横溝正史の生誕百年を記念して平成14年(2002年)に角川書店から発行されました。
本書の最大の眼目は、これまで単行本未収録だった「続・書かでもの記」が収録されているところでしょう。
「続・書かでもの記」は、雑誌「幻影城」に昭和51年から翌年にかけて連載されたもので、「書かでもの記」の続編という扱いになっています。(「書かでもの記」は「続」と同じく「幻影城」に掲載されたのち、徳間書店「横溝正史の世界」にも収録されています)
「続編」とはいっても、時系列がつながっているものではなく、「書かでもの記」に書ききれなかった、幼少期のさらなる裏話を書いているものですが、これがかなり衝撃的な内容です。
「書かでもの記」でも複雑な家庭環境が綴られていますが、「続・書かでもの記」にはその影響によりコンプレックスまみれの幼少期を過ごしたことが率直に書かれています。
盗癖があり、家業の薬屋から一銭ずつ持ち出し、こっそりと手元に溜め込んでいたこと。
小六で初めて体験した夢精と、その後の自慰に耽る日々。
悩みを打ち明ける相手もなく、自己嫌悪に陥るまま、
「ウチは人間やあらへん。ケダモノや」
と卑屈に思い込んでいた少年時代が赤裸々に明かされます。
日本ミステリ史上最大の作家がここまでさらけだすとは……と驚く内容なのですが、筆者は個人的に、この「続・書かでもの記」には格別の思い入れがあります。
前述のとおり、このエッセイは雑誌「幻影城」へ連載されたものです。
筆者は、中学生の時(平成2年が明けた頃)にお年玉をはたいて、「幻影城」の揃いを古本屋で買い、ヒマがあると少しずつ読んでいたのですが、この連載エッセイには呪いをかけられたような気分になりました。
横溝正史の「ヰタ・セクスアリス」であり、筆者がこれを読んでいたのがちょうど中学2年ということもあり、文中の横溝少年が他人とは思えませんでした。「書かでもの記」を読んでいないと、家族関係などがよくわからない部分も多かったのですが、ページをめくる手を止めることができず、貪るように読みました。
「幻影城」に掲載されたきり、単行本にまとめられることがなかったため、あまり多くの読者の目には触れていないエッセイでした。このため、なんとなく横溝正史と自分とのあいだに秘密を持っているような気分になり、作品を読んでいるとき以上に親近感を覚えていました。
そんなわけで、本書が刊行された時は「あのエッセイがとうとう単行本に!」と、それはそれで衝撃を受けたものです。
本書にほかに収録されている文章は「書かでもの記」など、これまでのエッセイ集から自伝的要素の強いものの再録が中心となっており、やはり「続・書かでもの記」を単行本にまとめた、という点が最大のウリといえるでしょう。
目次は以下のとおりです。
《第一章 横溝正史自伝》書かでもの記続・書かでもの記1 「書かでもの記」をまた書くということ 暗い町の暗い思い出のかずかずのこと2 顔のない等身大の母のひとがたのこと 兄に受け継がれた母の文芸趣味のこと3 貧しき生薬屋の思い出のこと 生活無能者はまの血のこと4 おかたさんにご詠歌を習い悲しむこと 姉の清が仇の過保護少年となること5 殺伐な町で度々変死体を見ること お嫁にきた晩からせえでもと思うこと6 幼にして機嫌買いだった私のこと また貰いましてんで級長になること7 伊勢屋のおじいさんと三人妻のこと 先生と大阪へ飛行機を見に行くこと8 盗みをはたらく内向型少年のこと 湊川新開地大いに発展繁栄のこと9 市ちゃんヨッコンの幼い友情のこと 市ちゃん金田一耕助のモデルとなること10 内向少年初めての夢精を経験すること 自慰を覚えて罪業感に怯えること11 探偵小説暗黒時代のこと 巡りぞあわん「古城の秘密」のこと12 酒を飲んでしばしば夢を見ること 西田徳重少年度々枕に立つこと《第二章 それからの事ども》槿槿先生夢物語続槿槿先生夢物語探偵小説暗黒時代西田さんご兄弟のこと甦る青春の日々ノンキな話――若気のいたり古きよき時代の親分――森下雨村の追悼「パノラマ島奇譚」と「陰獣」が出来る話誤植奇談喀血で狼狽のこと――「途切れ途切れの記」より淋しさの極みに立ちて――「かいやぐら物語」の思い出「続・途切れ途切れの記」より神沢太郎先生のこと人形佐七のこと花柳界のど真中に住むこととどろく足音のこと片隅の楽園本格探偵小説への転機――「本陣殺人事件」の前後わが小説――「獄門島」ピンチ・ヒッター日文矢文十風庵鬼語《第三章 日本二大探偵作家 乱歩と正史》乱歩書簡集乱歩は永遠にして不滅である続・乱歩は永遠にして不滅である正史もまた永遠にして不滅である(新保博久)横溝正史年譜(中島河太郎)
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