角川文庫から横溝正史「蝶々殺人事件」が復刊されました。
ここ最近、文庫の新刊リストを全然チェックしていなかったので、角川文庫が「本日発売」とツイートしているのを見てビックリ。急いで、職場近くの本屋へ確認に行きましたよ。
版は改まっているものの、収録作品は以前に刊行されていたものと同じ。
「蝶々殺人事件」
「蜘蛛と百合」
「薔薇と鬱金香」
の3作品が収められています。
解説は大坪直行氏で、これも以前と同じ内容。氏は角川文庫から出ていた横溝正史作品の解説を数多く担当していますが、もともと探偵小説専門誌「宝石」の編集長を務めていた人です。
「蝶々殺人事件」は終戦直後の1946年に、「本陣殺人事件」とほぼ並行して執筆されました。戦前から活躍する名探偵・由利麟太郎シリーズ、最後の長編です。
由利先生のシリーズはいわゆる通俗長編、乱歩と同じようなノリで本格ミステリとは言い難いものが多いのですが、この「蝶々殺人事件」だけはガチガチの本格。「本陣殺人事件」と並び、横溝正史作品のベスト級と評価されています。
角川文庫版は他の作品と比べて割と早い段階で絶版となっていましたが、春陽文庫からも刊行されていたり、出版芸術社「横溝正史自選集」やら昨年刊行された「由利・三津木探偵小説集成」やら、ほぼ途切れることなく書店に並んでいました。
とはいえ、杉本一文画伯の表紙絵で「本家」角川文庫から復刊されたことはめでたいことです。
少し前に、日産のゴーン前社長が国外へ秘密裏に脱出した際、「楽器のケースに隠れて」という一報が流れたため、横溝ファンは「まさかコントラバスケースでは」とざわつき、その後まさにコントラバスケースだったというニュースに騒然となりましたが、これは「蝶々殺人事件」が死体をコントラバスケースに入れて移動させるという話のためです。
今回の復刊は、きっとゴーンさんのおかげです。ありがとう、ゴーンさん。
さて、今回復刊された本を見ると、帯に「連続テレビドラマ化決定」「由利麟太郎シリーズ 四ヶ月連続復刊」などとあります。
なになに、これ、大ニュースじゃないですか。
【本日発売!】
— 角川文庫編集部 (@KadokawaBunko) March 23, 2020
横溝正史が生み出した、金田一耕助に並ぶもう一人の名探偵をご存知ですか? 豊かな銀髪がトレードマーク、落ち着いた物腰の由利麟太郎先生です!
ドラマ化企画も進行中、シリーズの中でも傑作と名高い『蝶々殺人事件』が復刊です。ミステリファン垂涎、「読者への挑戦」つき!(D) pic.twitter.com/hS5sT6snaH
注目は「ドラマ化」より「連続復刊」の方。
さて、いったい何が続くのか?
柏書房から全集が出たとはいえ、揃えると高額となるので、由利先生シリーズを読破するのはなかなか厳しいという現状があります。
ここはぜひ有名作品を中心に復刊してほしいものですが、しかし「四ヶ月」というやや中途半端な数字は何?
実は来月の復刊予定作品についてはすでにあちこちで閲覧できる文庫新刊情報で判明しています。
それはこちら。「憑かれた女」
ええっー!!
全くの予想外。何だこのセレクションは。
いや、由利先生コンプリートを目指す読者であれば、当然読むべき作品なのですが、わずか4冊しか無いラインナップにこれが入りますかね。
おそらくは「由利先生最初の事件!」という売り出し方をしたいのだろうと思われますが、残念ながら由利先生が登場するのは戦後の改稿版で、初出には登場しないんですね。
詳しくは「横溝正史エンサイクロペディア」さんの記事(「憑かれた女」は、由利先生最初の事件ではない - 初出は改稿された -)にまとめられているので、ご参照ください。
というわけで、第2弾を知ってしまうと、あとの2作品がいったい何になるのか、皆目見当もつかない状態になってしまいました。
が、順当に人気作品を拾うのであれば「真珠郎」「仮面劇場」あたりでしょうか。
「真珠郎」は何年か前に一部の書店のみで限定的に復刊されていましたが、その時点ですでに改版されていたため、おそらくは全国の書店で展開する予定をしているのでは、とニラんでいました。この機会に復刊、ということになっても不思議はありません。
「仮面劇場」は盲聾啞の三重苦を負った正体不明の美少年を富豪の未亡人が引き取るという、戦前の横溝らしさが充満した一編。「真珠郎」と並び美少年好きから絶大な支持を集めています。
全く根拠もなく、願望を込めた単なる予想ですが、はてさてどうなることか、楽しみなような怖いような……
(追記:予想は大外れで、「血蝙蝠」「花髑髏」という激シブのラインナップでした)