201802ロビンソン・クルーソー178

子ども向けの名作全集ではド定番の「ロビンソン・クルーソー」ですが、作品の知名度の割には、大人になってから改めて完訳を読んだという人は少ないのではないでしょうか。
しかし、読んでみると実に現代的で面白い小説です。
「オデッセイ」というタイトルで公開された映画の原作ともなったSF小説「火星の人」は、有人探索中の事故により火星にたった一人取り残された科学者が最先端の知識とアナログな技術を駆使して生き延びる話でしたが、知恵と工夫を組み合わせることによる知的興奮は、「ロビンソン・クルーソー」と全く同質のものです。

ところが、いざ原著の翻訳を読もうと思うと、いくつか種類が出ており、戸惑うことと思います。
今回の記事ではこれから文庫で読んでみようという方のため、各社版を比較してみます。

「ロビンソン・クルーソー」は現在、以下の文庫が刊行されています。
(本記事の初出は2018年3月でしたが、その後、光文社古典新訳文庫および新潮文庫から新訳が刊行されたため、追記・修正しています)

ロビンソン・クルーソー (新潮文庫)
ダニエル デフォー
新潮社
2019-07-26


ロビンソン・クルーソー (光文社古典新訳文庫)
ダニエル デフォー
光文社
2018-08-06










続編の存在

まず、「あれ?」と思うのは、岩波文庫だけ上下2冊で出ており、他社は1冊です。尚かつ1冊で出している中公文庫はわざわざ「完訳」とタイトルに入れています。
完訳が1冊でまとめられるのに、なぜ岩波文庫版は2分冊なのか?
実はよく知られている漂流物語には続編があるのです。岩波文庫版はその続編を「下巻」という扱いにしています。
続編はロンドンへ生還した主人公が、しばらくしてまた別の冒険へ出かけるという内容の話で、漂流記だけ読みたい読者は特に必要はないと思います。
しかし、主人公にその後の冒険が待ち受けていることは漂流記の最後でもほのめかされており、内容が気にはなります。そこで続編も含めて読みたいという場合、選択肢は岩波文庫版しかありません。
つまり、どの文庫を読むかを決める際は、まず「漂流記だけ読むか、続編も読むか」を決めなければいけません。続編も読みたければ自動的に岩波文庫版に決定。漂流記のみならば、岩波文庫以外のいずれかを選ぶことになります。(デフォーが「ロビンソン・クルーソー」とタイトルに冠した本は、実はさらにもう一冊、エッセイも刊行されているのですが、それは岩波文庫にも収録されておらず、現在入手可能な翻訳もありません)

それでは、それ以外の観点から比較をしていきましょう。

読みやすさ

読みやすさという観点でいうと、それぞれに特徴があり、優劣つけがたい状況です。
岩波文庫版は全訳で、出版時期もやや古めですが、平井正穂は英文学翻訳の第一人者です。
光文社古典新訳文庫・新潮文庫・集英社文庫・中公文庫・河出文庫はいずれも新しい訳で、いずれも完訳ですが、文章の読みやすさはどれも問題ありません。

光文社古典新訳文庫・新潮文庫・中公文庫の各版は訳者オリジナルの章立てがされています。実は原著は章立てが一切なく、始めから終わりまで切れ目なく話が続いているのですが、展開に合わせて章を区切っているのです。原文至上主義という立場を取ると「そんなことしていいの?」と思ってしまいますが、読みやすさという観点ではとても親切な工夫です。区切る位置も適切で、違和感は全くありません。

河出文庫版は訳文に工夫があります。一人称を「ぼく」として、現代日本の口語体(若者言葉?)に移し替えることを目指しています。このため、古典文学にもかかわらず言葉の選択が軽くなってしまっている面もありますが、読者によっては読みやすいと感じるでしょう。

挿絵について

筆者は作品世界を理解する上で、挿絵の存在をかなり重視しています。
現在入可能な文庫版のうち、光文社古典新訳文庫・河出文庫・中公文庫が挿絵も収録しています。

河出文庫に収録された挿絵は1891年のウォルター・パジェットによるもので、原著の刊行から170年も経っていますが、ロビンソン・クルーソーの挿絵としては最も定評のあるものです。(この挿絵は岩波少年文庫でも使用されています)
中公文庫版の挿絵については訳者あとがきに「フリオ・コルタサルのスペイン語訳から借用」とありますが、そもそもいつ頃、なんという画家が描いたものか書いてありません。イラストごとに画家が異なる印象を受けますが、全く不明です。

地図について

光文社古典新訳文庫・新潮文庫・中公文庫の各版は冒頭に無人島の地図を掲載しています。これは元は旺文社文庫版(現在は絶版)に掲載されていたものを流用しているということですが、作品世界の理解には大いに役立つ資料です。
集英社文庫版は、冒頭にカラーページがありこの小説に関する各種の図版が掲載されており、その中に初版本に付されたという地図もあります。しかし、図版が小さいうえ、写真の解像度が低くて、あまり鮮明な印刷ではなく、読みながら参照する地図としては使えません。

注釈・解説について

新潮文庫以外は、どれも注釈・解説はかなり充実しています。それぞれに「ロビンソン・クルーソー論」として興味深い内容で、解説を読み比べるためだけに各社版を揃えても良いくらいです。
なお、岩波文庫版は「上下巻」なので、解説は下巻にあります。漂流記のみ読みたくて上巻だけ買った場合、解説は読めません。

ということで、いろいろ特長を書いてきましたが、まとめると下記のようになります。


ロビンソン・クルーソー (新潮文庫)
ダニエル デフォー
新潮社
2019-07-26

新訳。地図あり。章立て区切りあり。注釈はそれほど入っていない。価格安め。

ロビンソン・クルーソー (光文社古典新訳文庫)
ダニエル デフォー
光文社
2018-08-06

新訳。地図あり。挿絵あり。章立て区切りあり。注釈充実。価格高め。



続編を含めて全訳は岩波文庫版のみ。挿絵・地図なし。解説は下巻に収録。


訳は古くはない。冒頭に図版がある。挿絵なし。注釈・解説あり。


訳は古くはない。挿絵・地図あり。章立て区切りあり。注釈・解説あり。


訳文が若者言葉。挿絵あり。地図なし。注釈・解説あり。

というわけで、筆者としては総合点では光文社古典新訳文庫版をオススメしたいと思います。価格を抑えたい場合は新潮文庫の新訳を。全部読みたい方は岩波文庫版で。

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