備忘の都

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名作翻訳比較

「白鯨」を読破するなら、おすすめの文庫はどれ?

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非常に名高いメルヴィルの「白鯨」ですが、この小説はなかなか読破できないことでも、また有名です。
ところが! 筆者は意外とサクサクと読み終えることができました。筆者は実は海外文学は苦手で、特に長い小説となると、綿密な作戦を練った上で取り掛からないと、途中で挫折することがけっこうあります。「白鯨」に関しては、事前のリサーチが功を奏して、無事に最後まで読めました。

今回の記事では「いかにしてサクサクと白鯨を読み終えたか」を語ってみたいと思います。

世の中には予備知識がない状態で読んだほうが面白い小説もたくさんありますが、「白鯨」については、それは当てはまりません。読み始める前に、これがどんな小説なのか、概要を知っておかねば、間違いなく読み始めてすぐに放棄することになります。

筆者は「白鯨」という小説についてはずっと「己の片脚を食いちぎった白い巨鯨を追う老船長の物語」というよく耳にするあらすじから、「宝島」「老人と海」それに「ジョーズ」をくっつけような話だとばかり思っていました。
筆者以外にもそんな風に、血湧き肉躍る海洋冒険小説にして骨太の人間ドラマだと思いこんでいる方がいるかも知れませんが、全然違いますので、ご注意ください。

では、どんな小説なのかといえば、筆者の印象では小栗虫太郎「黒死館殺人事件」や筒井康隆「虚航船団」などと並べて語るのがふさわしい「奇書」です。
そのように聞いて、読む気になるか、やめておく気になるか、人それぞれだと思いますが、ただし、それくらい覚悟をしておくだけで、読破率は上がるのではないかと思います。

ともかく、むちゃくちゃな小説です。
文庫で2~3冊にもなる大長編ですが、「ストーリー」と言えるような部分は全体の2割くらいです。では、あとの8割はどうなっているのかといえば、クジラという生物や捕鯨に関する博物学的・文学的な蘊蓄を延々綴っているのです。
しかも、それを聖書やギリシア神話、歴史的故事からの引用・比喩・象徴を散りばめた文体で語ります。
ボンヤリしていると、何を読まされているのかサッパリわからなくなってきます。
(この辺が「黒死館殺人事件」っぽいな、と)

さらにストーリーも異常です。
隻脚の船長エイハブは、完全に狂気にとらわれています。
彼の航海の目的は捕鯨ではなく、ただ復讐のみです。船員たちが「ちゃんとクジラを捕まえて儲けたい」「せめて生きて家に帰りたい」と訴えても全て却下。3ページくらいにわたって滔々と自身の復讐の大義を語りますが、何を喋っているのかまるでわからない演説です。
ほかの登場人物たちも狂っています。
本書の語り手イシュメールは、語り手でありながら非常に影が薄いのですが、親友クイークェグは元人食い人種という設定です。冒頭にこの二人がホモセクシュアルな関係であることを示唆するエピソードが置かれていますが、この辺の設定、ほぼストーリーには絡みません。
当時の捕鯨は、本船から捕鯨ボートを降ろして、クジラへ近づき、銛を打ち込んでいましたが、船にはエイハブ専用の捕鯨ボートが備え付けられ、そのボートを操る専門チームとして甲板下に拝火教徒が潜んでいます。この存在は、他の船員には知らされないまま、エイハブがこっそりと連れてきており、彼らの前に初めて白鯨が姿を表わすと、突如としてこの一団も登場するのです。
というわけで、人種や宗教がごちゃ混ぜの軍団は、騒動を巻き起こしつつ、エイハブの狂気に引きづられ、望んでもいない白鯨との闘いになだれこんでいくというのが、メインストーリーなのです。
(この辺が「虚航船団」っぽいな、と)

さて、この「象徴性に満ちた〈知的ごった煮〉」(岩波文庫の紹介文)をどの文庫で読破するか。
「白鯨」を読破するためには、訳本の選択も重要です。

岩波文庫・八木敏雄訳(2004年)
白鯨 上 (岩波文庫)
白鯨 中 (岩波文庫)
白鯨 下 (岩波文庫 赤 308-3)




筆者は今のところの最新訳である岩波文庫版で読みましたが、これは最高に読みやすい本です。
前述の通りの異常な内容について、なんとか読者に理解させようと注釈・図版・登場人物紹介など工夫しており、いや工夫にとどまらない、訳者の情熱を感じます。筆者のように根性のない人間でも楽しく読み通すことができました。
ともかく、途中で諦めずに最後まで読みたいと考えている方には、おすすめです。
ただし、3分冊となっているうえ、一冊ずつが高いため、新潮文庫・角川文庫の倍くらいの値段になります。
また、他の訳本と比べると文章も読みやすく整理されています。
これはもちろんメリットではあるのですが、ただし、この作品に限っていえば、原文はかなり難解な単語を使っていて読みづらいことで知られています。
モームの「世界の十大小説」によれば「いかめしく聞こえる言い廻しを好んで使った」「堂々とした言葉を使って、しばしばきわめて美しい効果をあげるのに成功している」「古めかしい単語や韻文にだけ許される単語を妙に好んだ」などと評されています。
このような小説が、サクサク読める文章になってしまっていることに、あるいは違和感を持つ読者もあるかもしれません。
そんな方には、次の講談社文芸文庫版をおすすめします。

講談社文芸文庫・千石英世訳(2000年)
白鯨 モービィ・ディック 上 (講談社文芸文庫)
白鯨 モービィ・ディック 下 (講談社文芸文庫)



2000年に刊行され、比較的新しい本ですが、名訳とされています。
岩波文庫版に比べると文章は「いかめしく」「堂々とした言葉」になるよう工夫されています。また、岩波文庫版に劣らず、注釈も豊富です。
ただし、値段は岩波文庫版よりさらに高く、上下揃えると4000円を超えるという文庫本と思えない価格設定です。また、めったに重版しないようで、市場在庫が切れていることが多く、なかなか入手困難な本でもあります。
ちなみに、筆者の妻は難解だろうが長大だろうが、どんな本でも読み始めたら途中でやめないというポリシーを持っており、筆者がとても読む気になれないような難しい本を平気で読破しまくっている人ですが、「白鯨」については学生時代、この講談社文芸文庫版に挑戦して途中で挫折したそうです。
内容が難解なだけに、文章まで難しくなると、本当にわけがわからなくなるようです。

なお、岩波文庫・講談社文芸文庫には、有名なロックウェル・ケントの挿絵(版画)が使われています。
ただし、いずれも全ての挿絵が収録されているわけではないようで、岩波版に無い挿絵が講談社版に載っていたり、またその逆もあったりします。すばらしい絵ばかりですが、全部収録した画集って無いんでしょうか。

角川文庫・富田彬訳(1956年)
白鯨 (上) (角川文庫)
白鯨 (下) (角川文庫)



新潮文庫・田中西二郎訳(1950年)

白鯨 (上) (新潮文庫 (メ-2-1))
白鯨 (下) (新潮文庫 (メ-2-2))




さて、新潮文庫・角川文庫は、岩波文庫・講談社学芸文庫に比べるとかなり古い訳です。
注釈はそれなりについていますが、岩波・講談社よりも読破のための根性は必要になるかと思います。

ただ、新潮文庫版はパラパラ眺めただけの印象なのですが、かなり自由奔放な訳文で、もしかするとメルヴィルの原文の味わいを最も再現しているのはこの本なのでは、という気もします。
岩波文庫版で全体像を頭に入れた上で、新潮文庫版に改めて挑戦すると、これはこれで楽しい読書体験ができるかもしれない、と考えています。
なお、新潮文庫・角川文庫は価格も安く、上下揃えても講談社文芸文庫の一冊分にも及びません。また、そこそこの規模の本屋であれば間違いなく在庫を置いているという入手しやすさもメリットとしてあるかと思います。

そんなわけで、各訳本の印象をまとめると以下のようになるでしょうか。
岩波文庫……読破を目標にするなら最強。ただし、原文の持ち味がやや薄まっている面もある。挿絵あり。
講談社文芸文庫……原文の味わいを残そうと文章を工夫している。ただし、べらぼうに高いうえに、本屋であまり見かけない。挿絵あり。
角川文庫……どこの本屋でも置いていることだけがメリット。価格も一番安い。文章は読みづらく、注釈もほかより少なめ。挿絵なし。
新潮文庫……これもどこの本屋でも置いている。価格も角川版とほぼ同レベル。文章は独特な言い回しが多く、これはこれで興味をそそられるが、初読ではかなり苦労すると思われる。注釈は角川版より多め。挿絵なし。

「三銃士」原作を読むなら、おすすめの本はどれ? 各社版徹底比較

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「一人は皆のために、皆は一人のために」という合言葉で有名なアレクサンドル・デュマの「三銃士」。
何度も映像化されてしますし、ミュージカルなどの原作にもなっています。児童向けの世界名作全集などにも必ずと言ってよいほど収録されている作品です。
筆者は大人になってから初めて読みました。それも、まだ5年くらい前のことで、わりと最近です。
実は小学生の頃にも岩波少年文庫版で読もうとしたことがあるのですが、読み始めてすぐに「全然おもしろくない」と思って、そのままになっていたのでした。
そんなわけで、これまでの人生は「三銃士」を面白いという人に対してずっとコンプレックスを抱いていて、アニメも人形劇も、一切観ることはありませんでした。

ところが。
とある本の中で褒められているのを見て、急に読みたくなり手にとったのですが、
……これはむちゃくちゃ面白い! 現代のエンターテインメントと比べても全く遜色のない、華やかでスリリングなチャンバラ小説です。。
逆に、小学生の時にいったいなぜつまらないと思ったのか、まるきり理由がわからなくなりました。
こんなことなら、三谷幸喜の人形劇もチェックしておくべきだった!

というわけで、未読の方にはぜひ一読をおすすめしますが、この小説もいろいろとバージョンが出ています。それぞれの特色をご説明しておきます。

その前に。
冒頭にも紹介した「一人は皆のために、皆は一人のために(un pour tous, tous pour un)」という合言葉ですが、実は邦訳でこの部分が直訳されているものは一つもありません。
筆者が読んだものは「四人はつねに一体となって協力する」と、語呂の悪い言い回しになっていますし、他の翻訳でも「四人は一つ、切っても切れぬ」「四人一体」など、かなり自由に意訳されています。
ふつうに直訳した方が、読者にも「あ、あの有名な合言葉だ!」とわかりやすいと思うのですが、なぜ揃いも揃ってこんな風になっているのか、よくわかりません。
「三銃士」といえば、4人が剣を合わせ、声高らかに「一人は皆のために、皆は一人のために」と叫ぶものだ、というイメージをお持ちの方、残念でした。児童向けのダイジェスト版を除いて、直訳はありません。なおかつ、このシーンでは各々片手を挙げて宣誓するのみで、剣を合わせたりはしません。

さて、いきなり読む気を削ぐようなことを書いてしまいましたが、いやいや「三銃士」の魅力はその程度では全く損なわれませんのでご安心ください。
それでは、数ある翻訳から、何を基準に選べばよいのか。

「ダルタニャン物語」

まず最初におすすめしたいのは、復刊ドットコムから刊行されている鈴木力衛訳の「ダルタニャン物語」です。
「三銃士」は文庫本で2冊ほどの小説なのですが、実はこれは「ダルタニャン物語」という長い長い大河小説の最初のエピソードに過ぎません。「三銃士」のあとに「二十年後」「ブラジュロンヌ子爵」と続くのですが、それぞれ「三銃士」の倍以上の長さがあるため「ダルタニャン物語」全体では全11巻という長さになっています。
「三銃士」で友情の絆を固めたダルタニャン、アトス、ポルトス、アラミスの4人が、時には対立しつつも切っても切れぬ関係を続け、多くの敵や陰謀と戦い続ける物語です。

今のところ、このシリーズ全てを邦訳したのは鈴木力衛のみです。以前は講談社文庫で刊行されていましたが、それが絶版になったあと復刊ドットコムから単行本で復刊されています。
全11冊のぞれぞれにオリジナルの書名がつけられていますが、この1~2巻が「三銃士」に該当します。




筆者は、シリーズを全部読むつもりで取り掛かったので、この復刊ドットコム版で読みました。
鈴木力衛の翻訳はWikipediaで調べたところ、昭和27年が初刊のようで、現在流通しているものは昭和43年に改訳されています。わりと古いといえば古いのですが、全く気にせず楽しむことができます。
「ダルタニャン物語」を全部読むつもりであれば、選択肢はこれしかないのですが、デメリットとしては単行本なので価格がずいぶん高いということがあります。1冊買う価格で文庫なら上下巻とも揃えてお釣りが来ます。したがって、とりあえず「三銃士」だけ読みたい、という方には向かないでしょう。
どこかの文庫で、まとめて復刊し直してくれると読みやすくなっていいのに、と思うのですが。
ちなみに「三銃士」にこれほど人気があるのに、続編をこれほど読みづらいのは日本くらいで、洋書ではシリーズ全てがペーパーバックで何種類も出ています。フランス語や英語が読める方は、そちらへチャレンジするのも手でしょう。復刊ドットコム版を揃えるよりもかなり安くなります。

(英語版ペーパーバック。いずれもリンク先はAmazon)
The Three Musketeers (Oxford World's Classics)
Alexandre Dumas
Oxford Univ Pr (T)



Twenty Years After (Oxford World's Classics)
Alexandre Dumas
Oxford Univ Pr (T)




文庫版のおすすめ

次に、とりあえず「三銃士」だけ読みたい、という方のために文庫版をご紹介します。
現在入手可能なものは岩波文庫と角川文庫の2種類のみです。(いずれもリンク先はAmazon)

生島遼一・訳


竹村猛・訳


これもWikipediaによれば、生島遼一訳の初刊は昭和22年、竹村猛訳の初刊は昭和36年。どちらも結構な古さです。
生島遼一は岩波文庫版のスタンダールやフローベールなどを訳しており、フランス文学の翻訳家として定評があります。また、竹村猛はデュマの作品ではほかにダイジェスト版ではありますが、岩波少年文庫版の「モンテ・クリスト伯」を訳しています。
実力の拮抗している翻訳家対決ですが、どっちの訳文が読みやすいかといえば、実はどっちも読みやすいです。
その証拠に、生島遼一訳のダイジェスト版は岩波少年文庫から出ており、竹村猛訳は全訳のまま文字遣いだけ少し改めて、偕成社文庫に収録されています。つまりどちらも児童文庫に流用されているのです。
そんなわけで、どちらで読むかは「お好みで」ということになります。

児童向けのおすすめ完訳本

次に、児童向けとして刊行されている完訳を2つご紹介します。

まず、偕成社文庫版は、上述の通り角川文庫版と同じ翻訳の文字遣いを改めたものです。
さらにもうひとつ角川文庫版とは違う点があり、それは挿絵が収録されていることです。
竹村猛・訳
(リンク先はAmazon)


児童書でおすすめはもう一点、福音館古典童話シリーズから出ている朝倉剛訳です。
おすすめのポイントは、まず初刊が昭和45年で、他の翻訳と比べて新しい点。またそもそも児童向けを意識して翻訳されているため、読みやすい文章です。
また、なによりこの本がすばらしいのは、その挿絵です。
筆者は原書の挿絵というものが好きなため、当ブログでこれまで紹介した「レ・ミゼラブル」や「海底二万里」でも、おすすめポイントとして挿絵を重視しています。ただし、それらには原書初版に付された言わば公式の挿絵というものがありました。
しかし、「三銃士」にはそのような位置づけの挿絵は無いようで、偕成社文庫版と福音館古典童話シリーズ版とでは異なった挿絵が使用されています。また、福音館版の挿絵を描いた画家の経歴を見ると「三銃士」が刊行されたときにはまだ生まれていません。つまり、ずっと時代が下ってから描かれた挿絵と思われます。
とはいえ、この福音館版の挿絵はとても素敵で、作品世界の理解に大いに役立つとともに、挿絵だけを眺めていてもうっとりするほどです。

朝倉剛・訳


そんなわけで、「三銃士」の全ての翻訳の中で、個人的にはこの福音館版が最も気に入っているのですが、デメリットとしては、やはり価格が高い。上下揃えると5000円くらいになってしまいます。また、解説によれば僅かに省略した部分がある版を翻訳の底本にしているとのことです。

自分で読むにはやはり価格の点が引っかかってきますが、「お子さんへプレゼント」ということをもし考えているのであれば、福音館版でキマリでしょう。一生、大切にできる本だと思います。
現に、筆者の手元にある福音館版は、子どものころ親に買ってもらったものです。
冒頭に書いたとおり、岩波少年文庫版を途中で放り出していたくせに、こんな高い高い福音館版をどういう経緯で買ってもらったのか全然覚えていません。それをまた読まずにこの年まで放置していた親不孝者です。しかし、30年近く経ってから、ようやくその真価に気づくことができたので、ヨシとしましょう。今更ながら、この高い高い本を買ってくれた両親に感謝感謝です。
筆者の息子がもし「三銃士」を読みたいと言い始めたら、この本をそのままプレゼントして済ませるつもりでいます(やはり親不孝者)。

児童向けダイジェスト

最後に、児童向けダイジェストをご紹介しましょう。
「三銃士」は抜群の面白さで一気読みできますが、とはいえ、文庫本上下巻の長さはあります。海外の小説をあまり読まない方には敷居が高いかもしれません。
映画や舞台などで「三銃士」を見て、原作にも触れておきたい、という程度であれば、ダイジェストを読んでみるというのもアリです。
児童向けダイジェストはかなりたくさんの種類が出ていますが、最もおすすめは講談社青い鳥文庫から出ている藤本ひとみによるものです。



藤本ひとみはもともとコバルト文庫などで少女小説を書いていましたが、その後、主にフランス史を題材とした歴史小説を書くようになりました。
フランスの歴史を背景に華やかでスリリングな世界を描いた「三銃士」を紹介するのに、これほどうってつけの方はいません。
児童向けに書かれたものですが、藤本ひとみファンはもちろん、一般の方が読んでも間違いなく楽しめます。
ただし。本書には一点だけ重大な問題あります。
実は「一人は皆のために、皆は一人のために」の宣誓シーンが省略されているのです。そこだけちょっと残念。まあ、原作ではそれくらい、わりと軽く扱われているセリフなんですけどね。

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「高慢と偏見」を読むなら、おすすめの文庫はどれ? 各社版徹底比較!

ジェイン・オースティンの「高慢と偏見」は、古典文学として非常に有名ですが、難しそうなタイトルで敬遠している方も多いのではないでしょうか。
しかし、思い切って手にとってみるとそれこそ全くの偏見であったと思い知らされます。古きよきイギリスの田園を舞台にした愉快な恋愛小説……というより、ほとんどラブコメ少女漫画の世界といって差し支えありません。

古典文学の傑作として名高いだけに、翻訳も種類が多く、どれを読むべきか迷うこともあるかと思います。
どのような本が出ているかご紹介します。

自負と偏見 (新潮文庫)
ジェイン オースティン
(リンク先はAmazon)


個人的に最もおすすめなのは新潮文庫の新訳です。楽しい雰囲気で読みやすく、しかし過度にくだけて風格を損なうということもなく、存分に堪能できます。

ただし、一点残念なのはタイトルが「高慢と偏見」ではないこと。訳としてはどちらも間違っているわけではありませんが、世間では「高慢と偏見」という邦題でよく知られています。
「高慢と偏見」は読んだことあるよ、と口に出すと軽く嘘をついているような罪悪感に囚われますが、かといって「自負と偏見」と言っても、相手によっては通じません。
新潮文庫版の読者に共通する悩みです。

高慢と偏見〔新装版〕 (河出文庫)
ジェイン・オースティン
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河出文庫版は阿部知二訳です。Wikipediaによれば、1963年に翻訳されました。
阿部知二の翻訳は一般的に読みやすいと思いますが、「高慢と偏見」については他にもっと読みやすい訳が出ているため、やや分が悪いです。とは言え、このくらいちょっと古めの訳のほうが格調があり、古典文学に向いているという意見もあり、この本もよく売れています。
また、「高慢と偏見」のタイトルで一巻にまとまっているものは、河出文庫版のみで、その点でも人気があります。(他の文庫は、全て上下に分冊されています。一巻本は河出文庫と新潮文庫のみ)

-------------------2018/01/10追記-------------------
この記事は2017年5月に書いたものですが、その後、12月に中公文庫からも一巻本で新訳が出ました。

高慢と偏見 (中公文庫)
ジェイン・オースティン
中央公論新社
2017-12-22


これが、とてもすばらしい内容です。
翻訳は大島一彦氏。中公新書「ジェイン・オースティン」という著書もあり、これまでにも中公文庫から「マンスフィールド・パーク」「説得」の翻訳を出しています。
筆者は「マンスフィールド・パーク」を中公文庫の大島訳で読んだのですが、とても読みやすく、また風格のある文章で訳されていました。
オースティン研究の第一人者による、満を持しての「高慢と偏見」新訳と言えるでしょう。
というわけで、訳文や注釈については新潮文庫と優劣つけ難いのですが、一つ決定的に優位なことがあります。それは挿絵です。中公文庫版は挿絵付きなのです。
1894年の版に添えられたヒュートムソンという画家の挿絵を収録しています。もっとも、「高慢と偏見」が発表されたのは1813年なので、初刊から80年も経っての挿絵ですが、まあ、この頃の80年は現在に比べれば、生活や文化にさほど大きな違いを生んではいないと思われますので、作品世界の理解を助け、堪能するのに十分な内容です。
筆者もこの本で初めてこの世界に触れたかった、と思ってしまう内容ですが、やはり価格が少々高い点が引っかかる方もいるでしょう。中公文庫版は税込み1188円です。(ちなみに新潮文庫版は961円)
いずれにせよ、この名作を読む選択肢が増えたのは、良いことだと思います。
-------------------2018/01/10追記ここまで-------------------


高慢と偏見 上 (ちくま文庫 お 42-1)
ジェイン オースティン
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高慢と偏見 下 (ちくま文庫 お 42-2)
ジェイン オースティン
(リンク先はAmazon)


ちくま文庫版は、他の翻訳に比べると「くだけすぎ」という評価があります。とはいえ、それだけ非常に読みやすい訳文です。
最大の魅力は、ちくま文庫からはジェイン・オースティンの全作品が同じ訳者で刊行されていることです。
背表紙とをきれいに揃えて本棚へ並べることができます。はじめからジェイン・オースティン読破を予定しているのであれば(予定は未定を含めて)、ちくま文庫版で読み始めるとよいでしょう。
デメリットとしては、お値段が他よりもやや高めです。

そのほか、以下のようなバージョンがあります。

高慢と偏見〈上〉 (光文社古典新訳文庫)
ジェイン オースティン
(リンク先はAmazon)

高慢と偏見〈下〉 (光文社古典新訳文庫)
ジェイン オースティン
(リンク先はAmazon)


現在入手可能な翻訳では、唯一の女性の翻訳家です。女性作家による女性向けの小説なので、訳者も女性が良い、という読者には好評です。

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筆者:squibbon
幼稚園児の頃から40を過ぎた現在に至るまで読書が趣味。学生時代は読書系のサークルに所属し、現在も出版業界の片隅で禄を食んでいます。
好きな作家:江戸川乱歩、横溝正史、都筑道夫、泡坂妻夫、筒井康隆、山田風太郎、吉村昭。好きな音楽:筋肉少女帯、中島みゆき。好きな映画:笠原和夫、黒澤明、野村芳太郎、クエンティン・タランティーノ、ティム・バートン、スティーヴン・スピルバーグ、デヴィッド・フィンチャー。
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