岩波文庫へ続々と乱歩作品が収録されています。

10年ほど前に「江戸川乱歩短編集」として短編の傑作選が刊行されましたが、それでオシマイと思っていたところ先々月から毎月、新たな作品が収録されている状況です。

乱歩作品の著作権は一昨年消滅したことから、各社が人気作を刊行するであろうことは予想していましたが、古典的名著専門の岩波文庫まで参戦するとは驚きでした。
とはいえ、岩波文庫に収録されるからには、何かしらセールスポイントがあるだろうと期待していたところ、やはり、これはなかなか良いですよ。

今年に入って岩波文庫から刊行された乱歩作品のラインナップは以下の通り。
少年ものが2冊続いたあと、「江戸川乱歩作品集」と銘打って名作集の刊行が始まっています。


収録作:「怪人二十面相」「青銅の魔人」


収録作:「少年探偵団」「超人ニコラ」「智恵の一太郎ものがたり(抄)」

収録作:「接吻」「日記帳」「人でなしの恋」「蟲」「孤島の鬼」「防空壕」

まず少年物について。
岩波文庫はエンタメ目的ではなく学術文庫なので、底本や校正にこだわります。
少年物の底本はいずれも「最初に刊行された単行本」です。このため、ポプラ社から出ているものとは文字遣いなどが大きく異なります。
とは言え、光文社文庫版「江戸川乱歩全集」も同じく最初の単行本を底本としているため、大きな違いはありません。
では、岩波文庫版のどこに独自の価値があるのか。
それは「超人ニコラ」です。
というのは、「超人ニコラ」は乱歩最晩年の作品であり、雑誌連載終了後、単行本として刊行される前に亡くなってしまいました。
このため、雑誌連載バージョンから単行本化するに当たっての文章の整理は乱歩本人によるものではありません。ポプラ社から「黄金の怪獣」と改題されて刊行されたのがこの作品の初単行本ですが、その後の講談社「江戸川乱歩推理文庫」、光文社「江戸川乱歩全集」などいずれの収録時も文章に手が加えられています。
しかし、岩波文庫としては乱歩本人による改訂と認められないものを収録するわけにいきません。このため、雑誌掲載バージョンに手を加えることなく収録しています。
というわけで、岩波文庫版「超人ニコラ」は他社とは全く別バージョンとなっています。
「超人ニコラ」以外の収録作は、他社版とそれほど大きな違いはないはずですが、岩波文庫は校正については信用できますので、細かい違いはたくさんあるはずです。マニアであれば少年物2冊は押さえておく価値があるでしょう。

次に「江戸川乱歩作品集」Ⅰ~Ⅲですが、こちらは初心者におすすめです。
底本は桃源社版全集なので創元推理文庫版と同じであり、別に珍しいものではありません。
すばらしいのは編集の切り口です。
一巻目のテーマは「愛のゆくえ」。きれいな言葉ですが、要するに乱歩が得意とした変態性欲の世界です。「人でなしの恋」「蟲」「孤島の鬼」と、確かにこの切り口でいえば代表作といえる作品が並んでいます。
二巻目は「謎と推理」。収録作は「陰獣」「黒蜥蜴」「一枚の切符」「何者」「断崖」となっています。「陰獣」は乱歩が書いた本格ミステリの中で文句なしの代表作ですが、短篇で「二銭銅貨」ではなく「一枚の切符」を選ぶあたり、センスを感じます。「一枚の切符」はデビュー作「二銭銅貨」とほぼ同時期に書かれた作品ですが、本格ミステリとしての出来映えは明らかに「二銭銅貨」より上です。乱歩も二作を同時に投稿しつつ、「一枚の切符」の方に自信を持っていたようですが、先に「二銭銅貨」が掲載されたため、影に隠れた存在となってしまいました。

三巻の収録作は今のところまだ公表されていませんが、この調子であれば3冊揃えれば乱歩という作家の特異性を概観できる、好シリーズが完結すると思われます。
乱歩作品を全部そろえているような読者にはあまり価値はないかも知れませんが、「乱歩の代表作を手軽に一通り読んでみたい」という方には強力におすすめできます。定番として長く書店に常備されるようになってほしいものです。
(収録作がわかったら、この記事、更新します。)

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