備忘の都

40年間の読書で得た偏った知識をツギハギしながら、偏った記事をまとめています。同好の士の参考に。

冒険小説

ハヤカワ時代ミステリ文庫「影がゆく」は「鷲は舞い降りた」へのオマージュ!

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今月、早川書房から新レーベル「ハヤカワ時代ミステリ文庫」が創刊されました。
ハヤカワ・ミステリ文庫収録の時代ミステリといえばジョセフィン・テイの「時の娘」が有名ですが……という話ではなく、なんとハヤカワ文庫の一角に時代小説コーナーができてしまうのです!

ここ10年ほど、文庫書き下ろしの時代小説が隆盛を極めており、双葉文庫、ハルキ文庫、祥伝社文庫、光文社文庫その他あちこちから、毎月膨大な時代小説が刊行されています。
正直なところ、筆者は全く興味はなく、あまりに書店がにぎやかなので人気作家の名前くらいは覚えてしまいましたが、一冊も読んだことはありません。
そんなわけで、今回の創刊も新聞広告を見たときは「え、ハヤカワまで!」と驚きはしましたが、まあ、自分には関係と思い込んでいました。

ところが! これが大いに関係あったんですね。
出版業界専門紙「新文化」を眺めていたら編集者のインタビューが載っていたのですが、それによれば、
第1弾は海外の名作ミステリをオマージュしたもので、稲葉博一『影がゆく』(オマージュ元=ジャック・ヒギンズ『鷲は舞い降りた』)、稲葉一広『戯作屋伴内捕物ばなし』(同=ジョン・ディクスン・カー『三つの棺』など)、誉田龍一『よろず屋お市 深川事件帖』(同=P.D.ジェイムズ『女には向かない職業』)の3点。
ということではありませんか! なんとなんとなんと。
見事にハヤカワ文庫収録の古典的名作を揃えています。
(記事全文はこちらで読めます⇒https://www.shinbunka.co.jp/news2019/09/190909-01.htm

いや、これはかなり重要な情報ですよ。
こんな話を全国民に知らせず、業界紙だけにこっそり教えているとは、早川書房、いったい何やってんだよ!
むろんのこと、オマージュを捧げればたちまち傑作になるというものでもないでしょうけれど、個人的にはかなり期待をします。
というのは、例えばここにあがっているような冒険小説や古典的な本格ミステリは、現代日本を舞台にするよりも、時代小説の形を借りたほうがより自由度が高い物語にできるんじゃないかな、と日頃から思っていたからです。山田風太郎や隆慶一郎の小説なんかは、同じ味わいを現代劇で再現するのはなかなか困難でしょう。

というわけで、さっそく稲葉博一「影がゆく」を買ってきましたよ。
この作家の名前はこれまで知らなかったのですが、10年ほど前から忍者小説をいくつか発表されているようです。(余談ですが、創刊ラインナップ3人のうち2人が「稲葉」さんってちょっとややこしい。これも稲葉明雄へのオマージュ?)
表紙はいかにも時代小説ですが、背表紙を見るとハヤカワ文庫らしいくっきりとした活字でタイトルが印刷されており、ちょっとテンションが上ります。背表紙下部には「ハヤカワ時代ミステリ文庫」とありますが、「JA」に分類されているんですね。(「JA」の時代小説といえば、宮本昌孝「もしかして時代劇」なんてのが昔あったな……というのは、これまた余談)

まだ読み始めたばかりで、これからどんな展開をするのか全然わからない状態でこの記事を書いてますが(「買った!」という報告の記事です。今回は)、浅井長政と織田信長との争いを背景に、長政の姪っ子にあたる姫を、信長の支配地である美濃経由で越後まで逃がすという物語です。
キャラ立ちしている人物が続々登場して、シュタイナ中佐的な役を誰が負っているのかもまだ良くわかりませんが、敵中横断というモチーフが「鷲は舞い降りた」と共通しているようです。

というわけで、とりあえずこれが面白かったら、このレーベルは信用するとして、「三つの棺」へのオマージュという「戯作屋伴内捕物ばなし」も読んでみようかな、と思っています。

影がゆく (ハヤカワ時代ミステリ文庫)
稲葉 博一
早川書房
2019-09-10








冒険小説好きにおすすめ!『猿神のロスト・シティ』(NHK出版)

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先月末にNHK出版から翻訳が刊行された『猿神のロスト・シティ』は、中米ホンジュラスの密林に眠る古代遺跡を探検するノンフィクションで、冒険小説好きに全力でおすすめできる一冊です。
帯の文言だけで、血が沸き立ってくる気分になってしまいます。
人跡未踏のジャングルへわけいる考古学の調査隊、というまさ「21世紀にこんな冒険がありえるのか?」という話なのです

かつて科学的な調査が一度もされたことのない、中米ホンジュラスのモスキティア地方のジャングル。そこには「白い都市」と呼ばれる古代遺跡の伝説が語り継がれています。ヨーロッパの探検隊でそれを目撃したという報告もいくつかありますが、いずれも信憑性に欠けるもので、その姿は謎に包まれたままでした。
これを調査するためにはジャンルへ入っていく必要がありますが、そこは毒蛇やジャガーなどの危険動物が徘徊し、吸血昆虫の大群が襲い掛かってくる世界。植物が密生し、一日かけても数キロしか前へ進むことができません。

本書前半部分でまずは、調査に参加する人々の履歴が語られます。
筆者が最も魅力を感じたのはブルース・ハイニッケという「交渉人」。
そもそもホンジュラスという国は政権が不安定で、麻薬組織がはびこり、殺人発生率は世界最悪というところなのですが、このような場所で調査活動をするためには、マフィアに殺されることなく、地元政府へ適切なタイミングで賄賂を渡し、時には恫喝をしてでも交渉を進める人物が必要となります。
ハイニッケはそのようなプロの交渉人で、調査隊のリーダーであるエルキンスはこう語ります。
「ハイニッケは、絶対に味方にしておきたい男だ。間違っても敵に回したくはない」「今回のプロジェクトを実現するには、ときには悪魔の力も借りなければならなかったんだ」……

次に、調査地点をさぐるために用いられたNASAの「ライダー装置」が紹介されます。
ジャングルの底に横たわる地形は、樹木に遮られて全く目視では確認をできません。しかしライダー装置を使って航空機からスキャンすると、精密な地形のデータを得られます。この手法を使って、地表に横たわる人工物の痕跡を探し出し、遺跡の位置を特定するのです。

この調査によって目的地の候補がいくつか絞られ、いよいよ地上から調査隊が送り込まれます。
しかし、この最も肝心と思われる部分が、やはり小説とは違い、いまいち盛り上がりに欠けるていることは否めません。
ジャングルへ入った途端に巨大な毒蛇に襲われますが、特に誰かが噛まれることもなく、出てきたのはその一匹だけ。あとは虫に刺されるくらいで、冒険小説で期待するほどひどい目には遭いません。
まあ、実際に調査に参加された方々にとっては、「無事でよかった」という結論なのですが、ところが!

終盤になって思わぬ展開が待ち受けます。
古代遺跡の「祟り」です。調査に参加した研究者たちが帰国後、次々となぞの病に冒されていくのです。
正体はサシチョウバエという蚊の一種によって媒介されるリーシュマニア症という感染症です。
あたかも遺跡に触れた祟りであるかのように、参加者たちを苦しめるのです。

というわけで、最新バージョンのジャングル探検、伝染病と文明との関係など、盛り沢山な話題で読み応えのある一冊です。
今どき流行らない古風な冒険物語を求める方にも、あるいは最先端のリアルな冒険記録を求める方にも、どちらにもおすすめできます。



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筆者:squibbon
幼稚園児の頃から40を過ぎた現在に至るまで読書が趣味。学生時代は読書系のサークルに所属し、現在も出版業界の片隅で禄を食んでいます。
好きな作家:江戸川乱歩、横溝正史、都筑道夫、泡坂妻夫、筒井康隆、山田風太郎、吉村昭。好きな音楽:筋肉少女帯、中島みゆき。好きな映画:笠原和夫、黒澤明、野村芳太郎、クエンティン・タランティーノ、ティム・バートン、スティーヴン・スピルバーグ、デヴィッド・フィンチャー。
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