201708恐怖奇形人間107

何回かにわたって、昭和44年公開の東映「江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間」についてのあれこれをご紹介します。
この映画は邦画最大のカルト映画とよく言われており、国内ではこれまでソフト化されることなく、名画座でのリバイバル上映のみで、数多くの熱狂的なファンを生んできました。
このたび、10月に初の国内版DVDが発売されるそうで、改めてこの映画に注目が集まるこの機に記事を書いておきます。

製作の背景

そもそも、この映画は東映の「異常性愛路線」の一篇として企画されました。
プログラムピクチャー中心に映画が作られていた当時、東映の主力となっていたのは任侠・アクション、そしてポルノでした。
ポルノとは言っても、専門の監督がいるわけではなく、鈴木則文や石井輝男など、アクションも撮れば、任侠も撮る、という職人的な監督たちが起用されていました。
このうち、石井輝男が監督した以下のポルノ映画諸作が「異常性愛路線」と言われています。

徳川女系図
温泉あんま芸者
徳川女刑罰史
残酷・異常・虐待物語 元禄女系図
異常性愛記録 ハレンチ
徳川いれずみ師 責め地獄
やくざ刑罰史 私刑!
明治・大正・昭和 猟奇女犯罪史
江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間

石井輝男はこれ以前に「網走番外地」シリーズでヒットメーカーの地位を確立していましたが、任侠ものに飽きてきたこともあり、ポルノ映画へ参加。こちらでもヒットを飛ばします。
「恐怖奇形人間」の直前に監督した「明治・大正・昭和 猟奇女犯罪史」には、阿部定本人を登場させるなど、話題を集めていました。



石井輝男へのインタビューで構成された『石井輝男映画魂』には以下のような情報があります。
・石井監督としては「商売になる映画」を休みたかった。
・プロデューサーの天尾完次は同時に製作中だった中島貞夫監督のオールスター映画「日本暗殺秘録」に手を取られて、「恐怖奇形人間」にはあまり関わることができなった。

石井は後年にも「盲獣VS一寸法師」を製作するなど、乱歩への愛情は生涯変わらないので、「恐怖奇形人間」も乗り気の企画だったとは思いますが、上記2点から伺われるのは、会社的にはこの映画はそれほど重要な作品とは考えられていなかったということです。
このことが逆に、石井輝男の実験的な画作りを邪魔せず、ある程度自由に撮れたのかもしれません。

この映画は乱歩の「孤島の鬼」「パノラマ島奇談」をベースに物語が作られています。
昭和44年というと、乱歩の没後4年がたっていますが、この年、没後初めての全集が講談社から刊行されました。
乱歩のブームはこれまで何度も繰り返されてきましたが、昭和44年といえば、社会派推理小説の最盛期で、探偵小説の復権はまだ数年先のことです。しかし、全集が刊行されるなどして、乱歩にちょっとした注目が集まっているタイミングだったのです。

話がそれますが、今は「全集」というと、価格も高く、場所も取り、よほどの愛好家か研究者でなければ手を出さないものですが、当時の「全集」はもっと気楽に読まれているものでした。文庫本も今ほどは盛大に刊行されていなかった時代であり、作家の旧作を読むために全集を買うということは一般読者にとっても当たり前の選択肢でした。
というわけで、今は全集が刊行中だからといってその作家のブームとは限りませんが(現に谷崎潤一郎と夢野久作の全集が目下刊行中ですが、ぜんぜんブームではありません)、しかし、当時は「ちょっとしたブーム」という程度には社会に影響を与えていたわけです。

さて、そのような時代にこの映画は作られたわけですが、タイトルの「江戸川乱歩全集」とは、どういうことか?
いくつかの乱歩作品からモチーフを寄せ集めているためこのように表現しているのかと思っていましたが、実は違いました。
少し前に発行された『僕らを育てたすごい脚本の人 掛札昌裕インタビュー』という本があります。

僕らを育てたすごい脚本の人
掛札 昌裕
アンド・ナウの会
2012-08-10


「恐怖奇形人間」の脚本を書いた掛札昌裕へ唐沢俊一らがインタビューしている本なのですが、「恐怖奇形人間」についても少しだけ語っています。
もともと横溝正史か江戸川乱歩の原作で企画を立てており、掛札としては横溝でやりたかったそうなのですが、監督の石井輝男が乱歩をやりたがったことと、ちょうど全集が刊行中だったことから、乱歩原作と決まったとのことです。
「江戸川乱歩全集」と銘打っているのは、単に乱歩全集が刊行されている最中だから、サブタイトルに使わせてもらおう、というだけの興行上の理由で、本編にはあまり関係ないようです。
では、乱歩ネタで行くとして、原作は何を使うか。
掛札は「孤島の鬼」を提案したそうですが、石井は「パノラマ島奇談」がよいと言い、このため両者をミックスした物語になったそうです。

一方の石井輝男ですが、『完本石井輝男映画魂』では作品選択の背景はあまり詳しく語られていません。乱歩についても、昔から好きだったからこのタイミングでなんとなく出ちゃった、という程度の話をしています。
掛札の証言の方が、いかにも東映らしい商売感覚が見られますので、そちらが正解なのでしょう。

製作された映画は東映ポルノの一作ということで成人映画として公開されていますが、今回のDVD化にあたってはR18ではなく、PG12が適用されています。
「本作品は、現在の基準による審査を受けた結果PG12指定となっております。劇場公開におきましては成人指定にて上映しておりますが、収録された作品内容は劇場公開時と同一のものとなります。」
とのことです。



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