島田荘司の初期作品は本当に惚れ惚れするような傑作が揃っているのですが、時の流れには勝てず、長らく書店で入手困難な作品がいくつかあります。
電子書籍で読めるものもありますが、とはいえやはり書店に並んでいないのはさびしい限り。
最近になってそんな状態だった「火刑都市」や「毒を売る女」が復刊されましたが、続けて出してくれないかな、と思う作品を書き出してみようと思います。
『網走発 遙かなり』
「網走発 遙かなり」は短編集というべきか連作長編というべきか、ちょっと不思議な作品です。「丘の上」「化石の街」「乱歩の幻影」「網走発 遙かなり」という4つの作品が収録されています。
はじめの3つは互いに特に関係が無い完全に独立した短編小説なのですが、最後まで読むと全てを含めて長編小説となっているという構成で、紹介のされ方によって「短編集」「長編」「連作長編」といろいろ解釈されています。
筆者としては、実は断然「短編集」としてものすごく好きな作品です。
いずれの作品もが、ネタも完成度も優れたものばかり。以前に、Amazonが島田荘司短編のベストを募集していたとき、喜国雅彦氏はこの短編集の全作品を挙げていましたが、完全に同意見です(10年以上前なので、コメントのページがもはや見当たりませんが)。
本格ミステリというわけではなく、幻想小説に近いような読後感ですが、特に「乱歩の幻影」は乱歩ファン必読。これまたかなり昔ですが、日下三蔵氏の編集でちくま文庫から乱歩をテーマにした短編小説集が刊行された際、表題に選ばれたのもこの作品でした。
そんなわけで、筆者としては島田作品の中でも必読の一冊と考えているのですが、名探偵も登場せず、奇想天外なトリックもないということでファン以外にはあまり知られていないようで、ずっと品切れのままになっています。
これは後世に残すべきといって良いレベルの作品集だと思うのですが……
『切り裂きジャック・百年の孤独』
これははじめ集英社から単行本で刊行され、集英社文庫へ収録された後、15年くらい前に文春文庫に収録されたこともありますが、それももはや品切れです。1888年にロンドンで跳梁した殺人鬼・切り裂きジャック。1988年にその再来かと思われる事件がベルリン(東西冷戦下の!)で起こり、百年前の事件と合わせて「クリーン・ミステリ」氏なる日本人が解決します。
そう、これは御手洗潔シリーズの番外編でもあるのです。
ところでやはり御手洗シリーズ番外編である短編「糸ノコとジグザグ」に登場する演説男の正体が御手洗であることは、その後の作品で明記されていますが、「クリーン・ミステリ」氏についてはその後の作品では全く言及されていません。
このため、これが御手洗潔なのかどうか、筆者は長年よくわらかないまま過ごしていたのですが、実は島田荘司先生のサイン会に参加した際、無粋を承知でこの件を尋ねてみたことがあります。
その時は「うーん、別の名前をつけるとやはり別人格が生まれてしまうわけで(ごにょごにょ)」という感じでお言葉を濁され、YesともNoとも全くわからないお返事でした。そのような場で徹底的に究明するわけにもいかず、謎のままです。
『嘘でもいいから殺人事件』
島田荘司はユーモアという点でも抜群のセンスがあり、「斜め屋敷の犯罪」「漱石と倫敦ミイラ殺人事件」など抱腹絶倒のシーンがいくつも印象に残っていますが、この「嘘でもいいから殺人事件」は、はっきりと「ユーモアミステリ」を標榜したものです。やらせ番組のテレビクルーが東京湾に浮かぶ猿島を舞台にした殺人事件に遭遇する、という80年代的なノリのドタバタ劇なのですが、実は事件自体はガッツリした本格ミステリ。いつもどおり血まみれの死体が出てきて、大技のトリックも決めています。
『展望塔の殺人』
島田荘司最初の短編集でカッパ・ノベルスから刊行されました。第2短編集「毒を売る女」(これも大傑作)の人気に隠れている印象がありますが、かなりの力作が並びます。
特に「都市の声」「発狂する重役」なんかは初期の代表作と言ってよいと思います。
「毒を売る女」が復刊された機会にこちらもぜひ!
カッパ・ノベルスからその次に出た短編集「踊る手なが猿」も名作が並んでいます。
というわけで、思いつくままに現在、文庫が品切れの作品を並べてみました(全集には収録されてます)