備忘の都

40年間の読書で得た偏った知識をツギハギしながら、偏った記事をまとめています。同好の士の参考に。

乱歩入門

江戸川乱歩入門 その5 創元推理文庫版

今回からは「乱歩全作読破」を狙う方のため、順次、各シリーズ、全集の特色をご紹介していきます。
初回は創元推理文庫版です。

乱歩の全集は生前没後を含めて何度か刊行されていますが、創元推理文庫版は生前最後の全集である桃源社版全集を底本としています。乱歩は自身の作品が改めて刊行されるたびにちょこちょこと筆を加える癖がありましたが、桃源社版全集は生前最後ということで、乱歩作品の決定版テキストと考えられているためです。
この文庫シリーズはさらに、初出掲載誌の挿絵を全点収録するという方針もあり、これもほかのシリーズでは味わえない楽しみです。

というわけで、もっとも読みやすくおすすめできる文庫は創元推理文庫版なのですが、全く残念なことにいまだに完結していません。それどころか10年以上も続刊が止まっているので、将来的に完結するのかどうかも不明です。
要するに、創元推理文庫版だけでは全作読破できない、ということになります。
完結さえしてくれたら、間違いなく決定版なのですが……

ご参考までに、各巻の収録作品は以下のとおりです。(『日本探偵小説全集2 江戸川乱歩集』も、創元推理文庫版乱歩シリーズの一冊に含まれますが、挿絵を掲載している作品は「陰獣」のみとなっています)


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二銭銅貨
心理試験
屋根裏の散歩者
人間椅子
鏡地獄
パノラマ島奇談
陰獣
芋虫
押絵と旅する男
目羅博士
化人幻戯
堀越捜査一課長殿

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孤島の鬼

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二廢人
D坂の殺人事件
赤い部屋
白昼夢
毒草
火星の運河
お勢登場

石榴
防空壕


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蜘蛛男

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魔術師

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黒蜥蜴

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吸血鬼

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黄金仮面

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妖虫

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湖畔亭事件
一寸法師

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影男

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一枚の切符
恐ろしき錯誤
双生児
黒手組
日記帳
算盤が恋を語る話
幽霊
盗難
指環
夢遊病者の死

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百面相役者
一人二役
疑惑
接吻
踊る一寸法師
覆面の舞踏者
灰神楽
モノグラム
人でなしの恋
木馬は廻る

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大暗室

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盲獣
地獄風景

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何者
暗黒星

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緑衣の鬼

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三角館の恐怖

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幽霊塔

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人間豹

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悪魔の紋章

参考までに、今のところ創元推理文庫で読めない作品は以下の通りです。(中絶作や他作家とのリレー小説は除く)
・長編
闇に蠢く
猟奇の果
白髪鬼
恐怖王
地獄の道化師
幽鬼の塔
偉大なる夢
十字路
ぺてん師と空気男

・短編

火縄銃
断崖
兇器
月と手袋
妻に失恋した男


短編はちょうどあと一冊くらいの分量ですが、どれを表題に持ってきたらよいかわからないくらい地味なものばかり残っています。「非代表作選集」と銘打つしかないな、これは。「鬼」や「月と手袋」は本格ミステリとしてよくできていますが。
長編はまだ9作もあり、一部は短いので合本でいけそうですが、まだ先は長いです……

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江戸川乱歩入門 その4 長編のおすすめ

初回にも書きましたが、乱歩の本領発揮は短編です。
乱歩の長編は本人も「通俗もの」と呼び、大衆受けを狙って書かれたものがほとんどであり、ストーリーなどはあまり練らずに書かれたものもたくさんあります。また、トリックなどはほとんどが海外ミステリのネタを流用しており、オリジナルといえるものはあまり多くありません。
特に探偵小説のことを知らない読者に向けて、面白おかしく話を聞かせる、というスタンスで書かれており、その売らんかなぶりには乱歩自身が自己嫌悪に陥って、たびたび断筆を繰り返すほどでした。

しかし、大衆は熱狂的に乱歩を支持し、現在に至るもその人気は短編よりもむしろ長編にあります。
改めて読んでみると、やはり乱歩の長編は面白いのです。怪人対名探偵という、懐かしき冒険活劇がここにはあります。
読み始めれば、おそらく全て読みたくなるだろうとは思いますが、とりかえず今回は、乱歩の長編を読むならまず必読の5作をご紹介します。

1.「孤島の鬼」

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これが乱歩の長編ベスト、というのはほぼ定説といってよいでしょう。数多くの通俗長編の中にあって「孤島の鬼」は非常に完成度が高く、謎解きミステリに加え、怪奇趣味を十分に堪能できます。
個人的にも最も思い入れが深い作品です。小学生の頃、少年探偵団シリーズを離れて、初めて読んだ大人向けの長編でしたが、インモラルな雰囲気と強烈なサスペンスとで夢中に読み耽り、ふと気づくと、いつの間にかすっかり日が暮れて、部屋は真っ暗になっていたのでした。
もう30年近く昔のことですが、今でも忘れられない読書体験です。

2.「蜘蛛男」

明智小五郎事件簿 3 「蜘蛛男」 (集英社文庫)
江戸川 乱歩
集英社
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「講談社で連載した通俗もの」の第一作。帝都を跳梁する殺人鬼と明智小五郎が対決する華やかな作品です。
破綻もほとんどなく、通俗ものの魅力はこの一冊で十分にわかります。というか、あとに続く数多くの長編は、ほぼ全部同じパターンが繰り返されます。

3.「黒蜥蜴」


舞台や映画で繰り返し上演される代表作の一つです。
ただし、これら舞台や映画は乱歩の「黒蜥蜴」を下敷きにした三島由紀夫の戯曲が原作となっています。
三島由紀夫の戯曲は文庫では現在入手できず、全集で読むしかありません。

4.「化人幻戯」

化人幻戯 (江戸川乱歩文庫)
江戸川 乱歩
春陽堂書店
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戦後の昭和30年に推理小説専門誌「宝石」に連載されたものです。一般的に知名度は高くはないのですが、これは通俗長編ではなく、乱歩の長編では唯一といってもよい本格ミステリです。乱歩自身は「失敗作」と断じていますが、力を込めて執筆したことがよく伝わります。密室トリック、アリバイトリックなどを駆使した作品です。
また、乱歩には珍しい戦後中間小説的な官能描写も注目です。

5.「幽霊塔」

幽霊塔
江戸川 乱歩
岩波書店
(リンク先はAmazon)

先日、涙香の「幽霊塔」をご紹介しましたが、これの乱歩版です。
翻案なので、ストーリーが破綻することはあり得ませんが、乱歩らしさが濃厚に漂う名作となっています。

以上、長編はいろいろなバージョンが出ていますので、どのシリーズ、全集を買おうか迷うかと思いますが、それぞれの全集のご紹介は、次回以降いたします。

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江戸川乱歩入門 その3 少年探偵団シリーズ

今回は少年探偵団シリーズの話です。

乱歩といえば怪人二十面相、ということで、大人向けの小説ではなく少年探偵団シリーズを読んでみようという方もいらっしゃるでしょう。
少年探偵団シリーズは、ここ数十年はポプラ社が独占的に刊行してきましたが、2015年に乱歩の死後50年経って著作権が切れたことにより、新潮文庫などからも刊行が始まっています。
とはいえ、少年探偵団シリーズのほぼ全てを読めるのはポプラ社のみです。(光文社文庫の全集にも収録されていますが、これについては、また別の機会にご紹介します)

さて、というわけで少年探偵団シリーズを読むならポプラ社、というわけですが、ポプラ社では現在3つのバージョンが出ています。
1.少年探偵・江戸川乱歩
2.文庫版 少年探偵・江戸川乱歩
3.江戸川乱歩・少年探偵シリーズ(ポプラ文庫クラシック)

それぞれの表紙を見てみましょう。

怪人二十面相 (少年探偵・江戸川乱歩)
江戸川 乱歩
ポプラ社
1998-10-01


怪人二十面相 (少年探偵)
江戸川 乱歩
ポプラ社
2005-02-01




ご覧いただくとわかる通り、「1」はハードカバーの単行本、「2」はその児童向け文庫版(B6ソフトカバー)です。

では、「3」のポプラ文庫クラシックとは何でしょう?
この表紙を見て、「懐かしい!」と思われる方も多いかと思いますが、新装版である「1」が出る前の、旧版単行本の表紙絵を使った文庫版シリーズがこちらなのです。
筆者などはこの旧版にドハマリした世代なので、少年探偵団といえばやはりこの表紙だよな、と思ってしまいますが、とはいえ新装版が出てからもそろそろ20年近くになりますので、現在の20代の方は、新装版の方が親しみがあるのかもしれません。
ちなみに、もっと古い世代は光文社から出ていたシリーズで読んでいるため、ポプラ社の旧版でも違和感があるそうです。北村薫が辻村深月との対談の中で「小林くんが髪を伸ばしているのは受け入れられない」という発言をしていて(「ユリイカ」2015年8月号)、驚くとともに、非常に納得しました。

というわけで、少年探偵団シリーズをひと通り読みたいという場合、子どもであれば「1」か「2」、大人の方は「3」で読んでいけばよいかと思います。

ところで、ポプラ社旧版の「少年探偵」シリーズを図書室で読んでいた方たちは、現在の各シリーズを見て、「あれ? 時計塔の秘密は? 黒い魔女は?」と首を傾げるかもしれません。
そう、現在は旧版での後半の巻が全て絶版となっているのです。
旧版での「黄金仮面」以降の巻は、大人向け小説を子ども向けにリライトしたものですが、全て乱歩以外の作家による代作でした。
だから、なのか、ほかに事情があるのかわかりませんが、現在は前半の少年探偵団シリーズのみが刊行されています。後半は古本屋を探すか、物持ちの良い図書館で借りるしかありません。

関連記事:
ポプラ社 少年探偵江戸川乱歩全集の27巻以降(後半のリライト作品について)
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筆者:squibbon
幼稚園児の頃から40を過ぎた現在に至るまで読書が趣味。学生時代は読書系のサークルに所属し、現在も出版業界の片隅で禄を食んでいます。
好きな作家:江戸川乱歩、横溝正史、都筑道夫、泡坂妻夫、筒井康隆、山田風太郎、吉村昭。好きな音楽:筋肉少女帯、中島みゆき。好きな映画:笠原和夫、黒澤明、野村芳太郎、クエンティン・タランティーノ、ティム・バートン、スティーヴン・スピルバーグ、デヴィッド・フィンチャー。
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