パソコンで文章を書いていると、正確に変換できない漢字というものにしばしば出くわします。

以前は「綾辻行人」がその代表でした。
ということを書くと、特に難しい文字は含まれないのにどうして? 「以前は」ってどういうこと? といろいろ疑問の湧く方もあるかも知れません。
問題は「辻」の字あります。

綾辻行人の「辻」の部首・しんにょうは点が2つあります。出版社から刊行されている著書は全て点2つの表記になっています。

201811綾辻行人283

このブログを読まれている方の画面でも、パソコンであればおそらくは点2つのしんにょうが表示されているかと思います(スマホだと機種によっては点が1つになっているかもしれません)。
しかし以前、15年くらい前までは、パソコン上ではどうやっても点1つの「辻」しか表示できなかったのです。
「綾辻行人」という名前は島田荘司によって姓名判断で決められているため、画数が非常に重要です(といっても、島田さんが想定したのは点1つだったのに、綾辻さん本人の判断で点2つに変えてしまったという話もありますが)。
このため、以前は点1つでは気持ちが悪いので、なんとか点2つにできないものかと考えていたのが、ある時点から急にできるようになってしまったわけなのです(逆に現在はパソコンでは点2つの辻しか表示できなくなりました)。

なぜこのようなことが起きるのかといえば、この「辻」という文字が常用漢字ではなく、2000年に「表外漢字字体表」が策定されるまで、表記に揺れがあったためです。2000年になって字体に一定のルールが設けられたことからJISの字体が整理され、「辻」のしんにょうについては点1つから点2つに変更されたのでした。
綾辻さんにとっては良い変化だったわけですが、点1つの辻さん(世の中圧倒的にこっちの方が多い)にとっては、迷惑な話なわけです。人名についてはJISとは関係なく、人名用漢字表で許容される範囲内で、それぞれの人に正しい字体というものがあるのです。

さてしかし、作家のペンネームというものは人名用漢字表に縛られるわけではないため、やはり変換困難な名前は多数存在します。
泡坂妻夫もその一人。
「泡」の「己」の部分は、著書では実際には「巳」となっています。

201811泡坂妻夫284

これは旧字体ですね。
パソコンの漢字表は例えば「昼」と「晝」、「当」と「當」のようにまるきり違う字体になってしまったものは新旧の文字が用意されているのですが、「泡」の旁が「己」か「巳」かいった程度の違いだと新字体しか用意されていません。このため、泡坂妻夫は残念ながらパソコンでは正確に表記でない作家となってしまったわけです。
ちなみに泡坂妻夫がデビューした時点で、すでに常用漢字では「己」になっていました。デビュー作を掲載した雑誌「幻影城」が、旧字体で手書きされたペンネームを正確に活字に起こしたため、この文字が定着したということなのでしょう。

201811泡坂妻夫286
↑デビュー作を掲載した「幻影城」の裏表紙(部分拡大)。

さて、パソコンで漢字変換が困難な作家の代表といえばハードボイルド作家・原尞。

201803原尞188

「尞」という文字はいかなる漢字表に載っていないため、本来は日本では使用しない文字とされています。実際、これは作家のペンネームです。
このため、「尞」を表示できる端末は機種が限られており、パソコンでは「原りょう」と書かれたりします。
ところがこの文字、実は20年以上前、Windows95の時代からマシンによっては表示できたんですよね。OSの問題ではなく、まさに機種によっては、という状態だったのですが。友人のPCでは表示できないのに、筆者の愛機では表示できました。
なんでだろう? 未だに事情が謎です。

さて、なにげに変換が難しい人名が映画評論家・蓮實重彥氏です。
小さい文字だとよくわからないかも知れませんので、拡大してみます。

蓮實重彥

上記は正確な表記ですが、端末によっては表現できていないかも知れません。
この名前をぼんやりした人が変換すると以下のような文字になります。

蓮実重彦

どこが違うかわかりますか?
ポイントは3つ。
1.「蓮」のしんにょうの点が2つ。
2.「実」が旧字体。
3.「彦」の上の部分がバッテン。

201811蓮實重彦287

そろそろ文字コードについて調べるのが面倒になってきたので省略しますが、「蓮実重彦」あるいはせいぜい「蓮實重彦」としか変換できないこの名前、正確には「蓮實重彥」です。
「蓮」と「彥」についてはパソコンで扱えなくてもおかしくない文字なのですが、どちらも現在は表現できるマシンが増えています。さすが元東大総長。
ちなみに澁澤龍彥の「彥」も上の部分はバッテンが正解です。

最後に、変換困難な名前の極北といえば、この方かなと思います。
評論家の絓秀実氏です。筆者にとってのバイブル「昭和の劇」の共著者でもあります。

201811昭和の劇288

この「絓」(すが)という文字。表現できる端末が現れてきたのはつい最近のように思います。
この方も本名は「菅秀実」氏ということで、「絓秀実」はペンネームです。
それにしても、この「絓」という文字、他で使われているのは見たことがなく、この方専用の文字という印象があります。こういうのはかっこいいですよね。




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