
先月、岩波書店から「長くつ下のピッピ」の新訳が刊行されました。
これはちょっと衝撃でしたね。
「長くつ下のピッピ」は今さら紹介するまでもない、児童向けの名作として知られており、各社から翻訳が出ています。
その中で筆者は、自分が子どもの頃に読んだということもあって、岩波書店から出ている大塚勇三訳こそが最高の訳だと信じていました。
それなのに、その岩波版「ピッピ」が新訳に更新されてしまうなんて!
大塚訳のどこがそんなに良いのか?
例えば、「ピッピ、学校にいく」のエピソード。
ピッピは「竹さんの靴」を習うために学校へ行きますが、これは「かけ算の九九」の聞き間違いです。
もちろん、原文ではぜんぜん違うことが書いてあるのでしょうけれど、小学生にも面白さがわかる絶妙な言い回しに変換しています。
さらにピッピの本名は「ピッピロッタ・タベルシナジナ・カーテンアケタ・ヤマノハッカ・エフライムノムスメ・ナガクツシタ」となっていますが、これも原文の意味をそのまま日本語の置き換えることで、あまりに異常な名前だということがよく分かるようになっています。
他社の訳を見ると、「竹さんの靴」の部分についてはトンチ合戦の様相を繰り広げており、それぞれに工夫を凝らしていますが、やはり先行者利益というべきなのか、「竹さんの靴」を超えるパンチ力を持ったものは見当たりません。
そして、ピッピの本名については、原文の発音をそのままカタカナにしただけで、どこが面白いのかさっぱり伝わらないものもあったりして、やはり大塚訳が一番笑えます。
というわけで、本書は子どもの頃から大のお気に入りで、大学へ入って一人暮らしを始めるときにも、その他の大量のミステリと一緒に下宿へ持っていったものでした。
ところが、数年前、幼稚園へ通っていた長男に読み聞かせたとき(しかも全文を!)、今回の新訳刊行につながる懸念は感じたのでした。
というのは、初刊からすでに50年以上。さすがに相当古い訳だと感じたのです。
これは、文章を目で追うだけでなく、声に出して子どもへ聞かせていたことで気づいたようにも思います。
いまの子どもには意味の取りづらい単語や言い回しが頻出。あちこちで、わかりやすい表現に手直ししながら読む必要がありました。
こんな名訳なのに、古びてしまうとはもったいないな、と思ったものです。
そんなところへ、今回の新訳刊行。
とうとう来たか!という衝撃だったわけです。
挿絵はスウェーデンでの初刊に添えられたものが収録されています。この挿絵は徳間書店からも絵本としてすでに刊行されています。
世界的にはこのイラストがスタンダードなピッピ像となっているようです。
では、岩波新訳版で肝心の「竹さんの靴」とピッピの本名はどうなっているのか?
これは実際に読んでいただいてのお楽しみですが、「竹さんの靴」については、やはり大塚訳は手強いですね。同じ岩波から出すんだから、この部分だけは旧訳からいただいてしまえばいいのに、と思いました(ハヤカワ文庫の「幻の女」新訳が、冒頭の一文だけ旧訳からいただいたように)。
本名については、かなり工夫を凝らした訳になっていました。大塚訳の明らかに異常な雰囲気はなくなっていますが、いかにも北欧の名前っぽい、しかしよく見るとおかしな名前で、何度か読み返すうちに面白さに気づいてくる仕掛けと感じました。
さて、筆者が個人的にむちゃくちゃな思い入れを持っている上記2点を除けば、新訳版の圧勝です。声に出して読んだわけではありませんが、今どきの子どもに通じない表現はありません。
やはり児童文学なのですから、子どもにとって読みやすいことが最も重要でしょう。
というわけで、筆者と同じく旧訳版に思い入れのある方、しばらくは並行して販売される様子なので、絶版になる前にさっさと買っておきましょう。
これから初めて「ピッピ」を読むというお子さんは、もちろん新訳の方で良いと思います。それぞれに、かつての子どもたちと同じ衝撃的な読書を体験できることと信じています。
こちらが新訳版
こちら旧訳版(岩波少年文庫)
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