備忘の都

40年間の読書で得た偏った知識をツギハギしながら、偏った記事をまとめています。同好の士の参考に。

島田荘司

復刊を希望する島田荘司初期作品

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島田荘司の初期作品は本当に惚れ惚れするような傑作が揃っているのですが、時の流れには勝てず、長らく書店で入手困難な作品がいくつかあります。
電子書籍で読めるものもありますが、とはいえやはり書店に並んでいないのはさびしい限り。
最近になってそんな状態だった「火刑都市」や「毒を売る女」が復刊されましたが、続けて出してくれないかな、と思う作品を書き出してみようと思います。

『網走発 遙かなり』

「網走発 遙かなり」は短編集というべきか連作長編というべきか、ちょっと不思議な作品です。
「丘の上」「化石の街」「乱歩の幻影」「網走発 遙かなり」という4つの作品が収録されています。
はじめの3つは互いに特に関係が無い完全に独立した短編小説なのですが、最後まで読むと全てを含めて長編小説となっているという構成で、紹介のされ方によって「短編集」「長編」「連作長編」といろいろ解釈されています。
筆者としては、実は断然「短編集」としてものすごく好きな作品です。
いずれの作品もが、ネタも完成度も優れたものばかり。以前に、Amazonが島田荘司短編のベストを募集していたとき、喜国雅彦氏はこの短編集の全作品を挙げていましたが、完全に同意見です(10年以上前なので、コメントのページがもはや見当たりませんが)。
本格ミステリというわけではなく、幻想小説に近いような読後感ですが、特に「乱歩の幻影」は乱歩ファン必読。これまたかなり昔ですが、日下三蔵氏の編集でちくま文庫から乱歩をテーマにした短編小説集が刊行された際、表題に選ばれたのもこの作品でした。
そんなわけで、筆者としては島田作品の中でも必読の一冊と考えているのですが、名探偵も登場せず、奇想天外なトリックもないということでファン以外にはあまり知られていないようで、ずっと品切れのままになっています。
これは後世に残すべきといって良いレベルの作品集だと思うのですが……

『切り裂きジャック・百年の孤独』

これははじめ集英社から単行本で刊行され、集英社文庫へ収録された後、15年くらい前に文春文庫に収録されたこともありますが、それももはや品切れです。
1888年にロンドンで跳梁した殺人鬼・切り裂きジャック。1988年にその再来かと思われる事件がベルリン(東西冷戦下の!)で起こり、百年前の事件と合わせて「クリーン・ミステリ」氏なる日本人が解決します。
そう、これは御手洗潔シリーズの番外編でもあるのです。
ところでやはり御手洗シリーズ番外編である短編「糸ノコとジグザグ」に登場する演説男の正体が御手洗であることは、その後の作品で明記されていますが、「クリーン・ミステリ」氏についてはその後の作品では全く言及されていません。
このため、これが御手洗潔なのかどうか、筆者は長年よくわらかないまま過ごしていたのですが、実は島田荘司先生のサイン会に参加した際、無粋を承知でこの件を尋ねてみたことがあります。
その時は「うーん、別の名前をつけるとやはり別人格が生まれてしまうわけで(ごにょごにょ)」という感じでお言葉を濁され、YesともNoとも全くわからないお返事でした。そのような場で徹底的に究明するわけにもいかず、謎のままです。

『嘘でもいいから殺人事件』

島田荘司はユーモアという点でも抜群のセンスがあり、「斜め屋敷の犯罪」「漱石と倫敦ミイラ殺人事件」など抱腹絶倒のシーンがいくつも印象に残っていますが、この「嘘でもいいから殺人事件」は、はっきりと「ユーモアミステリ」を標榜したものです。
やらせ番組のテレビクルーが東京湾に浮かぶ猿島を舞台にした殺人事件に遭遇する、という80年代的なノリのドタバタ劇なのですが、実は事件自体はガッツリした本格ミステリ。いつもどおり血まみれの死体が出てきて、大技のトリックも決めています。

『展望塔の殺人』

島田荘司最初の短編集でカッパ・ノベルスから刊行されました。
第2短編集「毒を売る女」(これも大傑作)の人気に隠れている印象がありますが、かなりの力作が並びます。
特に「都市の声」「発狂する重役」なんかは初期の代表作と言ってよいと思います。
「毒を売る女」が復刊された機会にこちらもぜひ!
カッパ・ノベルスからその次に出た短編集「踊る手なが猿」も名作が並んでいます。

というわけで、思いつくままに現在、文庫が品切れの作品を並べてみました(全集には収録されてます)

網走発遥かなり (講談社文庫)
島田 荘司
講談社
1990-07T


切り裂きジャック・百年の孤独
島田荘司
文藝春秋
2014-09-26




展望塔の殺人 (光文社文庫)
島田 荘司
光文社
1991-03T

 

島田荘司「火刑都市」復刊

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島田荘司「火刑都市」が改定完全版と銘打って講談社文庫から今月、刊行されます。長らく入手困難な時期が続いた初期傑作長編の復刊です。

改訂完全版 火刑都市 (講談社文庫)
島田 荘司
講談社
2020-03-13


この作品、一時期は島田ミステリの最高傑作に推す人も珍しくなかったくらいで紛れもなく代表作の一つでしたが、いつの間にか書店の棚からは消えてしまっていました。
久しぶりの復活は喜ばしいことです。
筆者は中学生の頃、文庫版が刊行されたとき読みましたが、その後、大人になり東京へ転勤した時に「せっかく東京へ来たからには『火刑都市』を読み直そう」とは思ったものの、そのまま読み直すことなくずるずる20年近く過ぎてしまったので、この機会に、今度こそ読み直してみたいと思います。

主役は警視庁の中村刑事。
この中村刑事という人は吉敷シリーズの常連である一方、御手洗シリーズにも顔を出し、両シリーズの橋渡しをしています。中村刑事が主役を務めるのは本作のみで、島田荘司ファンにとってはなかなか重要な一作です。

ところで、島田荘司氏ご本人のFacebookに、書店へ配布すると思われるPOPの画像が掲載されていました。
それを見ると「デビュー前に書いていた作品なのに……」という一文が見えます。
実はこれを読んで、ものすごく納得したことがあります。
今回はその話。

島田荘司の初期作品には「予告」が頻繁に出ていました。
例えば、デビュー2作目の「斜め屋敷の犯罪」では北海道警の牛越刑事が「例の赤渡雄造事件」で知り合った中村刑事(「火刑都市」の中村と同じ人物)に応援を頼み、その紹介で御手洗潔が登場します。
「赤渡雄造」という固有名詞が突然出てきて「斜め屋敷」を読んでいる読者にはなんのことかわからないのですが、第3作「死者が飲む水(死体が飲んだ水)」が発表されると、実はここで「例の赤渡雄造事件」が描かれているのです。
ほかには、「占星術殺人事件」の中では「異邦の騎士」事件について軽く触れられる会話があります。また「水晶のピラミッド」や「暗闇坂の人喰いの木」も作品発表より随分前から、別の作中で言及されていました。
この辺はわかりやすい「予告」なのですが、「火刑都市」については神業と言うしかない書き方で予告されてます。

「死者が飲む水」(昭和58年発表)は前述のとおり、北海道警の牛越と警視庁の中村が協力して事件を解決しますが、牛越が中村へ連絡を取ろうと東京へ電話を掛けると「某所へ外出中」ということで連絡を取れないというシーンあります。
実はこのとき、中村刑事は「火刑都市」の捜査中で、昭和62年に発表された本作を読むと、「死者が飲む水」で牛越が電話をかけたのとぴったり同日同時刻、かつて言及されていた通りの某所へちゃんと出かけているのです。
発表の順番を考えると、この「予告」は人間業とは思えず、作者の頭の中に広がる完璧な「世界」に驚嘆したものですが、なるほど、デビュー前に草稿が存在していたんですね。
とはいえ、世界設計の完璧さはやはり揺るぎませんが。

またそれと同時に、古典的な本格ミステリ復権の旗手と見られた島田荘司が、デビュー前から実は「死者が飲む水」や「火刑都市」などの渋い社会派刑事小説を書き溜めていたというのは、それはそれで興味深い話です。
島田荘司の初期作品は、本当に惚れ惚れするしかない渋い小説が揃っているんですよね。
というわけで、次回は「復刊を期待する初期作品」について書いてみたいと思います。

小学5年生の息子が読む「斜め屋敷の犯罪」

201908斜め屋敷の犯罪330

昨日、小学5年生の長男が取り組んでいる夏休みの工作を手伝っていたときのこと。
モーターで木の棒を回転させ、その動きを利用して模型を上下に動かそうとしていたのですが、そもそも設計の段階で恐るべき精密さを要求されるメカニズムで、これはムリだろうと思っていたところ、案の定、あちこちに引っかかって全くうまくいかない。
もうかれこれ半月くらい、この仕掛けを成功させようと頑張っていたわけですが、あきらめてガラリとやり方を変え、モーターで糸を巻き取り、模型を引っ張り上げるという形にすることにしました。

作業しながら、ふと「これは『本陣殺人事件』だなあ」とつぶやくと、ここ最近、すっかりミステリ好きになり、はやみねかおるばかり読んでいる息子がすごい勢いで「なにそれ、なにそれ」と食いついてきました。
そこで「本陣殺人事件」という、すごいトリックのミステリがあってね。そうそう金田一耕助のデビュー作だよ……という話をしていたわけですが、「その本持ってるの?読みたい読みたい!」と言い出したのには困りました。

筆者が「本陣殺人事件」を読んだのは小学6年生のときだったので、5年生の息子でも読めないことはないと思います。がしかし、この小説の動機は小学生には理解できないぜ?
かく言う、筆者も「初夜」だとか「処女」だとかいう概念は持ち合わせていないときにこの小説を読んだため、動機はいまいち理解できず。とはいえまあ、ミステリ的には動機は大きな問題ではないからまあいいか、ということで済ませてきましたが、しかし、よくわからんだろうということがわかっているのにオススメするのは、少々気が引けます(だったら、最初からタイトルを言わなければ良い話なんですが)。
とはいえ、せっかく息子が「面白いミステリに挑戦したい!」と意欲的になっているのを潰してしまうのももったいないので、おすすめのミステリを急いで考えましたよ。

まずは、「本陣殺人事件」から始まった話なので横溝正史で何か。
……うーん、全滅。
筆者が一番最初に読んだ横溝正史は、やはり小学6年生のときの「犬神家の一族」でしたが、子どもが生まれるメカニズムも知らず、いわんや「衆道の契り」なんてどんなことなのか皆目見当もつかない時期に読んだため、かなり面白く読んだ記憶はあるものの、事件の動機などを正確に理解できたのは、中学生になってからレンタルビデオで映画を借りてからでした。
他にも
「獄門島」……内容的に問題ないが、ミステリをあまり理解していない時期に読んでしまうともったいない、というのが筆者の持論。
「八つ墓村」……血の気が多い小説は苦手な様子なのでパス。
「悪魔が来りて笛を吹く」……「犬神家の一族」以上に小学生には難解。
……という感じで、ひとまず横溝正史をおすすめするのはやめました。

では、島田荘司ならどうか。
筆者が読んだのは中学2年生のときだったため、小学生よりは遥かに読解力があり、いま読み返してみても、初読時にほぼ完璧に楽しめていました。しかし、小学5年生にはどうか。
「占星術殺人事件」……冒頭の手記でつまづきそう。
「斜め屋敷の犯罪」……えーっと、これは……特に問題なし! これだ!

というわけで、息子には「本陣殺人事件」から全力で話をそらし、「斜め屋敷の犯罪」が驚天動地の大トリックを駆使したすごい小説であることを熱く語ると、まんまと「読みたい読みたい」と言い始めたため、工作はさっさと終わらせ、中学生の頃にあまりに読み返しすぎて小口が真っ黒になった「斜め屋敷の犯罪」(光文社文庫版)を貸し与えたのでした。
無事に最後まで読み通し、トリックはもちろん、ゴーレムを前にした御手洗の悪ふざけや、図書室での戦争シーンにも喜んでいたので、この作品の魅力はしっかりと読み取ってくれたようです。

さて、そうなると、今後は青い鳥文庫だけでなく、大人向けのミステリにも興味を示しそうですが、何を薦めたらいいんでしょうね。
自分の経験から言って、中学生になった何を読んでも理解できると思いますが、小学生となるとやはり作中で性愛が描かれていると(なおかつそれが事件の重要なポイントだったりすると)、今の時期に読んでしまうと理解できなくてもったいないな、と思ってしまいます。
まあ、そういう小説から男女の秘め事を学んでも別に構わないのですが、ストーリーがうまく理解できなくて作品の魅力が減じられるのは問題だなあ、と。

というわけでしばらくは、「小学生に本格ミステリを読ませる順番」について悩む日々を送ることになりそうです。

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筆者:squibbon
幼稚園児の頃から40を過ぎた現在に至るまで読書が趣味。学生時代は読書系のサークルに所属し、現在も出版業界の片隅で禄を食んでいます。
好きな作家:江戸川乱歩、横溝正史、都筑道夫、泡坂妻夫、筒井康隆、山田風太郎、吉村昭。好きな音楽:筋肉少女帯、中島みゆき。好きな映画:笠原和夫、黒澤明、野村芳太郎、クエンティン・タランティーノ、ティム・バートン、スティーヴン・スピルバーグ、デヴィッド・フィンチャー。
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