
気になっていた著者の単行本がようやく刊行されました。
2013年にミステリーズ!新人賞を受賞した櫻田智也『サーチライトと誘蛾灯』です。
なにが気になっていたのか? それはほうぼうで目にする「亜愛一郎の再来」という評判です。
読んでみると確かに、泡坂妻夫の生み出した亜愛一郎シリーズを強烈に意識していることが伺われる作品集でした。
個人的な話をすれば、筆者は以下のような記事を書いてしまうくらい、亜愛一郎に関しては熱狂的です。
亜愛一郎辞典
古今東西、これほど好きなシリーズはなく、これまでの人生は「亜愛一郎のような小説」を探し求めて生きてきたと言っても過言ではありません。
すぐれた謎解き短編を読むと「亜愛一郎っぽい」感動を味わうことはありますが、それでも「やっぱり亜愛一郎には勝てないよな」と、何を読んでも一抹の淋しさを感じ続けてきたものです。
ところで、亜愛一郎シリーズの魅力とは何でしょう?
他の泡坂妻夫作品にも共通する部分でもありますが、
1.奇妙な論理展開(「DL2号機事件」「藁の猫」など)
2.異常なほど張り巡らされた伏線(「G線上の鼬」など)
3.意外な手がかりによって、がらりと景色の変わる真相(「珠洲子の装い」「砂蛾家の消失」など)
4.落語のような会話(ほぼ全編)
という点を挙げたいと思います。
ついでに言えば、上記全ての魅力を百点満点でクリアしている最高傑作は、亜愛一郎シリーズでは「G線上の鼬」。シリーズ外では「紳士の園」だと思っています。
さて、話を戻しますと、本作『サーチライトと誘蛾灯』は、どの程度、泡坂妻夫に迫っているでしょうか?
筆者としてはかなり満足度が高いものでした。
とは言え、亜愛一郎最大の魅力である「1」の奇妙な論理展開はほとんど見られません。やはりこれだけは永久に泡坂妻夫の独擅場にあり続けるのでしょうか。
しかし、それ以外の「2~4」については、よく練り込まれています。
本書を読むと、「泡坂妻夫らしさ」というのはやはり会話の妙に負っているところが大きいな、という気がします。大きな笑いを取るわけではなく、ユーモラスな雰囲気を維持する会話は泡坂妻夫を彷彿させます。伏線や意外な真相というものはほかのミステリでも堪能することができますが、この雰囲気を味わえる作品にはなかなかお目にかかれません。
もちろん、「2・3」のミステリ部分がハイレベルであることが前提ですが、そこへ「4」の会話の魅力が加わり、とても楽しめる作品集になっています。さらに一作目の表題作が「紳士の園」を思わせる設定、という点も筆者としてはかなりポイントが高いです。
というわけで、泡坂妻夫との比較ばかり書いてしまいましたが、著者本人も泡坂妻夫ファンということなので、かまわないでしょう。あとがきには、著者と泡坂妻夫との偶然の邂逅が描かれていますが、これがとても印象的です。不覚にも涙がこぼれました。
単行本デビューしたばかりの著者に対して失礼な物言いながら、泡坂妻夫ファンの切なる願いをいえば、著者には今後、オリジナルの作風を目指したりなどせず、「泡坂妻夫っぽさ」を更に追求してほしいな、と思っています。