁義なき戦い――実録映画篇
「仁義なき戦い」
「仁義なき戦い 広島死闘篇」
「仁義なき戦い 代理戦争」
「仁義なき戦い 頂上作戦」
「県警対組織暴力」
「やくざの墓場 くちなしの花」
「沖縄進撃作戦」*
「実録・共産党」*

【第2回配本】第一巻 博奕打ち 総長賭博――初期~任侠映画篇 (2018年10月刊)
「風流深川唄」
「港祭りに来た男」
「祇園の暗殺者」
「めくら狼」
「博奕打ち 総長賭博」
「博奕打ち いのち札」
「女渡世人 おたの申します」
「映画三国志」(テレビ作品)

【第3回配本】第三巻 日本暗殺秘録――昭和史~戦争映画篇 (2018年11月刊)
「日本暗殺秘録」
「あゝ決戦航空隊」
「大日本帝国」
「昭和の天皇」*
「226【第1稿】」
「仰げば尊し」*
 *=未映画化作品
以前の記事(笠原和夫 シナリオコレクション)にも書いたのですが、筆者は一時期、笠原和夫のシナリオで公刊されているものを古本屋で片端から買って回ったことがあるため、収録作品のうち「これぞ」というものはすでに手元に揃っています。
そういう点で、レアな収録作品というものは特にないのですが、逆に笠原和夫にこれから親しんでいきたいという方には、必読の傑作が網羅されています。
笠原和夫の仕事を概観することができ、間違いなく「読んで面白い」シナリオ集に仕上がっていることは保証できます。

個々の作品紹介は次回以降として、今回の記事ではシリーズ全体のスタイルを見てみたいと思います。
まず注目すべきは、3冊のサブタイトルにある「初期~任侠映画篇」「実録映画篇」「昭和史~戦争映画篇」という分類。非常に的確で美しく分かれています。

笠原和夫は1950年代に東映へ入社し脚本家となります。当時の映画監督や脚本家は映画会社に所属し、会社の企画にあわせて作品を仕上げていく職人でした。笠原和夫も初期は美空ひばり主演映画や任侠映画のシナリオを職人的にこなしていっていたのですが、そのように量産される「任侠映画」に対する疑問が膨らんでくるようになります。東映のプログラムピクチャーが賛美する「やくざ」像を否定する物語として書かれたのが傑作として名高い「博奕打ち総長賭博」で、ここから職人にとどまらない、表現者としての笠原和夫がスタートしたと言えます。
第一巻はそのような時期の作品を集めています。

任侠映画の人気に陰りが見えてきたとき、笠原和夫は「仁義なき戦い」のシナリオ制作に取り組みます。任侠映画の様式美を捨て、暴力団のありのままの姿を描くべく、実際にあった広島抗争を題材にした飯干晃一のルポルタージュを原作に得て、さらに徹底的な取材を敢行。なまぐさい物語を作り上げました。
この作品一発で任侠映画はとどめを刺され、ここから東映は任侠路線に変わり、「実録路線」をスタートさせます。
「県警対組織暴力」は「実録路線」の最高傑作と評価されていますが、第二巻は未映画化作品を含めたこの時期の傑作を余さず収録しています。

笠原和夫は職人的にやくざ映画に関わってきましたが、作家としては昭和史・戦争史に対する造詣が深いことで知られ、戦争映画も数々の傑作を書いています。
第三巻に収録された作品は、時期は第一巻、第二巻とかぶるものもありますが、いずれも「昭和」「戦争」をテーマとした大作映画です。個人的には、数ある笠原作品の中でも特にお気に入りで、シナリオも映画も何度も何度も鑑賞し直している「あゝ決戦航空隊」「大日本帝国」の2篇が収録されているのが嬉しいところです。

次回は、個々の作品解説をしていきたいと思います。





ついでに、こっちの傑作インタビュー集も復刊してほしいですね。
昭和の劇―映画脚本家・笠原和夫
笠原 和夫
太田出版
2002-10





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筆者:squibbon
幼稚園児の頃から40を過ぎた現在に至るまで読書が趣味。学生時代は読書系のサークルに所属し、現在も出版業界の片隅で禄を食んでいます。
好きな作家:江戸川乱歩、横溝正史、都筑道夫、泡坂妻夫、筒井康隆、山田風太郎、吉村昭。好きな音楽:筋肉少女帯、中島みゆき。好きな映画:笠原和夫、黒澤明、野村芳太郎、クエンティン・タランティーノ、ティム・バートン、スティーヴン・スピルバーグ、デヴィッド・フィンチャー。
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