今回は第36巻「影男」をご紹介します。昭和46年4月の刊行です。
原作は昭和30年に光文社の雑誌「面白倶楽部」に連載された同題の「影男」。
リライトは氷川瓏が担当しています。初出は昭和35年「名探偵明智小五郎文庫15」としてポプラ社から刊行されました。
表紙絵は吉田郁也、挿絵は中村猛男が担当。表紙絵は本書の描き下ろしですが、挿絵は「名探偵明智小五郎文庫」からの流用と思われます。
乱歩の戦後の長編は数えるほどしかありませんが、還暦を迎えた昭和30年にそのうち三編が集中しています。ほかは『化人幻戯』、『十字路』と、乱歩としては新機軸を打ち出したものですが、『影男』のみは戦前の通俗長編に回帰した内容で、「パノラマ島奇談」と「大暗室」とをミックスしたような話です。乱歩自身も、この年に書いた長編の中では、「私の体臭の最も濃厚なもの」としています。
原作には明智小五郎も登場するため、リライト版では大きな変更はありません。過激なシーンを削除したり、表現を薄めている程度で、ほぼ原作通りに展開します。
底なし沼へ沈められる女性については、子供心にもショッキングでしたが、断末魔の叫びをあげている挿絵までついていて、これはシリーズ中随一のトラウマイラストでした。
乱歩の戦後作品は、戦前に比べると文体がやや明るくなっている印象があり、例えば「ぺてん師と空気男」などにそれは顕著ですが、原作となった「影男」もピカレスク 小説としても読めるような雰囲気があります。リライト版では、その辺の魅力が消えてしまい、他の通俗長編とほとんど変わらない印象になってしまっているのが、残念なところです。
Amazon販売ページ(古本は入手できます)
関連記事:
ポプラ社 少年探偵江戸川乱歩全集の27巻以降
関連コンテンツ