備忘の都

40年間の読書で得た偏った知識をツギハギしながら、偏った記事をまとめています。同好の士の参考に。

横溝正史

高階良子の乱歩・横溝原作マンガ

201806ドクターGの島229

高階良子。
今どきの若者の知名度はどんなもんなのでしょう。
少女漫画の世界にはあまり詳しくないのでよくわからないのですが、少なくとも小学生にはあんまり知られていないでしょう。
ホラーやミステリを題材にしたマンガで知られる大御所です。

筆者の世代にとっては、江戸川乱歩や横溝正史の小説をマンガ化していたことでもよく知られています。
もう少し上の世代となると、「乱歩は読んだこと無いけど、高階良子は読んでた」という女子がたくさんいたりします。

一つ思い出話を語ると。
就職したばかりの頃はしばらく、筆者は周囲に全く趣味の話をすることなく過ごしていました。
そんなある日、休憩室で昼飯を食べていると、横で先輩の女性二人が「あれ、なんていうタイトルだっけなー?」と考え込んでいました。
お互いに言い合っているあらすじを聞いてピンと来た筆者は、しばらく思い出すのを待っていましたが、あまりに長時間「なんだっけ、なんだっけ」と言い続けているので、とうとう堪りかねて「『ドクターGの島』ですね」と横から口を挟んでしまいました。先輩2人は「そうそう!それ!」と盛り上がったあと、「あれ、なんでそんなこと知ってるの?」という話になり、正体がバレてしまったというわけです。
ここからわかるのは、今から20年くらい前には「知っている人は多いけど、かなり忘れられている」という存在になっていたということです。

筆者は子どもの頃は少女マンガとは全く縁がなかったため、高階良子を知ったのも乱歩・横溝を読み尽くしたあとでした。従って、幼少期に「なかよしKC」で読んでいた、という人に比べれば思い入れは無いに等しく、どちらかというと「乱歩・横溝がこんなキラキラしたマンガになってる!」という興味で読んだものです。

上記の一件とほぼ同時期に、文庫版で傑作選が出たりして、そのときに乱歩・横溝原作ものは一通り復刊していましたが、それからも早くも20年が経過して、若い人にとってはますます知らない漫画家になりつつあると思いますので、とりあえずどんな作品があったかだけ改めてまとめておきます。

江戸川乱歩・原作

ドクターGの島 (なかよしKC)
高階 良子
講談社
1978-07

原作:孤島の鬼

血とばらの悪魔 (なかよしKC)
高階 良子
講談社
1975-03

原作:パノラマ島奇談

黒とかげ (なかよしKC)
高階 良子
講談社
1975-04-10

原作:黒蜥蜴

一番インパクトが強いのはやはり「ドクターGの島」かな、と思いますね。主人公が少女になっているので。ストーリーは実は意外と原作にちゃんと沿っているのですが、「小学生女子が読んで怖がる」という範疇に物語や描写を抑えています。
まあ、今の時代の少女マンガ好きの方が敢えて読むべきかどうかはわかりませんが、乱歩好きは読んでみて損はないと思います。

横溝正史・原作

真珠色の仮面 (なかよしKC)
高階 良子
講談社
1975-11-05

原作:仮面劇場

血まみれ観音 (なかよしKC)
高階 良子
講談社
1975-07

原作:夜光虫

乱歩原作作品が有名作ばかりなのに対し、横溝正史の原作は激シブ。どっちも由利先生のシリーズです。
正直、原作は中学生の頃に読んだきりなので、ストーリーをさっぱり忘れてしまっているのですが、どっちも原作に割と忠実だったような気がしますよ。(気がするだけで、確認していません)
乱歩のマンガ化に比べると、原作ファンが少ないと思われるため、「ドクターGの島」ほど伝説的に語られたりはしていませんが、美少年ばかり出てくる横溝の原作は、実は少女マンガに向いていたのかも知れません。(この記事を書こうと思ったのも、先日の記事に書いた「真珠郎」の復刊を見たためです)

さて、乱歩原作も横溝原作も、初めは「なかよしKC」で出ていましたが、その後、2000年前後に文庫化されています。


収録作:「黒とかげ」「血とばらの悪魔」


収録作:「血まみれ観音」「真珠色の仮面」

講談社漫画文庫の「高階良子傑作選」は全5冊刊行されましたが、そのうち2冊は乱歩原作・横溝原作でまとめられています。
このときは「ドクターGの島」は収録されなかったのですが、しばらく経って別の出版社から文庫版が出ました。



このときは、「ドクターGの島」のほか短編2篇が収録されました。

関連記事:
角川文庫版・横溝正史「真珠郎」復刊


角川文庫版・横溝正史「真珠郎」復刊

201711真珠郎145

今月、丸善ジュンク堂書店限定ということで横溝正史「真珠郎」(角川文庫)が復刊されました。
表紙には以前と同じく杉本一文のイラストが使用されています。
いくつかのネット書店で「新装版」という新刊情報が出ていたようですが、限定復刊のため、リアル書店では丸善ジュンク堂の系列店のみ、ネット書店ではhontoのみの取り扱いとなっているようです。

戦後の金田一耕助シリーズは、今に至るも国内本格ミステリの最高峰とされていますが、戦前の作風はそれらとは異なり、乱歩の長編と同じく通俗的なものでした。
乱歩の作品が残虐で猟奇的な内容のものが多かったのに対し、横溝正史の作品は耽美的・幻想的な雰囲気であり、美少年が頻繁に登場し、その系譜は戦後の本格ミステリにも引き継がれています。
中でも「真珠郎」は耽美的な美少年趣味と、後の作品に通じる本格ミステリの魅力とが融合しており、戦前の長編では「呪ひの塔」と並ぶ最高傑作とされています。
金田一耕助は戦後の第一作である「本陣殺人事件」が初登場であり、「真珠郎」には登場しません。ドラマ化されるときはいつも金田一耕助ものに改変されているため、世間では金田一シリーズと思っている方もいるようですが、実際には由利麟太郎が活躍する一編です。

角川文庫は、以前は由利麟太郎シリーズも全て収録していたのですが、横溝正史ブームが下火になるに連れ順次、姿を消していき、その後、装丁を変えて「金田一耕助ファイル」などという名前で再編集されたため今はほとんどは金田一耕助シリーズしか収録されていません。なぜか、時代小説の「髑髏検校」だけ新装版が収録されていますが、それ以外は全て金田一ものです。
さらに、かつて横溝作品の表紙を彩った杉本一文のイラストは全く使われておらず、今回の復刊を機に「真珠郎」がそのままレギュラーとなれば、約20年ぶりの杉本一文復活ということになり、これはなかなかめでたいことです。

「真珠郎」は角川文庫版が絶版となったあと、2000年に扶桑社文庫から「昭和ミステリ秘宝」の一冊として刊行されたことがあります。
このときは、初版単行本に付された乱歩による序文なども収録したものでした。



また、横溝ブームの最中、1976年に角川書店から初版の復刻版が刊行されたこともあります。
先日、たまたま覗いた古本屋にこれがかなり格安で置いてあったので、「お」と思って手に取ったのですが、ハードカバーと本文とが逆さまに製本されたもので、不良品でありながらなぜか古書で流通してしまったようで、安いのはそれが理由でした。
ちょっと悩みましたが、結局買わず。

さて、今回の角川文庫の復刊ですが、ひとまずは丸善ジュンク堂書店系列の限定復刊ということですが、ネット書店各社に情報が流れていたり、そもそも本文をまるまる改版している気合の入れ方を見ると、いずれレギュラー化するつもりでは、とニラんでいます。
角川文庫が杉本一文の表紙での復刊に乗り出したのはこれは本当に画期的なことで、金田一耕助シリーズ以外の、絶版のままではいけない作品(「蝶々殺人事件」「鬼火・蔵の中」「呪いの塔」あたり)も引き続き復活することを期待しています。



関連記事:
「杉本一文『装』画集」入手

横溝正史、幻の長編「雪割草」読了

201803雪割草191

(ネタバレはしませんが、内容に触れます)
昨年末、横溝正史の幻の長編が発見されたと大々的に報道されました。
昭和16年6月から12月にかけて新潟の地方紙へ連載されていたもので、しかも内容はミステリではなく「家庭小説」とのこと。いったいどんなものなのか、発売を心待ちにしていました。

しかし、買ってから思ったのですが、筆者は横溝正史ファンを自任しているとはいえ、全作品を読破しているわけでもなく、こんな本まで買うくらいなら、もっと先に読んでおくべき作品がたくさんあるんじゃなかろうか。
また、横溝正史の「未単行本化」作品というのは、未だに残っているとは思いませんでしたが、そんなに驚くべきことでは無いようにも思います。というのは、横溝正史は雑誌発表後に改稿することがよくあり、あとで手を加えるつもりでそのまましまいこんでいたり、気に入らないからと封印していた例はこれまでにあったわけです(「死仮面」とか)。
今さらそういう作品が出てきただけ、という解釈もできます。

にもかかわらずいそいそと買ってきたのは、「幻の長編を発見!」という「お祭り」に乗り遅れまいと言う気持ちからでしょう。やはり、読むのであれば今、このタイミングで読んだほうがよいでしょう。
書店では割りとよく売れているようですが、おそらくは同じ考えで買っている人が多いのではないかと思います。

さて、ミステリではない「家庭小説」。
いったいどんなものかと読み始めましたが、いわゆる「通俗小説」ですね。
昼ドラの原作かと思うような、不幸の釣瓶打ち。キャラは善人と悪人にきっぱり分かれ、単純化されています。大河小説のように主人公の半生を描く波瀾万丈の物語です。
同じ横溝正史でもこれまで知られている作品とは全く別の顔を見せています。
文章の雰囲気は「人形佐七」シリーズに似ているように感じましたが、しかしミステリ的な要素は全くありません。
帯で有栖川有栖が「卓越したストーリーテリング」と讃えていますが、たしかにグイグイと読ませる力は強力です。横溝正史にしても江戸川乱歩にしても、ミステリ的なネタ云々の前に、圧倒的に「お話」として面白いんですよね。横溝正史のこの辺りの能力は堪能できます。

いくつか気づいたことを書いておきたいと思います。

まず、時代背景について。
連載されたのは昭和16年後半ということで、日中戦争は泥沼化し、日米開戦の直前。連載終了直前に真珠湾攻撃が行われたことになります。
昭和初期には由利先生シリーズを書いていた横溝正史は、時局の悪化に伴って探偵小説を書けなくなり(当局から明確に禁止されたわけでありませんが、雑誌編集部の「忖度」によって)、捕物帖を書いたりしますが、やがてそれすら書けなくなります。
「雪割草」はそんな時期に書かれた小説であり、時局へ迎合する記述が随所に見られます。物語の展開そのものにも時代を感じさせる箇所が多々あります。
終戦の玉音放送を聞いて快哉を叫んだという横溝正史にしては、らしくないようにも思いますが、ところがこれが、実は全く心がこもっていない記述ばかり!
後年の横溝を知っているから言えるだけかも知れませんが、付き合いで仕方なく書いていることがありありとわかるような表現が続き、その辺に横溝正史らしさを感じてしまいました。
単行本にならないまま忘れられた存在になってしまったのは、もしかすると、この時局へ迎合する姿勢を作者本人が嫌ったためではないか、とも思います。

それから、新聞でも報道されていた「金田一耕助の原型」について
これについては、筆者は「原型」とは異なる印象を持ちました。
確かに、本書の登場人物・賀川仁吾が登場した時の服装は金田一耕助と全く同じなのですが、しかし、これは以前こちらの記事(金田一耕助はなぜ和服姿なのか?)でも書いたとおり、横溝正史本人としてはそれほど特徴的なもののつもりはなく、当時にあっては単におしゃれを気にしない冴えない服装に過ぎませんでした。
したがって、賀川仁吾と金田一耕助の服装が同じでも、さらにいえば初登場時の明智小五郎も金田一っぽい格好だったりもしますが、これらはいずれも大きな問題ではありません。
とはいえ、山口直孝氏による本書巻末の解説にもあるとおり、賀川仁吾の人物造形には横溝正史本人が投影されています(結核まで患っている!)。金田一耕助にもやはり横溝正史本人の要素が含まれている、という説を賀川仁吾の存在によって補強するすることはできると思います。

最後に物語の発端である信州諏訪について。
信州は横溝正史が結核の療養のために滞在した地であり、「鬼火」「真珠郎」「犬神家の一族」と、いくつかの代表作がここを舞台にしています。「雪割草」もこの系譜に連なるものです。
個人的に気になったのは「スキー」です。というのは、冒頭でヒロインと賀川仁吾とが出会うのはスキー客で混雑する客車の中であり、その後も何度かスキーについての言及があります。
実は、「犬神家の一族」にもスキーは登場するのです。
終盤、復員服の男を追って山狩りが行われる時、金田一耕助が華麗なスキーな腕前を披露します。
「犬神家」の原作は、季節は冬であり、例の逆さまの「スケキヨ」の死体も、泥へ頭から突っ込まれた死体の周囲が凍ったものだったりします。
映像化の際には、正しく冬を季節としてものがないため、スキーシーンやら凍った湖面やらは出てこず、このため金田一耕助が特技がスキーだなんてことはみんな忘れてしまっているのが残念ですが、横溝正史がスキーにかなりの関心を持っていたことは間違いないでしょう。
しかし、戦前のスキーとはいったいどんなものでしょう。
ネットで調べていたら、こんなサイトを見かけました。
「長野県スキー発祥100年の歴史」http://www.shinshu-tabi.com/ski100/rekisi.html
この中に「スキーヤーであふれる昭和10年頃の諏訪」という写真が掲載されていますが、まさに本書に描かれた時代はこんな感じだったのでしょう。
恐るべき数のスキーヤーが集まっていますが、しかし、当時のスキー場はリフトはまだなかったと思われます。スキー=登山であり、山岳スキー、今で言うテレマークスキーが行われていたはずです。
横溝本人が滑っていたのかどうかわかりませんが、スキーが大好きな筆者としては、横溝作品の映像化の際に、ぜひ当時のスキーを再現してもらえないものかとずっと待っているのですが、全くその気配がないのが残念です。

というわけで、大幅に話が脱線しつつありますが、ミステリではないものの、横溝ファンには楽しめる要素がたくさんありますので、読んでおいて損はないでしょう。

雪割草
横溝正史
戎光祥出版
2018-03-08


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筆者:squibbon
幼稚園児の頃から40を過ぎた現在に至るまで読書が趣味。学生時代は読書系のサークルに所属し、現在も出版業界の片隅で禄を食んでいます。
好きな作家:江戸川乱歩、横溝正史、都筑道夫、泡坂妻夫、筒井康隆、山田風太郎、吉村昭。好きな音楽:筋肉少女帯、中島みゆき。好きな映画:笠原和夫、黒澤明、野村芳太郎、クエンティン・タランティーノ、ティム・バートン、スティーヴン・スピルバーグ、デヴィッド・フィンチャー。
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