201712江戸川乱歩と横溝正史155

10月末なので、少し前に刊行された本ですが中川右介「江戸川乱歩と横溝正史」を読みました。
実は、読む前はあまり期待していなかった本なのですが、読んでびっくり! これは大変な労作であり、大傑作の評伝です。当ブログとしてはもっと早くにチェックすべきでした。

本が出てすぐに存在には気づいていましたが、なかなか手に取らなかったのは、いくつか理由がありました。
まず第一に、装丁がダサいから。
全体的に安っぽい雰囲気が漂っている上、字面は市川崑を狙ったのかもしれませんが、これじゃあ古畑任三郎だよ!と心の中で毒づきながら、棚の前を素通りする日が続きました。
さらに、著者の中川右介氏は、以前に「角川映画 1976-1986」を読んでいたのですが、筆者としては大いに興味をそそられる内容であり、またそれなり楽しんで読みはしたものの、新情報といえるようなものは特に得られず、今回の本も「どうせ知ってることしか書いてないだろう」と決めつけていました。

ところが、ネット上ではなかなか評判が良いのです。
そこでようやく店頭で手にとってページを開いてみると、ぎっちりと字が詰まっています。
「お、これは意外とイケるかも!」
とは思ったのですが、今度は集英社発行という点が引っかかりました。
いや、別に集英社には何も恨みはないのですが、乱歩とも横溝とも縁が薄い版元なので、イマイチ信用できないように感じたわけです。これが東京創元社か国書刊行会、あるいはせめて講談社か角川書店だったら、見かけてすぐ買うんですがね!

と、外見だけであれこれ偏見に満ちた印象を書き連ねていますが、大いに反省しています。
おかしなことを気にしてないでさっさと読むべきでした。

本書は江戸川乱歩と横溝正史という探偵小説界二大巨星の生涯を描いた評伝なのですが、まとめ方が非常に独創的です。
時系列的に二人の生涯、そしてその交遊を追うだけでなく、背後に時代ごとの出版業界の流れを描きます。探偵小説関係だけでなく、主な出版社の興亡史を詳細に綴っており、乱歩や横溝の創作活動が否応なくそれらの影響を受けていたことがわかる仕組みになっているのです。

作家の側からすれば探偵小説は「作品」であり「芸術」ですが、出版社からすれば「商品」であり「商売」です。もともと探偵小説とは何の縁もなかった出版社経営者が「売れているから」ということで興味を持って作家との縁が生まれ、やがてはスポンサー的に創作活動を支えるようになったり、あるいはやはり商売として行き詰まると離れていく。
文筆で生計を立てる職業作家である以上、いくら情熱があってもこの流れに逆らうことはできません。

乱歩や横溝の作品がこのような視点で語られるのを読んだのは初めてのことで、博文館、講談社、岩谷書店、光文社、ポプラ社、角川書店と、それぞれに縁の深い出版社との関係が形成されていく過程は非常に興味深いものでした。
作品の掲載誌についても、それぞれどのような性格の雑誌だったのかがわかるようになっており、この説明によって、これまで疑問に感じていたことが一気に解消していきました。
また、細かい豆知識も満載です。横溝正史の一時期の職場でもあり、また乱歩・横溝に取って大切な作品発表の場でもあった博文館がどういう出版社だったのか、かなり詳細に書いてあります。現在も日記や手帳を発行している博文館新社とはどういう関係なんだろうと思っていましたが、同じ会社だと知ってちょっと驚きました。

また、以前に当ブログでもポプラ社版「少年探偵江戸川乱歩全集」の大人向け小説リライト版について書きましたが(ポプラ社 少年探偵江戸川乱歩全集の27巻以降)、このあたりが刊行された経緯も詳細に語られています。
特に「大暗室」については以前の記事に書いた通りリライト担当者が武田武彦なのか氷川瓏なのか混乱があったのですが、実は武田版が雑誌連載されたことに対抗してポプラ社が氷川版を単行本で出しており、2種類のバージョンが存在するようです。該当記事は追記をしました。

ともかく、乱歩・横溝それぞれの個人史と並行して出版業界史を描くという非常に手間かかることをしているにもかかわらず、膨大な出典を自由自在に操っており、ストレスなく、とても楽しんで最後まで読み通すことができました。
筆者も乱歩ファン・横溝ファンの端くれとして、本書巻末の参考文献に挙げられている本はだいたい手元に揃えているのですが、それらがこれほど見事に、有機的に結び付けられ、新たな発見が次々と導かれていくのを目のあたりにすると、全くのところわが家の蔵書は宝の持ち腐れであったと感じました。
乱歩・横溝の諸作を再読したくなるとともに、今後は本書も、定期的に読み返すことになるだろうな、という気がします。

江戸川乱歩と横溝正史
中川 右介
集英社
2017-10-26


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