原尞の新作「それまでの明日」が出ると聞いて、まず思ったのは「引退してなかったんだ!」という驚きですね。
前作が出たのが2004年だったので、さすがにこれだけ長いあいだ新作が出ないと、小説に興味を失ってしまったのでは?と懸念していました。
いやしかし、大変失礼なことを考えていたものです。この間、決してのんびりとしていたわけではなく、じっくりと作品を熟成させていたのでした。今回の新作「それまでの明日」を読むと全ての不安が払拭されます。
久しぶりに出会った沢崎は全く何も変わっていません。
時代設定は明記されていないのですが、2010年末ごろから物語が始まっているようです。
沢崎の年齢を考えると2010年という設定には「ん?」と思わないところもないのですが、ともかくパソコンや携帯電話が普及した時代になっても、沢崎は全く変わっていません。もちろん携帯電話も持ちません(探偵なのに!)。
言動も以前のまま。
原尞の衰えない筆致を堪能でき、涙が出そうなくらい懐かしい気分になりました。
原尞を初めて読んだのはいつだったか忘れました。
ただ、いつ買ったかは覚えています。
デビューしたのは、筆者が中学生の頃ですが、デビュー作「そして夜は甦る」、2作目で直木賞受賞作「私が殺した少女」が立て続けに「このミス」で上位にランクインしたことから、かなり早い時期にこの2冊を購入はしていたのです。
しかし、それまでハードボイルドを読んだことがなかった筆者には非常に読みづらいものでした。
「なんでこんなひねくれた言い方ばかりするの?」
「もっと素直な考え方ができないの?」
と、ハードボイルドを全否定するような疑問ばかりが頭に浮んでほとんど楽しむことが出来ず、途中で読むのをやめてしまいました。
ところが、高校生だったか大学生だったかになってからのある日、ふと思い立ち、改めて読んでみると
「むっちゃかっこいい! なぜこれの面白さがわからなかったのか!?」
と、全く評価が変わってしまいました。
本を処分せずに持っておいて、本当に良かったと思いましたよ。
やはり、ハードボイルドを楽しむには、最低限の年齢が必要です。
今回、新作を読んで久しぶりに初期作を再読したくなり、「そして夜は甦る」を読んでみましたが、以前に読んだときよりさらにおもしろく感じましたね。
いつの間にか沢崎が自分より年下になっていて、そこにいちばん衝撃を受けたりしました。
自分の中をジッと探ってみても、ハードボイルドのハの字もない。
若い頃は、年齢さえ重ねれば自分も沢崎のような大人になれるだろうと、無邪気に思い込んでいましたが、全く大まちがいであったことが判明しました。
この14年間のあいだに40を過ぎた方は、おそらくみんな似たような感想を持つのではないかと。
さて、ご自身のエッセイで書かれているので有名な話ですが、「そして夜は甦る」にはある暗号が隠されています。
終盤の3章の最初の単語。
34章「離婚」・35章「翌日」・36章「嘘」。
それぞれの一文字目を取ると「り・よ・う」、つまり「尞」となります。原尞は全く無名のときに、この作品を早川書房へ持ち込み、デビューが決まったわけですが、もしかすると作品を盗まれるかもしれない、という不安があったそうです。
そのため、もし盗作された際に自分の作品であると主張できる根拠となるよう、名前を暗号として仕込んでおいたのだとか。
うーん、そんなことが根拠になるんだろうか、と思わないでもありませんが、原尞が思っている以上に本格ミステリ魂を持っていたということがわかるエピソードです。
4月に刊行予定の「ポケミス版」!
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