201804落ちる211

先日の記事(「個人的に復刊を希望する昭和のミステリ」)のなかで、多岐川恭「落ちる」をぜひ、ちくま文庫へ、と書いたところ、7月の新刊で本当に「落ちる」が復刊されるようです(上の画像は2001年の創元推理文庫版)。といっても、別に筆者の希望が叶えられらというわけではなく、ちくま文庫なら復刊してくれそう、という予測が当たったという話ですが。



多岐川恭の「落ちる」は1958年に刊行された著者の第一短編集で、表題の「落ちる」ほか「ある脅迫」「笑う男」の3作合わせて直木賞を受賞しています。
この当時の直木賞受賞作というと、ミステリ的な仕掛けよりも文学性に重きを置いた作品か、と思われるかも知れませんが、全くそんなことはなく、ミステリとしての魅力が詰まった非常にレベルの高い傑作が並んでいます。いずれも江戸川乱歩責任集時期の「宝石」で発表されています。

表題の短編「落ちる」は、自己破壊衝動を過度のそなえた神経症の男が主人公。
自殺衝動に怯えながら、夫婦生活を送っていますが、妻の殺意を疑い、ある行動に出ます。
俗にいう「メンヘラ」男が主人公なのですが、痛々しい描写がサスペンスを生んで、読み始めると止まりません(といっても短編なのであっという間に読めますが)。
この時代を代表する、名短編だと思っています。
しかし、このようなある種文学的な作品ばかりが並んでいるわけではなく、例えば二編目の「猫」はカーの「皇帝のかぎ煙草入れ」に挑戦するかのような本格的なトリックが仕掛けられたミステリです。
「笑う男」は倒叙ミステリで、予想の斜め上を行く展開に驚かされます。
非常にバラエティに飛んだ作風を堪能できます。

今回のちくま文庫の復刊は、2001年版の創元推理文庫版と若干、収録作が異なるように思われます。
創元推理文庫版では、短編集「落ちる」に加え、初期短編の「みかん山」「黒い木の葉」「二夜の女」を追加収録していました。このうち「みかん山」「黒い木の葉」の2編は第二短編集「黒い木の葉」からの再録です。
今回のちくま文庫版は「全14編」という話数から考えて、短編集「落ちる」と「黒い木の葉」とをまるまる収録すると思われ、創元推理文庫版より収録数が増えます。「二夜の女」だけが抜けることになるでしょう。
この短編集がよく売れれば、結城昌治のように長編が続けて刊行される可能性もあり、その場合には「異郷の帆」あたりが来るのでは、とこれまた勝手な推測をして盛り上がっていますので、ぜひ話題になってほしいものようです。
筆者も創元推理文庫版は今も大事に手元に置いていますが、第二短編集は読んだことがないため、今回のちくま文庫版も楽しみに読みたいと思っています。

ところで、以下は曖昧な話なのですが、この多岐川恭の「落ちる」ってテレビドラマになったことあるんでしょうか?
子どもの頃に、「デパートの屋上から落ちるけど落ちない」というシーンをテレビで見たような気がして仕方ありません。
Webで調べてみてもそれらしい情報がないため、全く別の話に同じようなシーンがあっただけかもしれませんが。

刊行後追記:収録作品は以下の通りでした。
落ちる★
猫★
ヒーローの死★
ある脅迫★
笑う男★
私は死んでいる★
かわいい女★
みかん山★
黄いろい道しるべ
澄んだ眼
黒い木の葉★
ライバル
おれは死なない
砂丘にて
あとがき(『落ちる』)★
あとがき(『黒い木の葉』)★
★印は創元推理文庫版にも収録。「砂丘にて」は単行本初収録とのこと。

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