備忘の都

40年間の読書で得た偏った知識をツギハギしながら、偏った記事をまとめています。同好の士の参考に。

三島由紀夫

三島由紀夫「黒蜥蜴」岩波文庫収録!

201811黒蜥蜴293

以前の記事でもご紹介しましたが、「黒蜥蜴」は井上梅次監督、深作欣二監督によって2度映画化されています。

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この映画、原作者として江戸川乱歩と三島由紀夫がクレジットされています。つまり、乱歩の小説を舞台劇化した三島由紀夫の戯曲が、映画の原作となっているわけなのです。
要するに、映画「オペラ座の怪人」(2004年)が、ガストン・ルルーの小説をもとにしたミュージカルを原作にしているようなものですね。

ところで、この三島由紀夫の戯曲ですが、これまでなかなか手軽には読むことができませんでした。
新潮社の「三島由紀夫全集」には当然収録されていますが、長らく読むことができたのはここだけ。
筆者は図書館で読みました。
実は10年ほど前に一度、文庫化されたことがあるのですが、学研M文庫という、メジャーとは言い難いレーベルから。筆者は見逃してしまい、あとで知って非常に悔しい思いをしました。

それが! ついに岩波文庫に収録です。三島由紀夫の戯曲集という形で刊行されました。

若人よ蘇れ・黒蜥蜴 他一篇 (岩波文庫)
三島 由紀夫
岩波書店
2018-11-17


岩波文庫は最近になって急に乱歩や三島由紀夫の作品を収録を始めたのですが(そもそも三島由紀夫と岩波書店ってイデオロギー的に相容れないはずなのですが)、この2人の作品がこんなところで出会うなんて、考えてもいませんでした。

表紙は深作欣二監督版「黒蜥蜴」のワンカットです。緑川夫人を演じているのはご存じ美輪明宏(当時は丸山明宏)、そしてその前で中腰で立っているのは三島由紀夫本人! そう、この映画には三島由紀夫も出演しているのです。

というわけで、乱歩ファンには待望の文庫化。今度こそお見逃しなく。

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未だDVD、Blu-rayが発売されていない邦画で、最も待望されているのは深作欣二監督の「黒蜥蜴」ではないでしょうか。

江戸川乱歩原作・三島由紀夫脚本の舞台劇「黒蜥蜴」は、2度映画化されてます。
最初の映画化は1962年に大映が製作した井上梅次監督・京マチ子主演のもの。
これはミュージカル仕立てのかなり狂った演出でカルト的な人気があり、DVDも発売されています。

黒蜥蜴 [DVD]
京マチ子
角川書店



2度目の映画化は、1968年松竹製作の深作欣二監督版。
これは主演を美輪明宏(当時は丸山明宏)が務め、今に至るも「黒蜥蜴」映像化の決定版的な評価を受けています。
三島由紀夫自身が演じた「人間の剥製」と美輪明宏とのディープキスも衝撃的ですが、深作欣二ファンの筆者としては、岩瀬家に詰めている用心棒たちがピラニア軍団よろしくワラワラワラ、と飛び出してくる乱歩映画っぽくないところが好きだったりします。

ところが、この松竹版のDVDがなかなか発売されません。
2003年に深作欣二監督が亡くなった前後に深作作品が一気にDVD化されていった時期があり、そのときは当然、「黒蜥蜴」も出るだろうと待ち構えました。
いや、それどころか雑誌「映画秘宝」で、「黒薔薇の館」などと並び、発売を予告する広告も見た記憶があります(いつ頃のことか忘れましたが、バックナンバーをひっくり返せば見つかるはず)。
ところが、そのまま何事もなく月日は流れ、未だに日本だけでなく全世界的に正規のDVD化はされていないようです。
名画座での上映やCS放送などは割りと頻繁にあるようで、見るのが難しい映画ではなく、事情があって封印されているというわけでも無いようですが、いったいどんな事情があるんでしょうか。
三島由紀夫の著作権が切れるのが2020年なので、そのあたりで何か動きあるといいな、という勝手な期待を抱いていて、正直、オリンピックよりもそっちの方が気がかりだったりします。

それから、映画の原作となった三島由紀夫の戯曲「黒蜥蜴」についても、2007年に一度だけ文庫化されたのですが、あろうことかそれに気づいたのが数年も経ってから、という「俺ともあろう奴がなにやってんだ」と言いたくなる始末なのですが、乱歩の著作権はすでに切れており、さらに三島由紀夫の著作権が切れたら、これも当然またどこかの文庫が収録すると思われるので、それも気にしています。

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二・二六事件をめぐる怪談

201801獄中日記176

2月になったことなので、二・二六事件に始まる一連の怪談を。
磯部浅一は二・二六事件の主役の一人です。陸軍内での過激な言動により、事件を起こしたときにはすでに免官されていましたが、蹶起した将校らと行動を共にし、軍事裁判よりに処刑されました。
この磯部浅一は処刑前、獄中で手記を認めていました。
ここには青年将校の行動を否定した昭和天皇に対する呪詛の言葉が並びます。

「俺は死なぬ、死ぬものか、日本をこのままにして死ねるものか、俺が死んだら日本は悪人輩の思うままにされる、俺は百千万歳、無窮に生きているぞ」
「天皇陛下は何を考えて御座られますか、何ぜ側近の悪人輩を御シカリ遊ばさぬので御座ります、陛下の側近に対する全国民の轟々たる声を御きき下さい」
「処刑されるる迄に寺内、次官、局長、石本、藤井等の奴輩だけなりとも、いのり殺してやる」
「今の私は怒髪天をつくの怒にもえています、私は今は、陛下を御叱り申上げるところに迄、精神が高まりました、だから毎日朝から晩迄、陛下を御叱り申して居ります」
「天皇陛下 何と云う御失政でありますか、何と云うザマです、皇祖皇宗に御あやまりなされませ」
「余は極楽にゆかぬ、断然地ゴクにゆく」「余はたしかに鬼にはなれる自信がある、地ゴクの鬼にはなれる、今のうちにしっかりとした性根をつくってザン忍猛烈な鬼になるのだ、涙も血も一滴もない悪鬼になるぞ」

正常な精神状態とはいい難い文章ですが、これが死を前にした腹の底からの叫びだと思うと、戦慄を禁じ得ません。



さて、この「獄中手記」の強い影響を受けて書かれたのが、三島由紀夫の「英霊の聲」でした。



二・二六事件で蹶起した青年将校と特攻隊の霊が霊媒師に憑依して語った言葉を書き留めたという設定です。

「などてすめろぎは人間ひととなりたまいし」
「だが、昭和の歴史においてただ二度だけ、陛下は神であらせられるべきだった。何と云おうか、人間としての義務つとめにおいて、神であらせられるべきだった。この二度だけは、陛下は人間であらせられるその深度のきわみにおいて、正に、神であらせられるべきだった。それを二度とも陛下は逸したもうた。もっとも神であらせられるべき時に、人間にましましたのだ。」
「一度は兄神だちの蹶起の時。一度はわれらの死のあと、国の敗れたあとの時である。」

まさに「獄中手記」の内容に沿った主張が続く、正直なところ薄気味悪い小説です。
この「英霊の聲」は、磯部浅一の霊が三島由紀夫の憑依して自動書記したもの、という説もささやかれています。

三島由紀夫の死も、磯部浅一の悪霊に取り憑かれたためのもの、というのが怪談業界では定説となっていますが、三島に関するもう一つの怪談が描かれているのが工藤美代子の怪談エッセイ「日々是怪談」「もしもノンフィクション作家がお化けに出会ったら」の2冊です。

なぜノンフィクション作家はお化けが視えるのか (中公文庫)
工藤 美代子
(「日々是怪談」を改題したもの)




工藤美代子は、今はネトウヨのネタ元みたいな感じになってしまっていますが、この2冊があるがために、筆者はかなり信頼している書き手です。本書によれば、川端康成は、三島由紀夫の死後も何度か会っていたそうです。夫人の証言を直接聞いたとのこと。しかし、川端康成を死後の世界へと道連れにしたのは三島由紀夫ではなく、岡本かの子だったそうです。

かの子撩乱 (講談社文庫)
瀬戸内 晴美
(本書にはそんな怪談は書いてありませんが……)


というわけで、二・二六事件に始まる怪談に触れられる本を何冊か紹介してみました。
怪談だけに、すっきりと筋が通った解釈ができるものではありませんが、「昭和史+怪談」ということで、筆者の大好きなテーマが重なる、お気に入りのネタです。
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筆者:squibbon
幼稚園児の頃から40を過ぎた現在に至るまで読書が趣味。学生時代は読書系のサークルに所属し、現在も出版業界の片隅で禄を食んでいます。
好きな作家:江戸川乱歩、横溝正史、都筑道夫、泡坂妻夫、筒井康隆、山田風太郎、吉村昭。好きな音楽:筋肉少女帯、中島みゆき。好きな映画:笠原和夫、黒澤明、野村芳太郎、クエンティン・タランティーノ、ティム・バートン、スティーヴン・スピルバーグ、デヴィッド・フィンチャー。
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