備忘の都

40年間の読書で得た偏った知識をツギハギしながら、偏った記事をまとめています。同好の士の参考に。

元ネタ探究 筋肉少女帯「UFOと恋人」

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プロデューサーとして佐久間正英を迎えているためか、ポップな曲調のものが多いアルバムです。とはいえ、タイトルや、乱歩ネタだらけの裏ジャケットなど、筋少らしさも横溢しています。

1.おサル音頭

【ボーン・トゥー・ビー・ワイルド】
Steppenwolfの1968年の曲「Born to be wild」から引用。おサルの歌に挿入するセンスが最高だと思います。
【ボレボレ島】
歌詞カードや、詩集「花火」では「ボレボレ島」となっていますが、実際の歌唱は「ポレポレ島」と聞こえます。いずれにしてもそんな島はありません。サブカル関係者には馴染みが深い映画館「ポレポレ東中野」と関係があるのかどうか?
【Let it be】
言わずと知れた、ビートルズの曲。

3.くるくる少女

『くるぐる使い』に収録された短編「キラキラと輝くもの」とモチーフが共通する曲です。ちなみに、この短編集の表題作「くるぐる使い」は、タイトルは似ていますが、内容は全く関係ありません。

4.高円寺心中

【ヘイ・ユー】
1973年の左とん平「とん平のヘイ・ユウ・ブルース」から。この曲はのちに大槻ケンヂのソロアルバムでカバーもしています。筋少でカバーする計画もあったものの、一部のメンバーから拒否されたそうです。
【高円寺純情通商店街】
高円寺に実在する商店街は「高円寺純情商店街」。ねじめ正一がこのタイトルの短編集で平成元年に直木賞を取っています。

6.きらめき

筋少らしからぬ爽やかな印象のラブソング。その辺の「らしくなさ」を「野口五郎が歌うよな」「あたかもニューミュージックのような」と自身で茶化していますが、筆者は個人的に名曲だと思っています。

7.君よ!俺で変われ!

これまた、非常に美しい歌詞なのですが、オーケンの回想によると、受けそうな単語を羅列して意図的に作ったものだそうです。
【カフカ・フェリーニ・マザーグース】
サブカル少女が好みそうなものを羅列してみた、ということではないかと推測します。
【ダークサイドだオブ・ザ・ムーン】
オーケンの詩に頻出の「月の裏側」という意味ですが、ここでの元ネタはピンク・フロイドのアルバム「The Dark Side of the Moon」からかな、という気がします。

8.俺の罪

タイトルはレッド・ツェッペリンの曲から。
【イージー・カム イージー・ゴー】
「悪銭身につかず」といった意味のことわざなので、一般的な英語表現ですが、タイミング的にB'zの「Easy Come, Easy Go!」を意識している可能性も。(いや、それはないか?)
【ボーン・トウ・ビー・モンキー】
「おサル音頭」の「ボーン・トゥー・ビー・ワイルド」をさらに引用。「Let it be」も再度登場します。

10.パレードの日、影男を秘かに消せ!

【影男】
乱歩の長編小説「影男」から。「パレード」という単語も乱歩を連想させます。
【猟奇の果て】
乱歩の長編「猟奇の果」を意識しています。前作アルバム「エリーゼのために」には「世界の果て~江戸川乱歩に」という曲も収録されています。

11.タイアップ

このアルバムがタイアップ曲だらけになったことを自ら皮肉のつもりで歌ったものの、「そんなに金がほしいのか」というコアなファンからの苦情もあったそうです。

13.バラード禅問答

【ドアホウ!】
水島新司の1970年の漫画「男どアホウ甲子園」が念頭にあるのでは、と推測します。無理矢理な関西弁もこの漫画を意識しているのではないでしょうか。


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元ネタ探究 筋肉少女帯「レティクル座妄想」

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「レティクル座」とは南天にある実在の星座です。天文愛好家の間では「レチクル座」という言い方のほうが一般的であるようです。日本では鹿児島以南でしか見られないそうです。
筋少のアルバムタイトルにこんなマイナーな星座が登場するのは、ほかでもありません。UFOによるヒル夫妻誘拐という、その筋では有名な事件があり、そのUFOがレティクル座から飛来したとされているのです。(詳しくはWikipediaのヒル夫妻誘拐事件参照)

1.レティクル座行超特急

5曲目の「さらば桃子」とモチーフが共通しているように感じます。
【ジム・モリソン】
The Doorsのボーカリスト。詩人としても有名。「水晶の舟」はデビューアルバムの中の一曲。

2.蜘蛛の糸

タイトルは言うまでもなく、芥川龍之介の短編「蜘蛛の糸」から。
内容的には、この曲とほぼ同時期に発売されたオーケンの長編小説「グミ・チョコレート・パイン」とモチーフが共通しています。

3.ハッピーアイスクリーム

筆者はよくしらないのですが、70年代から80年代にかけて、「ハッピーアイスクリーム」という遊びが流行ったそうです。友人と会話していて、たまたま同じ言葉をかぶって言ってしまうということがありますが、そんなときに先に「ハッピーアイスクリーム」と叫んだほうが勝ち、というものだそうです。曲のタイトルはそれが念頭にあるようです。
【ノゾミ・カナエ・タマエ】
オーケンの歌詞に繰り返し登場します。「望み叶え給え」ということですが、「欽ちゃんのどこまでやるの」という番組の中で結成されたユニット「わらべ」の3人につけられた名前が元ネタです。わらべは「めだかの兄妹」や「もしも明日が」という曲がよく知られています。

5.さらば桃子

オーケンの短編小説集『くるぐる使い』に収録された「のの子の復讐ジグジグ」とモチーフが共通しています。

6.ノゾミ・カナエ・タマエ

タイトルは先に書いたとおり、「わらべ」が元ネタです。この歌は筋少がメジャーデビューする前から少しずつ形を変えて歌い続けられてきたものです。「レティクルの神様」はこのアルバムにあわせて登場したもので、初期のバージョンには出てきません。

7.愛のためいき

原田知世主演・大林宣彦監督の角川映画「時をかける少女」のワンシーンを完コピしたもの。単に歌詞やセリフをなぞるだけでなく、「ららら」という合いの手や、セリフの間まで、完全に再現しています。
おかげさまで筆者は、結婚したばかりの頃に妻と一緒にDVDで「時をかける少女」を見ていて、該当シーンを完璧にハモってしまい、ドン引きされました。

8.ワダチ

【ゆうべ一人の男が死んだ】
杉良太郎の歌「君は人のために死ねるか」の冒頭「昨日ひとりの男が死んだ」から。この歌は「大捜査線」という刑事ドラマの主題歌でした。かなりアクの強い歌で、その筋では有名です。
【大きな歴史の転換の蔭には……】
歌詞カードに明記されているとおり、木村久夫の文章の引用。木村久夫というのは京都帝大の学生で、太平洋戦争に学徒出陣し、戦後にB級戦犯として処刑されました。これは、その遺書の一節です。

12.飼い犬が手を噛むので

【ルイス・キャロル】
「不思議の国のアリス」の作者。
【アリス・リデル】
「不思議の国のアリス」のアリスのモデル。
【フーディーニ】
20世紀初頭の活躍したアメリカの奇術師。
【バーニー・ヒル】
レティクル座から来たUFOにさらわれた夫婦の夫の方。
【トーマス・F・マンテル】
UFOを追跡した後に墜落したアメリカ空軍大尉。オーケンの小説「グミ・チョコレート・パイン」の登場人物たちは「キャプテン・マンテル・ノーリターン」という名のバンドを結成します。
【ケネス・アーノルド】
UFO事件に巻き込まれたアメリカの社長。
【カスパール・ハウザー】
19世紀初頭のドイツに現れた謎の少年。
【風船おじさん】
本名・鈴木嘉和。1992年にヘリウム入りの風船を大量につけたゴンドラで琵琶湖畔から空へ飛び立ち、アメリカへ向かうという言葉を残して消息を絶った。このアルバムが発売される2年前のできごとです。

以上、固有名詞が多すぎるので有名なものは省略しました。


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元ネタ探究 筋肉少女帯「ステーシーの美術」

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このアルバムを発表した翌年に大槻ケンヂの長編小説「ステーシー」も刊行され、ほぼ同時期に製作が進んだと思われます。「再殺部隊」など、小説と世界を共有する曲が収められています。
タイトルは、Wikipediaによれば「グレイシー柔術」をもじったものとのこと。
裏ジャケットおよび歌詞カードに写るメンバーは新横浜ラーメン博物館で撮影されています。

3.おもちゃやめぐり

オタク青年が彼女を連れ、中野ブロードウェイあたりでデートしている図です。
【デビルマン】
永井豪の漫画およびそれを原作としたアニメ(1972年)。
【バロム1】
さいとう・たかをの漫画およびそれを原作にした東映の特撮テレビ(1972年)。
【ロボット刑事K】
「ロボット刑事」は石森章太郎の漫画およびそれを原作とした東映の特撮テレビ(1973年)。
【ライダーマン】
仮面ライダーシリーズに登場。「仮面ライダーV3」での初登場は1973年。
【レインボーマン】
東宝の特撮テレビ「愛の戦士レインボーマン」(1972年)に登場。敵は「死ね死ね団」。
【キカイダー】
「人造人間キカイダー」は石森章太郎の漫画およびそれを原作とした東映の特撮テレビ(1972年)。
【突撃ヒューマン】
「突撃!ヒューマン!」は、1972年の特撮テレビ。
【キューティーハニー】
永井豪原作のアニメ(1973年)。
【イナズマン】
石森章太郎原作の特撮テレビ(1973年)。
【ミラーマン】
1971年の円谷プロの特撮テレビ。
【トリプルファイター】
1972年の円谷プロの特撮テレビ。
……というわけで、1972年時点で小学1年生だった大槻少年は、いったいどんだけテレビを見ていたんだ、という歌です。

4.トゥルー・ロマンス

ゾンビが登場する歌ですが、小説「ステーシー」もゾンビの話です。
バックコーラスは「Love Zombies」と名づけられ、Yukito Ayatsuji、Kumiko Chizukaといった名前がクレジットされています。
綾辻行人氏は言わずと知れたミステリ作家。綾辻氏の著書の中で「Love Zombies」の一員だったことが明かされています。遅塚久美子氏は集英社の編集者として、数多くのミステリを担当された方で、竹本健治『ウロボロスの純正音律』にも実名で登場します。オーケンも集英社から本を出していますが、遅塚氏が担当だったのかどうかはわかりません。おそらくは、綾辻氏と遅塚氏とで筋少のレコーディングを見学に行き、その場で「どうぞどうぞ」というノリで参加することになったのでは、と推測されます。そのつもりで聞くと、綾辻氏の声ははっきりと聞き取ることができます。

5.再殺部隊

小説「ステーシー」と並行して作られた詩です。

7.リテイク

これも「ステーシー」と同じ世界観の詩と思われます。リテイクとは映画の再撮影のこと。
【デ・ニーロ】
ロバート・デ・ニーロのこと。名優代表として登場。
【タランティーノ】
クエンティン・タランティーノのこと。名監督代表として登場。

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元ネタ探究 筋肉少女帯「キラキラと輝くもの」

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筋少アルバムの元ネタ探し第2弾。今回は「キラキラと輝くもの」です。
このアルバムは「人を救おうとして歌っているが、つらい」というのがテーマです。
同じタイトルの短編小説が『くるぐる少女』に収録されていますが、内容的につながりはありません。

ジャケットは高橋葉介のイラストです。このイラストは描き下ろしではなく、江戸川乱歩『パノラマ島奇談』の角川文庫版表紙絵と描かれたものです。角川文庫の乱歩作品は、70年代に宮田雅之の切り絵を表紙に使って刊行された後、87年頃に表紙絵と口絵を高橋葉介に入れ替えた新装版が出ています。これはそのバージョンです。筆者としては、あまり乱歩的な印象を受けないのですが、大槻ケンヂはこれがことのほかお気に入りのようで、アルバムタイトルのフォントも『パノラマ島奇談』の表紙で使われたフォントに揃えている凝りようです。
また、高橋葉介は後に『くるぐる少女』の角川文庫版表紙絵も提供しています。
20170110角川文庫


1.冬の風鈴

【スティーブ・マックイーンが氷に閉じ込めたアメーバみたいなドロっとした心だ】
映画「マックイーンの絶対の危機(人喰いアメーバの恐怖)」に登場する宇宙生物「blob」のこと。北極の氷で凍結されました。赤黒くドロっとしています。
【サーチライト】
5曲目「サーチライト」につながります。
【行くぞ9番】
詩集『花火』の解説で、映画「太陽を盗んだ男」の菅原文太のセリフが元ネタと明かされています。筆者はそれを読むまで、迂闊にも全然気づいていませんでした。
この映画は沢田研二演じる若い高校教師が原爆を手作りし、政府を脅迫するという物語です。当時、原爆保有国は8ヶ国であったことから、主人公は9番目の原爆保有者ということで「9番」と名乗ります。菅原文太はこの犯人を追う刑事で、いよいよ追い詰め、格闘のあげく共にビルから落下する際に「行くぞ、9番」と叫びます。
歌詞とは内容的につながりはなく、単純にかっこいい掛け声として使っているように感じます。

2.小さな恋のメロディ

映画「小さな恋のメロディ」から。幼い男女二人の恋を描いた映画ですが、こんなに凄絶な話でありません。しかし、聴き込んでいると、映画の本質が見えてくるというか、まあいろいろな面で大変な名曲だと思います。(解説になっていない)

3.機械

マッドサイエンティストを描いたこれまた名曲。個人的には筋少のベスト。
歌詞カードには載っていませんが、間奏で歴代マッドサイエンティストの名前を読み上げています。しかし、曲が激しすぎて、筆者に聞き取れるのは最初の「ニコラ・テスラ」と最後の「コナン・ドイル」くらいです。
コナン・ドイルはホームズの作者ですが、心霊研究にも凝っており、晩年には「コティングリー妖精事件」にも関係しています。

4.僕の歌を総て君にやる

つらい鬱状態を歌ったもの。
【薬は常備三種類】
『花火』によれば、レンドルミンとラナックスとレキソタンとのことです。
【夜間飛行】
サン・テグジュベリの小説「夜間飛行」からの連想と思われます。サン・テグジュベリは「星の王子さま」の作者で、オーケンの歌詞に頻出します。

5.サーチライト

アルバムのテーマ曲。
【やあ!詩人】
自身の作詞を揶揄しているもの。
【中也のパクリ】
初期の筋少は中原中也の詩からの引用が非常に多かった。
【カリブロ】
この曲の登場人物として生み出された架空の詩人。(『花火』より)
【風鈴】
1曲目および10曲目からの連想。

7.ザジ、あんまり殺しちゃダメだよ

【ミッキー・フィン】
T-Rexのマーク・ボランじゃない方。(「花火」より)


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原作解説!「貴族探偵」はなぜ推理をしないのか?


貴族探偵 (集英社文庫)
麻耶 雄嵩
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4月から麻耶雄嵩の『貴族探偵』がフジテレビ月9枠でドラマとなります。
世の中のほとんどの人は、今回初めて「麻耶雄嵩」という作家の名を聞いたのではないかと思います。
逆に、古くから麻耶雄嵩作品に馴染んでいる読者にとっては、全く耳を疑うニュースで、筆者もはじめに聞いた時は冗談としか思わず、「ほんまかいな」と調べてみることすらしませんでした。
正直、日本中で最も「月9」と相容れない小説家、それが麻耶雄嵩です。

今回は、ドラマを見て原作に興味を持たれた方のため、解説を試みたいと思います。

麻耶雄嵩とは?

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麻耶雄嵩は1991年に書き下ろした『翼ある闇』でデビューしたミステリ作家です。すでに25年以上もキャリアがあり、作家歴では京極夏彦や森博嗣よりも先輩ということになるのですが、一般的な知名度はさほど高くありません。しかし、ミステリ好きの中での評価は非常に高く、ミステリの評論家集団である探偵小説研究会が毎年発表している「本格ミステリ・ベスト10」には、新作が発表されると必ずと言ってよいほどランクインしています。
知名度と評価とのあいだにこのようなギャップが発生するのは、麻耶雄嵩の突き抜けた創作姿勢に理由があります。
要するに、マニア向けに「本格ミステリとは何か?」ということを徹底的に追求した、極めて専門性の高い作品を執筆し続けているのです。
それを細々と説明しはじめると、全く初心者向けではない内容になってきますので、今回はドラマ「貴族探偵」ファンのため、なぜ「推理しない探偵」が登場してきたのか、その点に絞って紹介いたします。

名探偵とは?

「貴族探偵」の探偵はもちろん、主人公の貴族なのですが、この人は一切推理をしません。
「推理などという雑用は使用人にやらせておけ」ということで、事件解決のシーンになるとおもむろに執事やメイドが登場し、手際よく事件を推理し解決に導いていきます。
事件や推理過程はきっちり論理的な本格ミステリなのですが、探偵だけがあまりにも異常です。
いったいなぜ、こんな探偵を作ったのか?

しかし、麻耶雄嵩作品において、異常な名探偵が登場するのは珍しいことではありません。
そもそも、デビュー作『翼ある闇』はサブタイトルに「メルカトル鮎最後の事件」とありますが、このメルカトル鮎は名探偵ならぬ「銘探偵」として登場し、作中であっさり殺されます。デビュー作からして異常な、この探偵の扱い! しかし、いったい「銘探偵」とは何でしょう。
それを知るには、ミステリにおける「名探偵」の変遷を追う必要があります。

「名探偵」という存在が普及したのは、やはりシャーロック・ホームズの活躍が大きいものでした。書かれたのは今から100年も昔です。
当時の名探偵は、現代の目で見ればとても気楽でした。
とにかくスーパーマンなのです。読者の知らないうちにいつの間にか調査を進め、「この人が犯人です」と見知らぬ人を連れてくる、というのがお決まりのパターンでした。
そしてその推理力は絶対的に正しく、間違うことはありません。しかし、どんな理屈で正解にたどり着いているのか、きちんとした説明がないため、読者にはわかりませんでした。
江戸川乱歩の創造した明智小五郎もこのタイプの探偵です。

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やがて推理小説の論理ゲームとしての側面が成熟してくると、「読者に対してフェア」なミステリが人気を集めるようになってきます。要するに、事件を解決するための手がかりは読者の前に全て提示され、論理的に検証を進めれば、正解にたどり着ける、というものです。
代表的な作家はエラリー・クイーンで、作中に「読者への挑戦状」を挿入し、ここまでに書かれた内容を読み込めば、事件の謎は解けるはず、と読者に迫りました。

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この手のミステリは「本格ミステリ」といわれ、今に至るも人気のあるスタイルですが、やがてここでも問題が発生してきます。
それは、「なぜ名探偵は間違わないのか」ということです。

間違わないという言い方は正確ではなく、名探偵が間違いを犯すこともたびたびあります。しかし、それは作品内ではどんでん返しの一つとして扱われ、作品が完結するにあたっては、最終的な正解が導かれます。
現実的なことをいえば、物語の幕が閉じた後にも、新たな手がかりが現れて真相が覆る可能性は否定できません。にもかかわらず、名探偵が宣言することによって、絶対的な真理が確定するという構図があります。
名探偵はなぜそのような特権を持っているのか?

のちに「後期クイーン問題」とも言われる問題。何人かの作家がこれを意識して名探偵を作っています。
例えば笠井潔の作品に登場する名探偵・矢吹駆は、「現象学的本質直観推理」を用いて絶対的な真相にたどり着きます。
これは、無数にありうる論理的な説明から唯一の真相を見抜くことができるのは本質直観によるものだ、ということです。
従来の論理ゲームを否定しかねないこの作風を、笠井潔本人は中井英夫に倣って「アンチミステリー」と呼んでいました。
(現象学的本質直観について知りたい方には竹田青嗣の『現象学入門』がオススメです。リンク先はAmazon)

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さて、麻耶雄嵩の「銘探偵」に話を戻しますと、これも同じような問題意識の元に生まれたものです。
「銘」は銘菓の銘。真相にたどり着く特権を持った探偵をこのように称しているわけで、ぶっちゃけた言い方をすれば、ほかに異論反論があっても、「銘探偵」の言うことだから諦めて信用してください、という意味です。
といっても、決してホームズ型の直感に頼るタイプではなく、物語のみを抽出すればガチガチに論理的なミステリなのですが、「銘探偵」という呼称は「名探偵」という存在に対するエクスキューズ(あるいは、照れ隠し?)のような役割を果たしています。

麻耶雄嵩はほかにも『神様ゲーム』で、神様が探偵、という荒技も使っています。
神様だから、間違うはずもなく、誰も知らないことでも全部お見通し。
そんな設定で論理的なミステリになるのか?
しかし、ご安心あれ、神様は真相を知っているだけで、説明はしてくれない。神様が示した「犯人」がなぜ犯人たりうるのか、ということをさぐる点で論理的な展開が待っているという構造です。

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このように、「名探偵とは?」という問題にこだわったがために、あまりに異常な名探偵を創造してきた麻耶雄嵩。そして、たどり着いた答えの一つが「推理をしない名探偵・貴族探偵」なのです。
極北とも言うべき設定。果たしてこれでも名探偵といえるのか? しかし、麻耶雄嵩にとっては、これも名探偵の形の一つなのです。

というわけで、実は貴族探偵のスタイルには、ミステリマニアにしか理解できない深い意味が込められているのですが、一周回って「一般受けする面白い設定」になってしまっている点が、これまた本作の特長の一つでしょう。いつになくテンションの高いユーモラスな展開から察するに、おそらくは作者もその点には自覚的だったのでは、と思います。
ドラマ化発表前から、『貴族探偵』はかなりの売れ行きを示していました。
以前に大ベストセラーとなった東川篤哉『謎解きはディナーのあとで』と似たような設定、と勘違いされて読まていた面もあるかと思いますが、「全っ然、違います。」
4月からのドラマも、たぶん「似たような設定」ということで進んでいくかと思いますが、この記事をここまで読んでくださった皆さんには、実はそうではない、ということがおわかりいただけたかと思います。

最後に、おすすめ作品

最後に、麻耶雄嵩に興味を持って、ほかにも読んでみたい、という方には、とりあえずこの記事内でご紹介した『神様ゲーム』と『翼ある闇』とをおすすめします。この2冊を読んで面白い、と思った方は、ほかの作品も、どれに手を出しても大丈夫です。

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筆者:squibbon
幼稚園児の頃から40を過ぎた現在に至るまで読書が趣味。学生時代は読書系のサークルに所属し、現在も出版業界の片隅で禄を食んでいます。
好きな作家:江戸川乱歩、横溝正史、都筑道夫、泡坂妻夫、筒井康隆、山田風太郎、吉村昭。好きな音楽:筋肉少女帯、中島みゆき。好きな映画:笠原和夫、黒澤明、野村芳太郎、クエンティン・タランティーノ、ティム・バートン、スティーヴン・スピルバーグ、デヴィッド・フィンチャー。
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