201711山怪実話大全152

ここ数年、怪談業界では「山の怪談」が大ブームになっています。
ひとくちに「山の怪談」といっても種類はいろいろあるのですが、それら全てをひっくるめてブームになっている印象があります。
あまりきちんと調べたわけではないのであやふや情報で申し訳ないのですが、いつ頃からブームになりだしたのか、筆者の記憶だけを頼りに回想してみます。

大昔から山の話に怪談はつきものでした。「雪女」などが典型でしょう。
しかし、今回のブームはそのようなオーソドックスな怪談とは一線を画す、ある怪談実話がきっかけではなかったかと思います。
それは「新耳袋 第四夜」に収録された「山の牧場」という話です。
今やすっかり有名になってしまい、Googleで「山の牧場」を検索すると、ずばりその怪談の舞台が地図で表示されてしまったりするのですが、初めてこれを読んだときは本当に奇妙で怖ろしい思いをしたものです。



「新耳袋 第四夜」の単行本が出たのは1999年のことですが、筆者の印象では「山の怪談」ブームが始まったきっかけは、遡ればこのあたりかな、と思います。
このエピソードは怪談好きの興味を大いに刺激し、映画秘宝スタッフが集結して行われた「新耳袋殴り込み」で現地取材(?)も行われています。書籍だけでなく、DVDも製作されたりして、個人的にもかなり盛り上がりました。





「山の牧場」はすでに有名になりすぎてしまいましたが、その次に「山の怪談」が大きく注目されたのは、怪談専門雑誌「幽」に連載を始めた安曇潤平の登場です。2004年のことでした。
安曇潤平は登山経験が豊富で、登山にまつわる数多くの怪談実話を披露し、一躍人気作家となりました。これまでにも夢枕獏などがちょこちょこと登山にまつわる怪談を書いていましたが、専門作家が登場してきたのは初めてであり、怪談ブームの裾野の広がりを感じたものです。
「赤いヤッケの男」として単行本にまとまった直後には、「幽 VOL.9」(2008年)で「山の怪談特集」が組まれたりもしています。




さてその後、「山の怪談」ブームを決定づける本が登場します。
山岳書の老舗・山と溪谷社から2015年に刊行された田中康弘「山怪」です。



著者は以前からマタギに取材した本をいくつか出していましたが、本書はそのような取材の中で見聞きした怪談を集めています。
安曇潤平が心霊実話的な怪談が多いのに対し、「山怪」ではもっと朴訥とした狐狸妖怪のたぐいが語られます。
読んでいると文明化以前の物語では、と思ってしまいますが、これがここ数年のあいだに聞いた話だったりするので驚きます。

本書を読みながら筆者がひとつ思い出したのは、学生の頃に見たNHKスペシャル「NHKスペシャル  映画監督・東陽一の妖怪が見えますか」です。(こちらで番組の一部を視聴可能)
1994年の放映で、当時は番組録画といえばVHSなので、なにもかも録画しながら見るという習慣はなく、この番組も放映時刻に見ていただけなのですが、今だったら確実に録画して永久保存しておきたくなるようなすばらしい内容でした。
土佐の山中で古老から妖怪の話を取材するのですが、ふつうのおばあさんがニコニコしながら「山の中で妖怪に、相撲とろ、相撲とろ、とまとわりつかれたので、叱りつけてやった」というような話をしていて、つい最近まで(あるいは今に至るまで)存在していたそんな世界にひどく憧れを感じたものです。
話はそれましたが、「山怪」はそれと同じような驚きに満ちた世界で、かなり話題となりました。

さて、山の怪談ブームが本格的なものになったことで、関連書もいくつか出ています。
まずは「山怪」でブームを決定づけた山と溪谷社からの最新刊。

山怪実話大全 岳人奇談傑作選
東 雅夫
山と渓谷社
2017-11-11


斯界の第一人者・東雅夫が登場し、柳田国男から夢枕獏まで、妖怪も心霊も含め、いろいろな怪談が集められています。収録作はこちら参照。

本書と奇しくも同じタイミングで河出書房新社からもズバリ「山の怪談」というタイトルの本が出ました。「山怪実話大全」とコンセプトは同じです。

山の怪談
岡本 綺堂
河出書房新社
2017-08-23


収録作はリンク先のAmazon商品ページで確認できますが、一部、「山怪実話大全」とかぶっています。それくらい似たような本がほぼ同時に出てしまうくらい、山の怪談はブームなのです。

また、洋泉社からも「怪奇秘宝 山の怪談編」が出ています。



これはどちらかというと「山の牧場」的な雰囲気の特集ですが、「山怪」の著者・田中康弘氏のインタビューが掲載されており、ファンは要チェックです。

そんなわけで、今回も駆け足でご紹介しましたが、怪談好きはまだまだしばらくはこのブームを楽しめそうで、これからもどんな怖い本が出てくるか、楽しみです。
 


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