備忘の都

40年間の読書で得た偏った知識をツギハギしながら、偏った記事をまとめています。同好の士の参考に。

ポプラ社少年探偵団

ポプラ社 少年探偵江戸川乱歩全集40「恐怖の魔人王」

40恐怖の魔人王047

今回は第40巻「恐怖の魔人王」をご紹介します。昭和47年8月の刊行です。
原作は昭和6年から雑誌「講談倶楽部」に連載された「恐怖王」。
リライト版の本書は書き下ろしです。口絵に「江戸川乱歩・原作/氷川瓏・文」とリライト担当者が明記されていますが、これは前巻「死の十字路」と同じく、本書の刊行が乱歩の没後だったからではないかと思われます。
表紙絵・挿絵は岩井泰三が担当しています。

個人的に「恐怖王」は乱歩作品のワーストだと思っています。
死んだ娘と結婚写真を撮る冒頭のシーンは、後年になって横溝正史「病院坂の首縊りの家」にも影響を与えたか?と思われるような名場面ですが、良いのはそこだけ。
あとは曲芸飛行で空中に「Kyofuo」と文字を描いたり、意味不明のドタバタした展開が続き、結局、何が何やらよくわからない、しかしどうでもいいや、という感じで終わってしまいます。
この作品が連載された頃は、乱歩の人生で最も多作だった時期です。「孤島の鬼」「蜘蛛男」「黄金仮面」など力作を続けて執筆する一方、「猟奇の果」で大失敗したり(でも、個人的には割りと好き)、「盲獣」で変態を極めたり、話題に事欠きません。
「恐怖王」も多忙の余り、何も考えずに書き始め、ともかく完結だけはさせた、という作品です。

リライト版では「恐怖王」が「魔人王」と変わり、空中の怪文字も「MJINO」となっています。だから、どうでもいいっちゅうねん。しかも、「マジンオー」ではなく「マジノ」としか読めません。
なぜわざわざ改名をしたのか?
おそらくは、少年探偵団シリーズに「仮面の恐怖王」というタイトルの作品があるため、重複を避けたのかと思います。
ストーリー自体はほぼ変わらず、原作の探偵小説家・大江蘭堂の役を明智小五郎が務めます。
ところが、この大江蘭堂は、わりとおっちょこちょいで、最終的に彼が事件を解決したとはとても言えません。このため、リライト版では史上最も役に立たない明智が登場することになってしまいました。(とはいえ、大江蘭堂よりは若干マシな扱い)

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ポプラ社 少年探偵江戸川乱歩全集39「死の十字路」

39死の十字路046


今回は第39巻「死の十字路」をご紹介します。昭和47年7月の刊行です。
原作は昭和30年に講談社「書下ろし長篇探偵小説全集 第1巻」として刊行された「十字路」。
リライト版の本書は書き下ろしです。口絵に「江戸川乱歩・原作/氷川瓏・文」とリライト担当者が明記されていますが、これは本書の刊行が乱歩の没後だったからではないかと思われます。初出が生前のものにはこのような表記はなく、乱歩本人の著作であるかのような体で刊行されています。
表紙絵・挿絵は山内秀一が担当しています。

原作が収録された「書下ろし長篇探偵小説全集」は、ほかに高木彬光「人形はなぜ殺される」などが刊行されています。また最終巻である第13巻を「13番目の椅子」として公募し、これに応じた鮎川哲也「黒いトランク」が入選したのも有名な話です。横溝正史「仮面舞踏会」がタイトルだけ予告されて結局執筆されず、約20年後に横溝正史全集の一冊として書き下ろされることになったというエピソードもあります。
というわけで、探偵小説好きには話題に事欠かない賑やかな叢書だったのですが、このころ乱歩のアイデアはすでに枯渇していました。
このため、探偵作家クラブに参加しているシナリオライターの渡辺剣次に相談し、アイデアの提供を受けて書かれたのが本書です。
執筆は乱歩自身ですが、十字路で二つの事件が交差するという根本の発想も渡辺によるものということで、全編、ウールリッチ風の都会的なサスペンスが展開する異色作です。アイデアがオリジナルでないとはいえ、乱歩のストーリーテラーを堪能できる傑作だと思います。
渡辺剣次は、のちにこの「十字路」を日活が映画化した「死の十字路」のシナリオを執筆し、作品が原著者のもとへ里帰りする形になっています。
さらにいえば、リライト版「死の十字路」を執筆した氷川瓏は、渡辺剣次の実の兄です。弟が提供した乱歩作品を、兄がリライトするという、間接的に兄弟合作のような形になっているわけです。

さて、そのリライト版「死の十字路」ですが、他の巻に比べると、かなり自由な改変がされています。
まず、主人公・伊勢省吾は原作では中年社長ですが、リライト版は25歳の青年社長。秘書であり恋人である晴美とは同年代で、大学のフォークソングサークルで知り合います。友子は原作では省吾の妻ですが、リライト版では驚いたことに妻ではなく、単なる知人です。
では、いったいなぜこの3人がトラブルになるのかいうと、友子と晴美とはもともと仲のよい友人でしたが、友子に誘われて参加した「過激な思想を持つ研究会」に晴美は馴染めず、途中で脱会したため、友子は「裏切り者を制裁する」ということで晴美のアパートへ押しかけ、襲いかかるのです。そこに居合わせた伊勢省吾に殺害されてしまうというわけです。
リライト版が刊行された昭和47年は、ちょうど年明けに、あさま山荘事件が起こり、続いて連合赤軍のリンチが明るみに出た時期なので、そのような世相を反映した設定です。
原作には明智は登場しませんが、リライト版では友子の兄である大学教授が明智の知人で、捜査を依頼し、原作にも登場する花田警部と明智とが協力することになります。
ストーリーやトリックはおおむね原作通りですが、設定がここまで変わってしまうのは珍しいことです。アイデア提供が弟だから、という気安さが、このような大胆な改変に繋がったと考えるのは穿ちすぎでしょうか?

死の十字路
 
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39死の十字路046
江戸川 乱歩
ポプラ社
1972-07-01


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ポプラ社 少年探偵江戸川乱歩全集38「白い羽根の謎」

38白い羽根の謎045

今回は第38巻「白い羽根の謎」をご紹介します。昭和47年5月の刊行です。
原作は昭和29年から雑誌「宝石」に連載された同題の「化人幻戯」。
リライトは氷川瓏が担当しています。初出は昭和36年「少年探偵小説全集7」としてポプラ社から刊行されました。
表紙絵・挿絵は岩井泰三が担当。いずれも本書の描き下ろしです。

原作が連載された「宝石」は戦後すぐに創刊された探偵小説専門雑誌で、横溝正史の「本陣殺人事件」「獄門島」など、戦後本格ミステリの牙城でした。
乱歩は経営にも深く関わり、昭和32年からは「責任編集」を努めています。
「化人幻戯」は乱歩が唯一「宝石」で発表した作品ですが、本人は「失敗作」と切り捨てています。これはおそらく、あまりに望みが高かっため、それを果たせなかったという意味での失敗作ではないかと思います。
筆者は、この作品をかなり高く評価していて、乱歩には珍しい論理的な本格ミステリで、トリックをイラスト付きで説明したり、さらには江戸川乱歩本人が探偵小説家として登場するなど、かなりの意欲作だと思います。

また、主人公とヒロインとの桃色遊戯を中間小説的な書き方で表現しているところも乱歩には珍しいところです。このあたりはストーリーにも密接に関係してくるのですが、子ども向けのリライト版では赤裸々な表現ができないため、主人公の恋心は描かれていません。犯人の動機も遺産目当てということになっていて、原作の異常性愛は封印されており、物足りなさは否定できません。
 何より、原作で印象に残る「カマキリが怖い」というくだりもありません。

余談ですが、「少年探偵江戸川乱歩全集」の後半の巻は、大人向け小説をリライトしていても、たいていは原題通りか、原作を容易に推察できるタイトルでした。しかし、この「白い羽根の謎」だけはあまりに大ざっぱなタイトルです。小学生の頃は、この本の原作が何なのか、「化人幻戯」を読むまで全くわかりませんでした。

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筆者:squibbon
幼稚園児の頃から40を過ぎた現在に至るまで読書が趣味。学生時代は読書系のサークルに所属し、現在も出版業界の片隅で禄を食んでいます。
好きな作家:江戸川乱歩、横溝正史、都筑道夫、泡坂妻夫、筒井康隆、山田風太郎、吉村昭。好きな音楽:筋肉少女帯、中島みゆき。好きな映画:笠原和夫、黒澤明、野村芳太郎、クエンティン・タランティーノ、ティム・バートン、スティーヴン・スピルバーグ、デヴィッド・フィンチャー。
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