20170526探偵小説五十年079

横溝正史は膨大な数の小説を遺していますが、エッセイ集として編まれたものは案外少なく、生前に刊行されたものはわずかに以下のとおりです。

講談社「探偵小説五十年」(1972年)
講談社「探偵小説昔話」(1975年)
徳間書店「横溝正史の世界」(1976年)
毎日新聞社「真説金田一耕助」(1977年)

また没後に刊行されたものとして以下があります。

角川書店「金田一耕助のモノローグ」(1993年)
角川書店「横溝正史自伝的随筆集」(2002年)

このほか、アンソロジーや研究書などにちょこちょことエッセイが収録されることがありますが、一冊まるごと横溝正史のエッセイや対談などで構成された書籍は以上6冊のみとなります。
さらにもう一冊、番外編的な位置づけのものとして

角川書店「横溝正史読本」小林信彦編(1976年)

があります。
これは小林信彦によるインタビュー中心の内容ですが、これを対談とみなせばまあエッセイ集の一つと数えてもよいかと思います。インタビューそのものは、ファンにはかなり興味深い内容です。

上記はいずれも現在は絶版ですが、古本屋や電子書籍などを駆使すればそれほど読むのは難しくありません。それぞれの内容、目次などを順番にご紹介していきます。
第一回目の今回は、第一随筆集である「探偵小説五十年」です。

このタイトルはもちろん、江戸川乱歩の「探偵小説四十年」から借りたものです。
1970年に講談社から「横溝正史全集」全10巻が刊行されましたが、その完結後、1972年に横溝正史の古稀を記念して装丁を揃える形で初めてのエッセイ集として刊行されました。
1972年(昭和47年)というと、角川文庫への横溝正史作品の収録はスタートしていましたが、本格的なブームはまだ始まっていない時期でした。

収録エッセイは以下のとおりです。


途切れ途切れの記
続・途切れ途切れの記
読み本仕立て
文章修行
「二重面相」江戸川乱歩
代作ざんげ
海野十三氏の処女作
惜春賦――渡辺温君の想い出
浜尾さんの思い出
乱歩書簡集
青年角田喜久雄君
片隅の楽園
探偵小説への饑餓
「本陣」「蝶々」の頃のこと
「獄門島」――作者の言葉――
わが小説――「獄門島」――
田園日記
田舎者東京を歩かず
断腸記――海野十三氏追悼――
思いつくまま
十風庵鬼語
幸福とは
私の乗物恐怖症歴
歩き・歩き・歩く
「悪魔の手毬唄」楽屋話
谷崎先生と日本探偵小説
文殻を焚く
日々これ物憂き
白浪始末記
還暦の春や春
賤しき読書家
ものぐさ記
もうかりまっか氏
古きよき時代の親分――森下雨村氏追悼――
木々高太郎氏追悼
作者の幸福
私の推理小説雑感
年譜(中島河太郎編)
編者再言(中島河太郎)

この中で最も読み応えがあるのは冒頭の「途切れ途切れの記」「続途切れ途切れの記」でしょう。
これは、正編は前述の「横溝正史全集」の月報に、続編は同時期に刊行された「定本人形佐七捕物帳全集」の月報に、それぞれ連載された自伝的エッセイです。
作家デビューの経由や、若い頃からの交友歴などが綴られた内容で、戦前の探偵小説が好きな方には非常に興味深い内容です。

また「代作ざんげ」は、その筋では有名なエピソードを綴った文章です。
横溝正史の作品として角川文庫『山名耕作の不思議な生活』に収録されている「犯罪を猟る男」「あ・てる・てえる・ふいるむ」「角男」は、雑誌掲載時に江戸川乱歩名義でした。
乱歩がなかなか新作を書かないため、雑誌の編集に携わっていた横溝正史が自身の作品を乱歩作品として掲載してしまったものなのですが、戦後になって双方から代作であったことを公表したのです。
このうち「あ・てる・てえる・ふいるむ」については、乱歩へ作品執筆を依頼し、旅先まで追いかけて原稿を貰おうしたものの「自信がないから便所へ流してしまった」と言われ、代わりに自身の作を乱歩名義で雑誌掲載したものですが、このときに「便所へ流した」という作品が「押絵と旅する男」の原型だったと言われており、横溝は「穴があったら入りたい」と述懐しています。
(余談ですが、筆者は「あ・てる・てえる・ふいるむ」も大変な傑作だと思っており、これほどの作品をあっさり提供してしまうあたり、乱歩に対する横溝正史の敬意がなみなみならぬものだったことが伺えます)

なお、本書は初版は1972年に箱入りで刊行されましたが、この時の発行部数は6000部だったそうで、現在ではなかなか入手が困難です。
筆者は1976年に刊行された新版を持っていますが、古本屋などでたまに見かけるのはこちらのバージョンばかりです。またこの新版は現在は電子書籍にもなっていますので、読むのは容易です。

探偵小説五十年
横溝正史
講談社
2014-08-29


関連記事:
映画「悪霊島」のロケ地をGoogleストリートビューで巡る
横溝正史「悪魔が来りて笛を吹く」の舞台をGoogleストリートビューで巡る


関連コンテンツ