備忘の都

40年間の読書で得た偏った知識をツギハギしながら、偏った記事をまとめています。同好の士の参考に。

コミック

別冊幻影城創刊号「横溝正史」の挿絵は花輪和一が担当


201904花輪和一314

先日、出張のついでに久しぶりに神田の古本屋を覗いていたのですが、「別冊幻影城創刊号 横溝正史 本陣殺人事件・獄門島」を見つけて買ってきました。
「幻影城」本誌は全て揃えて持っているのですが、別冊の方は何冊か買っているという程度で、揃えてはいません。この創刊号も持っていませんでした。
ところが、少し前に初めて知ったのですが、この「本陣殺人事件」は花輪和一が挿絵をつけているんですね。それで、買うことにしたわけです。500円とえらく安かったのでためらう理由なし。

花輪和一は幻影城本誌でも常連の作家でしたが、昭和50年頃といえば漫画家としては「ガロ」にポツポツと作品を発表していて、まだ単著はありませんでした。
イラストレーターとしてはアングラな雑誌やポスターなどを中心に活動していたようです。
この時期に主力の挿絵画家の一人として起用したのはさすが慧眼です。

本誌に描いた挿絵はこれまでも眺めていたのですが、別冊の方はノーチェックでした。
正直なところ、横溝正史と花輪和一という組み合わせは意外でした。「怪奇」というキーワードだけ見れば共通するかもしれませんが、戦後の理知的な横溝作品とは相容れないように思っていました。
しかし、実際に見てみると、かなりいい感じですね。
冒頭のイラストは、金田一耕助。まだ映画「犬神家の一族」公開前なので、映像からの影響は皆無です。
また、この絵は鈴子と猫の墓。

201904花輪和一313

これは、作品の雰囲気をよく表しつつ、完全に花輪和一の世界ですね。

別冊幻影城では、ほかにもいろいろ挿絵を描いているようですが、乱歩の「陰獣」の挿絵も花輪和一のようなので、また見かけたら買おうかなと思います。
 

3月は、伊藤潤二ファンはお腹いっぱいの月でした

201904異形世界312

3月は伊藤潤二ファンには大忙しの月でした。
まずは、短編集「伊藤潤二短編集 BEST OF BEST」の刊行。



タイトルを見て、単に傑作選を大判で出す、というだけの企画かと思っていたら大間違い!
雑誌掲載後、これまで短編集に未収録だった作品を集めたものでした。
しかし、それを聞いても、そんな落ち穂拾いみたいな内容(しかも、掲載誌は小学館限定)では大した内容ではなかろうと思っていたら、これまた大間違い!
びっくりするくらい傑作揃い!
未収録作品ばかり、と言いながら「大黒柱悲話」「阿彌殻断層の怪」など、過去に読んだことのある作品も入っていますが、どれもものすごいハイレベル。
正直なところ、小学館で発表された作品は、朝日ソノラマで描かれたものに比べると、あまり筆者の好みではなかったのですが、今回の短編集は初期の傑作群に通じる雰囲気の作品がたくさんあり、大いに楽しめました。

さて、これだけでも大満足だったところへもう一発。

伊藤潤二画集 異形世界 (Nemuki+コミックス)
伊藤潤二
朝日新聞出版
2019-03-20


伊藤潤二、初の画集です。
画集、といっても絵画集というわけではありません。
これまでにカラーで描いた扉絵、表紙絵を中心に、さまざまなイラストを集めたものです。
A4版という迫力のある大きな判型で、伊藤潤二の緻密な描線を心ゆくまで堪能できる、ファンにはたまらない内容です。
筆者としては、一番嬉しかったのは短編「寒気」の1ページが再掲されていたことです。
というのは、この短編、ストーリーも好きなのですが、何よりも精密な作画に圧倒されるんですよね。体中にボコボコと穴が空くという、かなりぶっ飛んだ発想の物語にもかかわらず、絶妙なバランスで空いた穴は説得力抜群。しかも、どのコマを見ても、穴の位置がきっかり同じ!
偏執的な情熱で描かれていると言わざるを得ません。
巻末のインタビューも絵描きとしてのこだわりが伺われ、充実した興味深い内容です。

というわけで、伊藤潤二初の大型本が2冊もほぼ同時刊行。
平成最後のビッグプレゼントでした。

関連記事:
伊藤潤二の魅力とは? おすすめ・最高傑作の紹介

能條純一『昭和天皇物語 3』解説

201812昭和天皇物語296

能條純一の「昭和天皇物語」、3巻が刊行されました。
気づいた点をちょこちょこと書いてみます。

前半はいわゆる「宮中某重大事件」について。
久邇宮良子女王(のちの香淳皇后)が皇太子妃に内定したものの、家系に色覚異常が見つかり、皇統へ遺伝するのを恐れた山縣有朋らが婚約を破棄しようと動いた、という一件です。
このようなゴタゴタが国民に知れては皇室の尊厳が損なわれるため、報道は全くされなかったのですが、「宮中で何か重大な事件が進行している」という情報が漏れ伝わってしまい、「宮中某重大事件」と称されるようになりました。
結局、「良子女王殿下御婚約の儀に就き種々の世評ありしも御変更等の儀は全然無之趣き確聞す」と報じられて決着することになります。
これには皇太子(昭和天皇)が「良子でよい」と意向を示したと言われており、Wikipediaにもそのような記述がありますが、筆者の手元にある本では、この発言の出典はよくわかりませんでした。「昭和天皇実録」には(当たり前かもしれませんが)見当たらず。
この漫画では、この発言を非常に劇的に描いています。
もう一点、この事件には山縣有朋が「薩摩対長州」という観点から、母が島津家の出身である良子女王の婚約を阻止すべく言いがかりをつけた、という見方があります。この漫画でもその説を採用し、腹黒い策謀家として山縣を描いています。
山縣が腹黒い策謀家だったという点は筆者も否定するものではありませんが、しかしこの一件については対応はまずかったものの皇統に対する至誠の気持ちから出た行動であったという見解が、現在では一般的になっています。漫画に描かれた山縣有朋の姿は「宮中某重大事件」として取り沙汰された際の、世間での評価であった、と解釈するのがよいかと思います。

後半はヨーロッパ外遊について。
本巻の表紙になっている、答礼する皇太子時代の昭和天皇は、イギリス訪問の際、ジョージ五世とともに馬車でバッキンガム宮殿へ向かう途中に撮影された有名な写真をモデルにしています。(Webで検索すれば、この写真はいくらでも出てきます。)
御召艦の中でマナー教育が行われたというのは実際にあったと言われています。
このあと、それぞれの寄港地では若き日の昭和天皇にとって冒険が続きます。晩年までこのときの外遊を懐かしく語っていますが、楽しいエピソードが多く、続巻が楽しみです。



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筆者:squibbon
幼稚園児の頃から40を過ぎた現在に至るまで読書が趣味。学生時代は読書系のサークルに所属し、現在も出版業界の片隅で禄を食んでいます。
好きな作家:江戸川乱歩、横溝正史、都筑道夫、泡坂妻夫、筒井康隆、山田風太郎、吉村昭。好きな音楽:筋肉少女帯、中島みゆき。好きな映画:笠原和夫、黒澤明、野村芳太郎、クエンティン・タランティーノ、ティム・バートン、スティーヴン・スピルバーグ、デヴィッド・フィンチャー。
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