今月、丸善ジュンク堂書店限定ということで横溝正史「真珠郎」(角川文庫)が復刊されました。
表紙には以前と同じく杉本一文のイラストが使用されています。
いくつかのネット書店で「新装版」という新刊情報が出ていたようですが、限定復刊のため、リアル書店では丸善ジュンク堂の系列店のみ、ネット書店ではhontoのみの取り扱いとなっているようです。
戦後の金田一耕助シリーズは、今に至るも国内本格ミステリの最高峰とされていますが、戦前の作風はそれらとは異なり、乱歩の長編と同じく通俗的なものでした。
乱歩の作品が残虐で猟奇的な内容のものが多かったのに対し、横溝正史の作品は耽美的・幻想的な雰囲気であり、美少年が頻繁に登場し、その系譜は戦後の本格ミステリにも引き継がれています。
中でも「真珠郎」は耽美的な美少年趣味と、後の作品に通じる本格ミステリの魅力とが融合しており、戦前の長編では「呪ひの塔」と並ぶ最高傑作とされています。
金田一耕助は戦後の第一作である「本陣殺人事件」が初登場であり、「真珠郎」には登場しません。ドラマ化されるときはいつも金田一耕助ものに改変されているため、世間では金田一シリーズと思っている方もいるようですが、実際には由利麟太郎が活躍する一編です。
角川文庫は、以前は由利麟太郎シリーズも全て収録していたのですが、横溝正史ブームが下火になるに連れ順次、姿を消していき、その後、装丁を変えて「金田一耕助ファイル」などという名前で再編集されたため今はほとんどは金田一耕助シリーズしか収録されていません。なぜか、時代小説の「髑髏検校」だけ新装版が収録されていますが、それ以外は全て金田一ものです。
さらに、かつて横溝作品の表紙を彩った杉本一文のイラストは全く使われておらず、今回の復刊を機に「真珠郎」がそのままレギュラーとなれば、約20年ぶりの杉本一文復活ということになり、これはなかなかめでたいことです。
「真珠郎」は角川文庫版が絶版となったあと、2000年に扶桑社文庫から「昭和ミステリ秘宝」の一冊として刊行されたことがあります。
このときは、初版単行本に付された乱歩による序文なども収録したものでした。
また、横溝ブームの最中、1976年に角川書店から初版の復刻版が刊行されたこともあります。
先日、たまたま覗いた古本屋にこれがかなり格安で置いてあったので、「お」と思って手に取ったのですが、ハードカバーと本文とが逆さまに製本されたもので、不良品でありながらなぜか古書で流通してしまったようで、安いのはそれが理由でした。
ちょっと悩みましたが、結局買わず。
さて、今回の角川文庫の復刊ですが、ひとまずは丸善ジュンク堂書店系列の限定復刊ということですが、ネット書店各社に情報が流れていたり、そもそも本文をまるまる改版している気合の入れ方を見ると、いずれレギュラー化するつもりでは、とニラんでいます。
角川文庫が杉本一文の表紙での復刊に乗り出したのはこれは本当に画期的なことで、金田一耕助シリーズ以外の、絶版のままではいけない作品(「蝶々殺人事件」「鬼火・蔵の中」「呪いの塔」あたり)も引き続き復活することを期待しています。
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