今回は第39巻「死の十字路」をご紹介します。昭和47年7月の刊行です。
原作は昭和30年に講談社「書下ろし長篇探偵小説全集 第1巻」として刊行された「十字路」。
リライト版の本書は書き下ろしです。口絵に「江戸川乱歩・原作/氷川瓏・文」とリライト担当者が明記されていますが、これは本書の刊行が乱歩の没後だったからではないかと思われます。初出が生前のものにはこのような表記はなく、乱歩本人の著作であるかのような体で刊行されています。
表紙絵・挿絵は山内秀一が担当しています。
原作が収録された「書下ろし長篇探偵小説全集」は、ほかに高木彬光「人形はなぜ殺される」などが刊行されています。また最終巻である第13巻を「13番目の椅子」として公募し、これに応じた鮎川哲也「黒いトランク」が入選したのも有名な話です。横溝正史「仮面舞踏会」がタイトルだけ予告されて結局執筆されず、約20年後に横溝正史全集の一冊として書き下ろされることになったというエピソードもあります。
というわけで、探偵小説好きには話題に事欠かない賑やかな叢書だったのですが、このころ乱歩のアイデアはすでに枯渇していました。
このため、探偵作家クラブに参加しているシナリオライターの渡辺剣次に相談し、アイデアの提供を受けて書かれたのが本書です。
執筆は乱歩自身ですが、十字路で二つの事件が交差するという根本の発想も渡辺によるものということで、全編、ウールリッチ風の都会的なサスペンスが展開する異色作です。アイデアがオリジナルでないとはいえ、乱歩のストーリーテラーを堪能できる傑作だと思います。
渡辺剣次は、のちにこの「十字路」を日活が映画化した「死の十字路」のシナリオを執筆し、作品が原著者のもとへ里帰りする形になっています。
さらにいえば、リライト版「死の十字路」を執筆した氷川瓏は、渡辺剣次の実の兄です。弟が提供した乱歩作品を、兄がリライトするという、間接的に兄弟合作のような形になっているわけです。
さて、そのリライト版「死の十字路」ですが、他の巻に比べると、かなり自由な改変がされています。
まず、主人公・伊勢省吾は原作では中年社長ですが、リライト版は25歳の青年社長。秘書であり恋人である晴美とは同年代で、大学のフォークソングサークルで知り合います。友子は原作では省吾の妻ですが、リライト版では驚いたことに妻ではなく、単なる知人です。
では、いったいなぜこの3人がトラブルになるのかいうと、友子と晴美とはもともと仲のよい友人でしたが、友子に誘われて参加した「過激な思想を持つ研究会」に晴美は馴染めず、途中で脱会したため、友子は「裏切り者を制裁する」ということで晴美のアパートへ押しかけ、襲いかかるのです。そこに居合わせた伊勢省吾に殺害されてしまうというわけです。
リライト版が刊行された昭和47年は、ちょうど年明けに、あさま山荘事件が起こり、続いて連合赤軍のリンチが明るみに出た時期なので、そのような世相を反映した設定です。
原作には明智は登場しませんが、リライト版では友子の兄である大学教授が明智の知人で、捜査を依頼し、原作にも登場する花田警部と明智とが協力することになります。
ストーリーやトリックはおおむね原作通りですが、設定がここまで変わってしまうのは珍しいことです。アイデア提供が弟だから、という気安さが、このような大胆な改変に繋がったと考えるのは穿ちすぎでしょうか?
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