ニュージーランド出身のピーター・ジャクソンは、「ロード・オブ・ザ・リング」を監督するまで、日本ではマニアにしか知られていない存在でした。
なにしろ撮っていた映画がゲテモノのホラーばかり。
「バッドテイスト」は記念すべき初監督作ですが、これはほぼ手作りの自主製作映画です。
友人を集めて休日にコツコツと撮りためるという、100%趣味で製作していたものなのですが、これで才能を認められます。
……しかし、ここまでバカげた映像のなかに、将来、超大作「ロード・オブ・ザ・リング」を完璧に仕上げてしまうような才能を見いだせるかというと、筆者にはさっぱりわかりません。ほんと、ピーター・ジャクソン以上に、この才能を見出した人たちの慧眼に恐れ入ります。
続いて「ブレインデッド」「ミート・ザ・フィーブルズ」と血まみれのふざけた映画を撮り続け、ホラーファンのカルト的な人気を博したのち、「乙女の祈り」を監督。幻想的な雰囲気の中に少女たちの繊細な心の動きを見事に描いて、一般の映画ファンからも高い評価を受けました。
これにより、ニュージーランドを代表する映画監督となります。
と、いま「ニュージーランドを代表する」と書きましたが、ニュージーランドの映画人ってほかにいるか?
そもそもニュージーランドには映画産業と言えるようなものがありませんでした。ピーター・ジャクソンはそこへ現れた超新星。空前絶後、唯一無二の存在。
ところが、そのピーター・ジャクソン自身がその評価に待ったをかけます。
いやいや、ニュージーランドを代表する映画監督は俺じゃないよ。
コリン・マッケンジーだろ。
え? コリン・マッケンジー知らないの?
ということで、テレビ用に製作されたドキュメンタリーがこの「光と闇の伝説 コリン・マッケンジー」(原題:Forgotten Silver)です。
(初公開時の邦題は「コリン・マッケンジー/もうひとりのグリフィス」)
はて、コリン・マッケンジーとは何者か?
実は映画の草創期、ニュージーランドにおいてさまざまな映画技法に挑戦し続けた幻の監督がいたのです。世界初の長編映画も彼が作り、世界初のトーキーを撮ったのも実は彼。
というわけで、実は映画の歴史を開拓したのはグリフィスではなく、ニュージーランドのコリン・マッケンジーだったのです!
ところが、コリン・マッケンジーは「リアル」にこだわりすぎました。
世界初のトーキー映画はカンフー映画でしたが、登場する中国人たちは当然、中国語を話します。このため、ニュージーランドの観客には「トーキー映画の言葉は理解できない」と思われしまい、失敗に終わります。さすがに「吹き替え」や「字幕」というところまでは知恵が回らなかったわけです。
コリン・マッケンジーが制作しようとした超大作「サロメ」のセットを探して山の中へ分け入り、ついに巨大なセットの廃墟を発見するという感動的なシーンで、この物語は幕を閉じます。
……しかし、それにしてもコリン・マッケンジーなんて聞いたことないな。
それもそのハズ。実はこれはフェイク・ドキュメンタリー、いわゆるモキュメンタリーというやつで、内容は完全にフィクションです。
ニュージーランドではフィクションであることを伏せてテレビ放映し、全国民を驚きと感動で包んだ挙げ句に、翌日になってネタバラシをして、大騒ぎになったと言われています。
さて、このような映画愛全開、ピーター・ジャクソンの魅力がつまった素晴らしい内容なのですが、日本では劇場公開後にVHSが発売されたのみで、なぜかDVDになりませんでした。
このため、筆者はアメリカで発売されたDVDを購入しています。筆者が購入したものはリージョンフリー。日本のプレイヤーでも再生できます。
ただし、このDVDの難点は英語字幕すら入っていない点。
まあ、中国語で喋りまくっているトーキーなんかは「なるほどこれね」とわかるのですが、ほぼ全編、ナレーションを背景に静止画が切り替わる形で話が進むので、筆者のヒアリング力では全く理解できません。
しかし、この映画には強力な副読本があります。
映画本編同様、ノンフィクションの体裁でコリン・マッケンジーの評伝が出ているのです。
著者名からしてふざけていますが、翻訳したのは柳下毅一郎先生。特殊翻訳家の面目躍如です。
映像はほぼ本書と同じ内容で進行するため、この本があれば、字幕なしのDVDでも怖くありません。
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