備忘の都

40年間の読書で得た偏った知識をツギハギしながら、偏った記事をまとめています。同好の士の参考に。

映画

笠原和夫「昭和の劇」復刊!

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当ブログではこれまで何度も映画脚本家・笠原和夫のことを取り上げてきたのですが、記事を書くたびに「『昭和の劇』が品切れになっているのは残念だ」ということが頭にありました。
「昭和の劇」は笠原和夫の最晩年に刊行されたロングインタビューです。2002年11月に刊行され、奥付の刊行日からちょうど1ヶ月後に笠原和夫は世を去りました。
実を言えば筆者は、この本が出たとき、笠原和夫という存在をあまり認識してはいませんでした。
「仁義なき戦い」シリーズは見ていたものの、それ以外の深作欣二監督作品や、ましてや笠原和夫脚本を追いかけるということもしておらず、要するにほとんど関心を持ってはいなかったのです。
そんな程度だったにも関わらずなぜ書店で手にとったのか。
それは鈴木一誌によるあまりにもかっこいい装丁のためです。
なんだろうこの本は、と手に取ってパラパラめくってみたところから、大げさではなく人生が変わってしまいました。

立ち読みでチラッと内容を眺めたレベルでも、途方も無い面白さ。ずっしりとした本の厚みに見合った重量級の内容。これはとんでもない本だ。
その場で読み耽りそうになるのをなんとか堪えて、レジへ直行。当時の税率で税込4500円の本でしたが、むしろ安い、というくらいの勢いでした。
帰ってきてからは約3ヶ月間ずっと枕元に置き、特に後半部分を繰り返し読み返すという状態になってしまいました。

さて、そういうわけで、笠原和夫をあまり知らない方、興味のない方がいきなり読んでも全く問題なく楽しめる本であることは保証できます。
東映専属の脚本家として任侠映画、戦争映画、実録映画のシナリオを量産していたのですが、まず第一にここで描かれる東映という会社が最高。
「義理欠く、恥かく、人情欠く」の三かくマークを掲げる東映は、まさに実態がヤクザそのもので、抱腹絶倒エピソードが続きます。
そんな会社の中で、笠原和夫はヤクザ、戦争、テロなど、昭和史の闇に斬り込む作品を書き続けます。特に後半はシナリオ執筆のための取材エピソード、あるいは笠原和夫の目を通した昭和史が詳細に語られていきますが、この部分こそが本書の最大の価値です。
特に昭和天皇に対する並々ならぬ興味、愛憎相半ばする思いには胸が熱くなります。
本書刊行から18年経った今でも、筆者はなんとかここで語られる笠原和夫の「思想」を理解しようと、笠原の映画を観たり、シナリオを読むのはもちろん、やくざ、戦争、天皇、昭和史といったテーマの本や映画、ドキュメンタリーを漁り続けているのです。
先に書いた「人生が変わった」というのはそういう点においてです。笠原和夫の呪縛から逃れられなくなってしまったのでした。

というくらい、筆者にとっては生涯最大級の重要本、「無人島へ持っていく一冊」というよく言われる状況が本当に起こったならば、間違いなく選択するであろう本なのですが、ここ数年は品切れで書店店頭から消えていました。
筆者の記憶では、2013年頃には書店でもたまに見かけたので、刊行から10年くらいは重版していたようですが、さすがにこれだけの大部な高額本をずっと販売し続けるのは難しかったようです。

今月、これが復刊されます。

復刻版 昭和の劇
太田出版
2021-04-10


「復刻版」と銘打っているということは、ほぼ内容は変わっていないのでしょう。表紙や帯も、Amazonで確認する限りは、「【復刻版】」と入っている以外全く以前と同じです。
価格は驚きの税込9900円。
復刊されると軽装の普及版になることが多いものですが、逆で来ました。
単なる重版ではなく、あえて「復刻版」ということにしたのは、価格を変更するためなのかもしれませんね。

この価格設定はしかし、版元の「本気度」を表しているようにも思われます。
これだけの名著を再び埋もれさせるわけにはいかない。とはいえ、ロングセラーとして書店に常備してもらえるような本でもない。
となると、倉庫に置いて一冊ずつ注文に応じる、あるいは図書館が買い上げてくれるのを期待する、そのような形で細く長く販売を続けることになりますが、それでもペイできる価格設定。
きっとそうに違いない。太田出版は社が存続する限り、本書を品切れにはしないはずだ。
この記事を読んでいる皆さん、ここは一つ、社会貢献のつもりで買いましょう。内容的には1万円払う価値は十分にあります。それで一生、楽しめるのですから。

筆者もこれだけお世話になったお礼にもう一冊くらい買っておこうかな、と思わないでもありませんが、いやしかしさすがにこの価格で「ダブり本」は妻が承知しない。
せめて改めてブログで紹介し、一冊でもたくさん売れて、一日でも長く本書の販売が続くことを祈るばかりです。あと、近所の図書館にリクエストして入れてもらうようがんばります。

「仁義の墓場」裏話もたっぷり収録された「文藝別冊 渡哲也」

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河出書房新社のムックシリーズ「文藝別冊」から渡哲也特集号が刊行されました。

渡哲也といえば、「西部警察」大門軍団のイメージが強いのですが、個人的にはあまりそこには思い入れがありません。中学生のころ(平成元年ごろ)は、夕方に帰ってくるとほぼ毎日「西部警察」が再放送されていて、当然熱心に見ていたわけですが、当時はこの世で一番カッコいい男は舘ひろしだと思い込んでいて、ポッポこと鳩村刑事目当てで見ていたわけです。
同じ時間帯に裏で「あぶない刑事」の再放送をやっていると、そっちを見ていたりして、特に渡哲也には注目をしておりませんでした。
では、渡哲也といえば何が真っ先にあがるかといえば、深作欣二監督の名作「仁義の墓場」です。
渡哲也が亡くなったことで大門軍団にフォーカスした書籍や雑誌特集などが色々出ているものの、それらはすべてスルーしていました。
文藝別冊もそれほど期待はしていなかったのですが、書店でパラパラと眺めると前半を春日太一氏が責任編集ということで「仁義の墓場」についてもかなりページが割かれていました(なんと多岐川裕美のインタビューまで!)。
一気にテンションが上って買ってきたわけです。

「仁義の墓場」は私が生まれた年に公開された映画なので、見たのは大人になってDVDが発売されてから。実録シリーズの一つとして、特に予備知識もなく見たのですが、これは強烈でした。
以降、何度も見直しています。
鴨井達比古によるシナリオが深作欣二のお気に召さず、松田寛夫、神波史男によって改稿(というレベルではなくイチから作り直した)シナリオを元に撮影されています。
それを含めた製作過程については、これまでに
・深作欣二へのインタビュー(ワイズ出版「映画監督 深作欣二」に収録)
・鴨井達比古による第四稿とエッセイ(月刊「シナリオ」1975年5月号に収録)
・神波史男による鴨井達比古への反論エッセイ(「映画芸術」2012年12月増刊「ぼうふら脚本家神波史男の光芒」に収録)
などで読んでいました。
それぞれ比較すると話に若干の食い違いがあるように感じるものの、総じて「大変だった」ということになるのですが、今回の「文藝別冊 渡哲也」に収録された助監督・梶間俊一氏へのインタビューはこれまで読んだ中で最も面白い内容でした。
シナリオを巡るトラブルはサラッとしか触れていませんが、タイトルバックのエピソードからして抱腹絶倒。深作欣二がどんな風にすごい監督だったかということが、非常によくわかります。
余談ですが、私が「仁義の墓場」で一番好きなのはこのタイトルバックで、自分の結婚式のとき、恒例の「生い立ちビデオ」はこのタイトルバックのパロディにしようと思っていたくらいなのですが、音源が手に入らず、うまくまとめるセンスもないため諦めました。

渡哲也や田中邦衛の怪演についても壮絶な話ばかりで、いやこれはほんと、シナリオ云々を超越して「深作欣二と渡哲也の映画」だったんだなあ、と思いました。
梶間俊一、多岐川裕美のインタビューを合わせて、「仁義の墓場」については20ページも語られています。ファンはお見逃しなく。

渡哲也 (文藝別冊)
河出書房新社
2020-11-25


マーティン・スコセッシ監督「アイリッシュマン」(2019年・Netflixオリジナル)

遅ればせながら、初めてNetflixに入ってみました。
15年くらい前までの独身時分は狂ったようにDVDを買いあさり(実際、狂っていた)、1000枚以上のコレクションを自宅の棚に並べていたので、正直なところ動画配信サービスというものがこの世に現れてもあまり必要を感じていなかったのですが、そのうちにNetflixオリジナル作品などというものが作られるようになり、それがマーティン・スコセッシ監督だとか、「呪怨」の新作ドラマだとか、「ダーク・クリスタル」の続編だとか、「なんですと!?」と色めき立たざるを得ないニュースが次々舞い込むようになったため、試しに一ヶ月入ってみるか、ということにしたわけです。

さっそく見たのは「呪怨」の新作で、純粋に幽霊が見たかった筆者としてはうーん、ちょっと違う、と思わざるを得なかったのですが、とはいえ久しぶりに「高橋洋のメジャー作品」を観られて、それは嬉しかったです。

さて、肝心の「アイリッシュマン」。
マーティン・スコセッシのギャング映画です。なおかつ、ロバート・デ・ニーロ、アル・パチーノ、ジョー・ペシの共演という、ギャング映画好きであれば聞いただけで冷静ではいられなくなってしまう布陣ですが、なんとこんな重要な映画がNetflixに入らないと見られないとは!
アメリカでは11月にCriterion CollectionからBlu-rayが発売されるとアナウンスされていますが、日本でディスクが発売されるかどうかは全くわからないため、これはなんとか妻の了解を得てNetflixに入るしかない、とずっと機会を伺っていたわけです。
結局は、「呪怨」にも後押しされ、妻の了解を得ることなくゲリラ的に契約したわけなのですが、月額880円(税込)の元は十分に取れました。非常にすばらしい映画でした。

と言っても、実は一回目に見た時点では、まるきりちんぷんかんぷんで、いったいどんなストーリーが進行しているのか、さっぱり理解できかったのです。
この映画は実話をベースにしているということなのですが、日本人には馴染みのない人物のため、話の先を読むことができません。しかし、ラストがどうなるかを観客が知った上で鑑賞することが前提になっているのか、非常に複雑な構成で物語が展開しているのです。
まず、現代(といっても2000年代?)の主人公が老人ホームらしき場所で、ギャングのヒットマンとして過ごしてきた人生の回想を始めるのですが、この回想シーンでは2つの時制が並行して語られます。
1975年のとある一日と、その日へと至る1950~70年代の物語。これが交互に描かれ進行していくのですが、ラストに待ち受けるものを知らないため、いたずらに話をややこしくしているようにしか見えません。
なおかつ混乱に拍車をかけるのが高齢の俳優陣。
ロバート・デ・ニーロ、アル・パチーノ、ジョー・ペシ、全員が70代後半ですが、それぞれの40代あたりからの人生を演じています。
このため特殊メイクではなく、VFXを駆使して表情を若返らせており、実際にこの技術は驚異的で「あれ?むかし撮った映像を流用している?」と思ってしまうくらいなのですが、さすがに体の動きは全員がおじいちゃん。デ・ニーロが近所の食料品店へ殴り込むシーンなんかは「こんな動きののろいじいさんにやられちゃうなんて??」とかなり違和感があります。
どのシーンを見ても表情以外は全員おじいちゃんなので、いつの時代の話をしているのか、だんだんわからなくなってきます。
おそらくは、元ネタになっている実話については、アメリカ人であればある程度の知識があり、それを前提に話を進めているようですが、こっちはそんなこと知ったこっちゃありません。

そんなわけで、「ああ、わざわざNetflixに入った甲斐はなかったなあ」なんてことを思いながら3時間半も何を見ているのかよくわからない状態を我慢していたのですが、ラストでぶったまげました。
なるほどなるほど、これはそういう話だったのか!
いやこれ、別に何かが隠されていたわけでもなく、初めからこの結末へ向けて真っ直ぐに話は進んでいたのですが、こっちの知識不足のせいで何が何やらワケがわからなくなっていたのでした。
一度見終わると、「これはもう一回、おさらいしなければ!」という気分になってしまい、直ちに冒頭へ戻ってもう一回見直しました。
3時間半を2回で、合計7時間(もちろん、3日間くらいに分けて観ています)。
しかし、2回目の3時間半はあっという間でしたね。
複雑に思えた構成も、ラストの悲劇へ向けて盛り上げるためにはこれしかない、という展開だとわかります。
全員おじいちゃんという点も、2回目は全然気になりませんでした(単に慣れただけ、という気もしますが)。それどころかラストへ近づくにつれ、名優たちの表情、仕草による感情表現が胸にささってきます。

というわけで、この映画については、実話の知識を頭へ叩き込んでから見るか、もしくは2回見ることを強くおすすめします。
そうなると、劇場ではなく配信という形での公開はこの映画にとっては非常に良かったということになります。
たぶん、劇場で見ていたら中盤はほとんど寝てしまって「ああ、なんかわけがわからなかったな」で終わってしまっていたのではないか、という気もします。

Netflixはひとまずは一ヶ月だけで、また見たいものが溜まってきたら再開しようと思いますが、ひとまず契約終了まであと数日あります。もったいないので、「アイリッシュマン」はもう一回見ておこうかな、と思っています。それだけ見れば、もしかして将来的に日本版Blu-rayが発売されても「もう十分見た」と我慢できるかな、と思います。
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筆者:squibbon
幼稚園児の頃から40を過ぎた現在に至るまで読書が趣味。学生時代は読書系のサークルに所属し、現在も出版業界の片隅で禄を食んでいます。
好きな作家:江戸川乱歩、横溝正史、都筑道夫、泡坂妻夫、筒井康隆、山田風太郎、吉村昭。好きな音楽:筋肉少女帯、中島みゆき。好きな映画:笠原和夫、黒澤明、野村芳太郎、クエンティン・タランティーノ、ティム・バートン、スティーヴン・スピルバーグ、デヴィッド・フィンチャー。
ブログ更新通知:https://twitter.com/squibbon19

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