
生誕の地から、多磨霊園の墓所まで、乱歩の足跡をストリートビューで辿ってみたいと思います。
乱歩は生涯で46回も転居したと言われていますが、それぞれの居住地を探すのは非常に容易です。というのは乱歩のスクラップブックとして有名な「貼雑年譜」に住所と地図上の位置、さらにはそれぞれの家の間取りまで詳細に書き込んであるからです。
「貼雑年譜」やエッセイなどを手がかりに、ストーカーのように乱歩のあとを追ってみます。
まず、生誕地は三重県名張市にあり、記念碑が建っています。もともと名張の家系だったわけではなく、仕事のため父が赴任していた地で生まれたものです。
生誕記念碑が建てられたのは乱歩の生前のことで、20年以上前に筆者が訪れた時(没後30年頃)は民家脇にひっそりと存在したように記憶していますが、現在は広場として整備されているようです。
路地の中にあるため、ストリートビューで見ることはできません。

乱歩生誕の地
父の転居に伴い、乱歩は少年期を名古屋で過ごします。
通っていた白川尋常小学校は、その後、周辺の学校と統合され、現在は名古屋市立栄小学校となっています。
白川尋常小学校と現在の栄小学校との立地は少し離れており、白川尋常学校があったのは現在の白川公園内、名古屋市立美術館の裏手あたりということです。尋常小学校の卒業生によって「白川小学校ありき」という記念碑があるようですが、ストリートビューでは見つけられませんでした。
白川尋常小学校が立地したあたり(現在、白川公園内の名古屋市立美術館周辺)
名古屋市立栄小学校(旧白川尋常小学校)
小学校を出ると、愛知県第五中学校へ進学します。現在の愛知県立瑞陵高等学校です。
五中時代に支那密航を企てて停学を食らったという話が、「貼雑年譜」にありますが、五中の生徒で停学処分を受けた第一号が乱歩なのだそうです。
愛知県立瑞陵高校(旧制第五中学)
早稲田大学に入学のため、上京し、卒業後は職業を転々とします。現在でいうフリーターのような状態です。
やがて鳥羽造船所の社員となり、三重県の鳥羽へ赴きます。鳥羽時代は乱歩の生涯でも重要な時期であり、エッセイなどでもたびたび鳥羽の思い出に触れています。
奥さんと知り合ったのもこの頃で、また造船所の寮で日中から押入れの中に籠もり夢想したことが、後年の「屋根裏の散歩者」の原点となりました。「パノラマ島奇談」の舞台は志摩とされ、鳥羽からもう少し先へ行った志摩半島のリアス式海岸の風景が作品に活かされています。
鳥羽でも何度も転居していますが、押し入れに籠もっていたという造船所の寮は、鳥羽城址にあったようです。城山の真下に造船所がありましたが、現在その場所は鳥羽水族館となっています。
鳥羽城址より鳥羽水族館を望む(旧鳥羽造船所)
乱歩の兄弟が古本屋を始めるということで鳥羽から東京へ呼び戻され、団子坂上で「三人書房」という古本屋を始めます。その跡地も特定されています。
なお、「D坂の殺人事件」の舞台、D坂は団子坂がモデルです。
古本屋「三人書房」跡地(現在はコインパーキング)
作家デビューの前後は、大阪府守口市近辺を転々としていました。デビュー時は失業していましたが、その後、大阪毎日新聞に営業部員(広告取り)として入社し、守口から京阪電車で通勤していました。デビューしてからしばらくの初期短編は守口で執筆されています。
そのうちの一軒、「心理試験」「D坂の殺人事件」などを執筆した当時の住居は「江戸川乱歩寓居の跡 明智小五郎誕生の地」として碑文があります。執筆に使っていたのは住居の隣家の二階で、近年までその部屋は残っていました。
乱歩が通勤に使っていた京阪守口市駅周辺は、現在は高架となっていますが、当時は枕木を使用した柵で線路が囲われていました。その光景から「D坂の殺人事件」の視覚トリックを着想したのは有名な話です。
守口市の江戸川乱歩寓居の跡(カレー屋さんの裏あたり)
京阪守口市駅
堂島アバンザ(作家デビュー後に勤めていた大阪毎日新聞の跡地。大阪毎日新聞社屋の正面玄関がモニュメントとして残っています)
作家専業となり上京した後、乱歩はたびたび断筆・放浪を繰り返します。
最初の断筆の際、奥さんに早稲田で旅館下宿を始めさせました。その跡地は、現在は介護老人保健施設となっています。
旅館下宿「緑館」跡地(現在は介護老人保健施設)
最後に「乱歩邸」として有名な池袋・立教大学隣の邸宅には昭和9年に引っ越しました。ここが乱歩の永住の地となります。
旧江戸川乱歩邸
乱歩は昭和40年に亡くなり、多磨霊園へ葬られました。広大な霊園ですが、区画さえ知っていれば、地図を頼りに誰でも墓参できます。
霊園の中へもストリートビューで入り込めますが、乱歩の墓にはたどり着けませんでした。
多磨霊園(この奥に平井家の墓所)
以上、その気になれば46回の転居すべてを追跡することも可能なのですが、キリがないのとあまり面白くもないため、乱歩の生涯において重要であった地点をピックアップして紹介してみました。
乱歩作品に登場する地名や風景には、実体験の影響が少なからずあったことがおわかりいただけるかと思います。
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