
書店の文庫売場においては「名作ミステリの復刊」はコーナーを作っても良いのでは、と思うくらい定番のネタですが、それにしてもここ1年くらいの復刊は各社とも気合が入っていて目を見張るものがあります。
この手の復刊は、古本と同じで「見かけたら買うべし」と考えています。古本でも新刊でも本は一期一会。買わなかったことを後悔するより、買ったことを後悔する方がはるかにマシ。ちょっとでも気になったものはすぐさま買っておきましょう。
というわけで、ここ最近の状況をざっと眺めてみましょう。
創元推理文庫
創元推理文庫は、もともと過去の名作を柱の一つとしていますが、ここ最近は特に「おお!」と思うものが続いています。この辺、いずれも名作中の名作というべきラインナップで、もともとの出版元がなぜ品切れのままにしているのか、と思うものばかりです。筆者は以前に出た別の文庫で全て読んでいますが、創元推理文庫で出たとなると、改めて買って、きれいな本で読み直したくなりますね。
「事件」なんかは、新潮文庫版が出たあとに大岡昇平が改訂したバージョンを初文庫化、ということなのですが、これは「法曹界で教科書に使われている」という伝説があるくらい、裁判手続をリアルに、綿密に綴っているので、そういう観点では最新版で読む必要があるかもしれません。でも、ストーリーもかなり面白いので、細かいことを気にしなくても充分に楽しめる小説です。
「加田伶太郎全集」は、福永武彦が「加田伶太郎」名義で書いたミステリ集。
加田伶太郎を探偵の名前と思っている方もいるようですが、これは作者名。
昭和30年代に何年かかけてポツポツと発表された短編が桃源社で単行本にをまとめられる際、「加田伶太郎全集」のタイトルで刊行され、それ以降、何度か文庫化されています。登場する探偵は伊丹英典。この時期には珍しいロジカルな本格ミステリです。
河出文庫
河出文庫については、以前にも記事にしましたが、続刊をご紹介しておきます。筆者は、楠田匡介については「名前は見たことがある」という程度で、どんな小説を書いているのか全然知りませんでした。かなりマニアックなシリーズになってます。
この並びを続けるのなら、甲賀三郎「姿なき怪盗」も収録してほしいものです。「白骨の処女」「鉄鎖殺人事件」と同じく、新潮社「新作探偵小説全集」の一冊です。
さて、河出文庫はこれだけではありません。
泡坂妻夫作品の中でも、特に人気の高い初期作品3作を収録しました。
泡坂妻夫の本格ミステリは「亜愛一郎の狼狽」に始まるドタバタ路線と、「湖底のまつり」に始まるサスペンス路線がありますが(いずれも筆者が便宜的にそう呼んでいるだけです)、「妖盗S79号」は前者の、「花嫁のさけび」「迷蝶の島」は後者の作品として人気があります。泡坂ファンは買い逃すことが無いよう、要注意です。
泡坂妻夫は夢裡庵先生シリーズも新編集で復活しています。
短編ミステリ
さて、筆者的にここ最近の復刊ブームのなかで最も楽しんでいるのは、昭和30~50年代の短編ミステリです。この頃の短編ミステリは本当にいいんですよね。おそらくは日本文学史上、最も小説が「売れていた」時期であり、中間小説誌と言われる雑誌が覇を競っていました。
本格ミステリは逼塞していたと言われる時代ですが、驚きとサスペンスに重きをおいた作品が量産されていました。
中でも注目は小泉喜美子。
ちょっと前まで長編「弁護側の証人」以外、手に入る本はなかったのに「なにこれ!」といいたくなる大ブーム。筆者は、復刊されたことで初めて知った本ばかりです。
いずれもサスペンス短編ですが、特に「月下の蘭」が気に入りました。惚れ惚れとするくらいよくできた絶品が並びます。
次に結城昌治。
結城昌治はこれまでにも何度も文庫化が繰り返されていますが、ここ最近は新刊書店で手に入る本が全くないという状況が続いていたので、今回のちくま文庫への収録は歓迎すべきことです。この勢いで創元推理文庫や中公文庫が品切れにしているものを重版、または改版してくれないかな、と思うのですが。
「あるフィルムの背景」はかつて発行された角川文庫版同タイトルの短編集に、いくつか追加してものですが、ベスト選集と言ってよいラインナップでしょう。ともかく、どれもこれもとんでもなくハイレベルなサスペンスです。
筆者は昔から「葬式紳士」という短編が好きで、短編ミステリのオールタイム・ベストを選ぶと必ず入れているのですが、これもちゃんと収録されているのが嬉しいところです。
最後に仁木悦子。
仁木悦子というと、「猫は知っていた」や「林の中の家」など長編が有名ですが、短編にも非常に人気があります。中公文庫で傑作選が出たのに続き、ちくま文庫からも刊行予定。
たぶんラインナップがかぶっていることは無いと思います。サスペンスあり、ロジカルな本格ありで、非常に読みやすいので、現代ミステリしか読まないという方にも安心してオススメできます。
この復刊ブーム、ぜひ続いてほしいですね。
というわけで、次回は「復刊希望」をあれこれ書いてみます。
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