備忘の都

40年間の読書で得た偏った知識をツギハギしながら、偏った記事をまとめています。同好の士の参考に。

ポプラ社少年探偵団

ポプラ社 少年探偵江戸川乱歩全集28「呪いの指紋」

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今回は第28巻「呪いの指紋」をご紹介します。昭和45年10月の刊行です。
原作は新潮社の大衆文芸雑誌「日の出」に昭和12年から連載された「悪魔の紋章」です。
「日の出」は講談社の「キング」に対抗すべく創刊された雑誌で、乱歩はほかにも「黒蜥蜴」などいくつかの作品を連載しています。
リライト担当は氷川瓏ですが、本書の中には明記はありません。初出は、昭和30年「日本名探偵文庫1」としてポプラ社から刊行されています。
表紙絵・挿絵とも担当は柳瀬茂。柳瀬茂は昭和42年に刊行された「名探偵シリーズ」版の表紙絵・挿絵も担当しており、本書ではそれを流用しています。

原作について、乱歩自身は「完全に筋ができていないまま執筆をはじめ」「全体として整った感じを受けない」と、していますが、改めて読んでみると、ミステリとしてもなかなかよくできている印象があります。なかでも三重渦状紋の持ち主については、意外性十分と思います。

原作には割りと忠実に展開していきます。一番大きな違いは、「宗像博士」が「宗方博士」になっていることくらいでしょうか。
また、原作では川でボートを遊びをしていたカップルが錫の小箱を拾いますが、本書では「林君」という少年が拾い、明智探偵事務所の小林君へ届けますが、明智先生があいにく不在のため、宗方博士のもとへ持ち込むという展開になります。そして、そのまま原作に登場した林助手の役割を果たしていくことになるのです。無理矢理な印象がなくもないのですが、なんとか小林君を登場させることに成功しています。

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ポプラ社 少年探偵江戸川乱歩全集の27巻以降

ポプラ社 少年探偵江戸川乱歩全集27「黄金仮面」

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さて、今回から順番に「少年探偵江戸川乱歩全集」27巻以降の作品紹介をしていきます。
第27巻は「黄金仮面」。初版は昭和45年8月に刊行されました。
原作は講談社の雑誌「キング」に昭和5年から連載された同題の「黄金仮面」です。
「キング」は戦前、小説誌としては最大の発行部数を誇った雑誌であり、乱歩としてもとにかく大衆受けのするものを、ということで変態心理を抑え、「最も不健全性の少ない、明るい作」(自著解説より)となっています。このことが、少年向けリライト第一弾に選ばれた理由ではないかと推測されます。
リライトを担当したのは武田武彦で、このことは本書の「はじめに」という一文に明記されています(「はじめに」は乱歩本人が書いているようです)。初出は、前回も書きましたが、昭和28年「日本名探偵文庫9」として刊行されています。
表紙絵は柳瀬茂、挿絵は山内秀一が担当しています。山内秀一は昭和35年に刊行された「少年探偵小説全集1 黄金仮面」の挿絵も担当していますので、おそらくはこの時の挿絵をそのまま流用しているのでしょう(現物は未確認)。柳瀬茂による表紙絵は昭和42年にポプラ社から刊行された「名探偵シリーズ」版と同じです(「名探偵シリーズ」版は挿絵も柳瀬茂だったようですが、現物未確認)。

内容的には原作におおむね忠実で、浴室での殺人もそのまま描かれます。不二子ちゃんもそのまま登場しています。
面白いのは、子ども向け、ということで少年探偵団が顔見せ程度に登場している点です(といっても、このリライトシリーズはどれも、無理やり少年探偵が登場しますが)。
冒頭、黄金仮面の出没を目撃するのは、原作では市井の名もなき人びとですが、本書では小林君をはじめとする団員たちです。また、中盤、黄金仮面にぐるぐるに縛られてしまう運転手も小林君ということになっています。
大きな(というほどでもありませんが)違いといえばその程度で、筆者は子どもの頃に本書を読んでから原作へ手を伸ばしましたが、全く同じ話を改めて読んだだけ、という印象で、何の違和感もなかった記憶があります。

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ポプラ社 少年探偵江戸川乱歩全集の27巻以降

ポプラ社 少年探偵江戸川乱歩全集の27巻以降

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今回から、ポプラ社版江戸川乱歩全集について書いていきたいと思います。
ポプラ社版の全集は、全46巻のうち26巻までが少年探偵団シリーズであり、これは今でもいろいろな形で読むことができます。一方、27巻以降の20冊は一般向け作品を子ども向けにリライトした内容で、現在は全て絶版になっており、物持ちの良い図書館か、古本屋で探すしかありません(筆者の息子が通う小学校の図書室には並んでいるとのこと)。

なぜ絶版にしてしまったのか、事情は明らかではありませんが、27巻以降は乱歩本人の筆によるものではなく、他の作家による代作という点が理由の一つとしてあるかもしれません。
前書きや口絵に代作者の名が明記されているものも一部にありますが、大半は乱歩本人がリライトしたかのような体裁でした。
著作権の観念がやかましくなった時代には刊行を続けるのが難しくなったのかもしれません。

代作者として氷川瓏の名が記された第39巻「死の十字路」。
死の十字路

また、子ども向けに書き直しているとはいえ、殺人シーンどころから死体をもてあそぶ描写も多く、穏便に書かれている少年探偵団シリーズに比べると「子ども向けでない」という判断がされたのかもしれません。
そんなわけで、27巻以降が絶版なのは時代の流れでやむを得ないことかもしれませんが、とはいえ、このシリーズによって読書の面白さに目覚め、大人向け乱歩にも手を伸ばすことになった筆者の世代のファンには、たまらなく懐かしく、大切なシリーズでもあります。

乱歩作品の子ども向けリライトは、この全集版が初出ではありません。最も古いものでは武田武彦の代作による「黄金仮面」が昭和28年にポプラ社から「日本名探偵文庫」第9巻として刊行されました(この情報をちゃんとホームページに載せているポプラ社はエライ!)。
その後も、「名探偵明智小五郎文庫」「少年探偵小説全集」など乱歩の生前に何度か装丁を変え、収録作を増やしつつ刊行されていきます(いずれもポプラ社が刊行)。
この頃は、少年探偵団シリーズの出版元は光文社でした。大人向け作品のリライトを出版するポプラ社と住み分けていた形ですが、やがて昭和39年に少年探偵団シリーズの出版元がポプラ社へ移ると、リライト作品もあわせて「江戸川乱歩全集」にまとめられたというわけです。

はじめに書いたとおり、26巻より前の少年探偵団シリーズは新装版も出ていますし、ポプラ文庫ではかつての表紙絵を流用していますので、比較的簡単に往時を懐かしむことができますが、27巻以降はなかなか困難です。
同世代のファンのため、次回から一冊ずつボチボチと、このシリーズの表紙や内容を掲載していきたいと思います。

なお、記事中の初出、リライト担当者、挿絵画家などのデータは、名張市立図書館が発行した「江戸川乱歩執筆目録」(平成10年)および「江戸川乱歩著書目録」(平成15年)を参照しています。
代作は武田武彦か氷川瓏のどっちかなのですが、特に明記されていなかったり、あるいは明記されているのに間違っていたりといった作品が多々あります。
「江戸川乱歩執筆目録」を見ると、その代作者名が全て記載されていて興味深いのですが、しかし、どこでそれを調べたのかは書かれていません。奥付の「協力者」の中に武田武彦氏の名が見えるので、おそらくは本人に確認したのでは、と推測されます。

リライト作品を収録した、「少年探偵江戸川乱歩全集 Bセット」
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(リンク先はAmazon)
本ブログでも言及している「名探偵明智小五郎文庫」「日本名探偵文庫」を含め、昭和の児童向けミステリの表紙を概観できるとても楽しい本です。

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筆者:squibbon
幼稚園児の頃から40を過ぎた現在に至るまで読書が趣味。学生時代は読書系のサークルに所属し、現在も出版業界の片隅で禄を食んでいます。
好きな作家:江戸川乱歩、横溝正史、都筑道夫、泡坂妻夫、筒井康隆、山田風太郎、吉村昭。好きな音楽:筋肉少女帯、中島みゆき。好きな映画:笠原和夫、黒澤明、野村芳太郎、クエンティン・タランティーノ、ティム・バートン、スティーヴン・スピルバーグ、デヴィッド・フィンチャー。
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