備忘の都

40年間の読書で得た偏った知識をツギハギしながら、偏った記事をまとめています。同好の士の参考に。

みすず書房「日本の精神鑑定」読了

日本の精神鑑定

ウワサを聞いて、一度読んでみたかったみすず書房「日本の精神鑑定 増補新版」。
昭和から平成初期にかけて発生した歴史的事件についての精神鑑定を集めた本です。
収録された事件は以下の通り。(リンク先は該当事件のWikipedia記事です)
犯罪史に残る大きな事件がずらっと並んでいます。
ほとんどの事件が、実際の裁判に提出された精神鑑定書そのものを収録しています。
これが、素人が読んでも面白い。
基本的には論文のような硬く正確な記述ですが、場合によってはなかなか文学的に仕上げられていたりもします。
本書自体は出版社がみすず書房であることからもわかる通り、刑法、精神医学、心理学などの研究者向けにまとめられた専門書なのですが、私のような単なる犯罪ノンフィクション好きが手を出してもかなり興味深い一冊となっています。

なかでも、やはり一読の価値があるのは阿部定、金閣寺、永山則夫あたりでしょうか。
いずれも供述が一問一答で並んでいたり、詳細な犯罪事実が綴られていたりで、生々しい内容です。
阿部定は、犯罪事実は概ね映画などで描かれているとおりですが、すべての行動には一応、説明がつく事情があり、意外とマトモな精神状態だったと知りました。
一方の金閣寺は、「金閣寺の美しさに嫉妬した」といった文学的な解釈は本人の供述で明確に「いいえ」と否定され、随分とだらしない即物的な動機が語られています。

というわけで、事件関係者に対しては不謹慎ではありますが、読み物として抜群の面白さです。
しかし、これが高い!
もともと昭和48年に刊行された「日本の精神鑑定」という本があり、平成11年に刊行された「現代の精神鑑定」と合本にして今回の「日本の精神鑑定 増補新版」となっています。
専門書2冊分のボリュームなので1200ページ以上と非常に分厚く、価格は税込み19800円也。

実は私は自分では買わず、図書館で借りました。
ところが、住んでいる市には図書館には10館くらいあるにも関わらず、どこにもこれが所蔵されていなかったんですね。
そこで、購入してもらうべくリクエスト。3ヶ月くらい待ってようやく用意できたと連絡をもらえました。
こんなにも予算を使わせて申し訳ないという気分と、いやいや人口100万人を超える市の図書館がこれを一冊も蔵書してないってのはあかんやろ、と逆に良い事をしたような気分とがせめぎ合ってますが、せっかく買ってもらったからにはちゃんと読もうと、10日間ほどかけて頑張って読みました。


弩級の奇書「冤罪と人類 道徳感情はなぜ人を誤らせるのか」(管賀江留郎・ハヤカワ文庫)

202105冤罪と人類035

2016年に洋泉社から刊行された「道徳感情はなぜ人を誤らせるのか―冤罪、虐殺、正しい心」が改題され、ハヤカワ文庫ノンフィクションに収録されました。
単行本が出た際にもかなり評判になっているのことは知っており、書店で何度か手には取っていたのですが、タイトルからいまいち内容を想像できず、重量級の雰囲気に恐れをなしたこともあって見送っていました。

このたび文庫化されたということで改めて手に取ってみると、装丁からして「タダモノでない」というオーラが漂っており(まあそれは単行本のときもそうだったのですが)、また内容についても興味を持てそうなものであると確認できたため、買ってきました。
 
いや、これはとんでもない本ですね。
文庫版のあとがきで著者は「そもそも、本書は『白鯨』や『黒死館殺人事件』の如き文学作品のつもりで執筆しました。」と記していますが、まさに!
個人的な事情ですが、「白鯨」について以前に下記の記事でこれがいかにとんでもない「奇書」であるかを紹介し、なおかつそこで「黒死館殺人事件」と比較していたということがあるため、本書のあとがきを読みながら、「うんうんうん」と、強くうなづいてしまいました。

「白鯨」を読破するなら、おすすめの文庫はどれ?

裏表紙に記載の内容紹介を見ると以下の通りとなっています。
18歳の少年が死刑判決を受けたのち逆転無罪となった〈二俣事件〉をはじめ、戦後の静岡で続発した冤罪事件。その元凶が、“拷問王”紅林麻雄である。検事総長賞に輝いた名刑事はなぜ、証拠の捏造や自白の強要を繰り返したのか? アダム・スミスからベイズ統計学、進化心理学まで走査し辿りついたのは、〈道徳感情〉の恐るべき逆説だった! 事実を凝視することで昭和史=人類史を書き換え、人間本性を抉る怪著。
ということで、一見、冤罪事件を取材したノンフィクションと思われますが、実はそれは全く入り口に過ぎません。
あまりに情報量が多すぎて、一回読んだだけでは頭の中で内容を全然整理できないのですが、事件に関わる人物の一人ひとりについて、常軌を逸した熱量で文献を渉猟していきます。
この結果、内容紹介にある通り「昭和史=人類史を書き換え、人間本性を抉る」という次元にまで到達してしまうのですが、正直なところ、脇道に入り込みすぎて、何を読んでいるのか途中でワケがわからなくなってくることもしばしばです。
これぞまさに「白鯨」や「黒死館殺人事件」の世界。

ただし、これは書き方を真似たというわけではなく、「『白鯨』のような例があるから、こういう書き方でも許される(あるいは、読者がついてこられる)だろう」という精神的な拠り所になっていたということかな、と思われました。
というのは、著者がこれだけ細部に執着するのには理由があり、世の中にあふれる以下のような本、すなわち、一次資料に当たらず受け売りで書かれた本、事象に関連性を見出し物語として図式的理解に落とし込んでしまう本といったものは、冤罪事件と本質的に同根の人間の本性から生み出されている、と本文中でしきりに繰り返しているのです。
このような批判を展開しているからには、本書自体は必然的に百科全書的な書き方にならざるを得なかったわけです。

ともかく、中途半端な文字数で書評など書けない、超弩級の内容でした。
みすず書房あたりが、何千円という価格で何十年も版を重ねているような古典的名著と比較しても全く劣らない、現代の名著です。


「東京人 2021年6月号」はミステリファン必読

東京人202106

今月発売された雑誌「東京人」の特集は「地図と写真で旅する江戸東京探偵散歩」。
ミステリ専門でない雑誌でミステリ特集をやるとあっさりした内容に終わっていてがっかりすることが少なくありませんが、そこはさすがの「東京人」。
執筆者を見ると日下三蔵、新保博久、川本三郎、末國善己、杉江松恋…と、マニアでも間違いなく満足できる布陣です。

ミステリに限らず、やはり日本の小説を読む上では「東京」は重要なんですよね。
筆者は高校を卒業するまでは名古屋にいたため、ミステリを読み始めた中学生の頃は東京の歴史・地理が全くわからず、地名によって暗示される背景などは何も読み取ることができませんでした。
仕事を始めてから東京でしばらく暮らし、と言ってもわずか10年しかいなかったので、やはりそれほど東京に詳しいとは言い難いのですが、なんとなくは地理感覚を持って小説を読めるようになり、この手のミステリと東京を絡めた特集や評論なども楽しめるようになりました。

で、既読の小説は「おお、そんなこと書いてあったか」と読み返したくなり、未読の小説は「なんとそんなことが書いてあるのか」と読んでみたくなる情報が満載ですが、紹介されている小説については書誌情報はほとんど記載されていなかったため、お節介ながら、Amazon購入ページへのリンク一覧を作ってみました。
特集を読んでいるあいだは、なるべく品切れ・絶版の本は避けて入手が容易な本のみで構成しているのかな、という印象を受けていたのですが、調べてみるとそうでもないですね。
そこそこ年をとってくると「ああ、この本はちょっと前に文庫が出たばかりだ」と思うものが平気で20年くらい前のことだったりして、すでに入手困難な本はそれなりにありました。出版社名の横に「★」マークをつけているものはこの記事を執筆した時点で品切れのものなので、古本屋かマーケットプレイスでお求めください。



以下、一覧です。特集登場順。書名が言及されているだけ、という程度のものは省略しました。

岡本綺堂 「半七捕物帳」光文社文庫
横溝正史 「人形佐七捕物帳」春陽堂書店
野村胡堂 「銭形平次捕物控」双葉文庫
宮部みゆき 「ぼんくら」講談社文庫
平岩弓枝 「お宿かわせみ」文春文庫
山本一力 「深川駕籠」祥伝社文庫
藤沢周平 「消えた女」新潮文庫
池波正太郎 「鬼平犯科帳」文春文庫
泡坂妻夫 「夢裡庵先生捕物帳」徳間文庫
山田風太郎 「明治断頭台」角川文庫
江戸川乱歩 「D坂の殺人事件」春陽文庫
江戸川乱歩 「一寸法師」春陽文庫(「地獄の道化師」収録)
江戸川乱歩 「吸血鬼」春陽文庫
江戸川乱歩 「人間豹」春陽文庫
江戸川乱歩 「兇器」春陽文庫(「偉大なる夢」収録)
江戸川乱歩 「怪人二十面相」ポプラ文庫クラシック
江戸川乱歩 「少年探偵団」ポプラ文庫クラシック
横溝正史 「夜光虫」柏書房
小栗虫太郎 「聖アレキセイ寺院の惨劇」河出文庫
角田喜久雄 「奇跡のボレロ」国書刊行会★
横溝正史 「貸しボート十三号」角川文庫★
高木彬光 「初稿・刺青殺人事件」扶桑社文庫★
山田風太郎 「十三角関係」光文社文庫★
鮎川哲也 「黒いトランク」創元推理文庫
仁木悦子 「猫は知っていた」ポプラ文庫ピュアフル
松本清張 「或る「小倉日記」伝」新潮文庫
松本清張 「菊枕」新潮文庫(「或る「小倉日記」伝」収録)
松本清張 「張込み」新潮文庫
島田荘司 「火刑都市」講談社文庫
宮部みゆき 「理由」朝日文庫
乃南アサ 「凍える牙」新潮文庫
佐々木譲 「新宿のありふれた夜」角川文庫
久生十蘭 「魔都」創元推理文庫
北村薫 「銀座八丁」文春文庫(「街の灯」収録)
広瀬正 「マイナス・ゼロ」集英社文庫
石川喬司 「求婚ごっこ」集英社文庫★(「絵のない絵はがき」収録)
戸板康二 「中村雅楽探偵全集」創元推理文庫★
日影丈吉 「女の家」中公文庫
中井英夫 「虚無への供物」講談社文庫
植草圭之助 「冬の花 悠子」中公文庫★
都筑道夫 「泡姫シルビアの華麗な推理」新潮文庫★
都筑道夫 「殺人現場へ二十八歩」光文社文庫★
日影丈吉 「吉備津の釜」河出文庫(「日影丈吉傑作館」収録)
若竹七海 「さよならの手口」文春文庫
岡崎琢磨 「下北沢インディーズ」実業之日本社
北森鴻 「花の下にて春死なむ」講談社文庫
東川篤哉 「謎解きはディナーのあとで」小学館文庫
都筑道夫 「やぶにらみの時計」中公文庫★
馳星周 「ゴールデン街コーリング」KADOKAWA
荻堂顕 「擬傷の鳥はつかまらない」新潮社
森村誠一 「」角川文庫★
石田衣良 「池袋ウエストゲートパーク」文春文庫
京極夏彦 「姑獲鳥の夏」講談社文庫
大藪春彦 「野獣死すべし」光文社文庫
紀田順一郎 「古本屋探偵の事件簿」創元推理文庫★
逢坂剛 「クリヴィツキー症候群」講談社文庫★
逢坂剛 「おれたちの街」集英社文庫
東野圭吾 「新参者」講談社文庫
宮部みゆき 「刑事の子」光文社文庫
宮部みゆき 「淋しい狩人」新潮文庫
小杉健治 「灰の男」祥伝社文庫
半村良 「下町探偵局」角川文庫★
高野和明 「ジェノサイド」角川文庫
江戸川乱歩 「智恵の一太郎」光文社文庫(「江戸川乱歩全集 第14巻」収録)
 「シャーロック・ホームズの古典事件帖」論創社

笠原和夫「昭和の劇」復刊!

201811昭和の劇288

当ブログではこれまで何度も映画脚本家・笠原和夫のことを取り上げてきたのですが、記事を書くたびに「『昭和の劇』が品切れになっているのは残念だ」ということが頭にありました。
「昭和の劇」は笠原和夫の最晩年に刊行されたロングインタビューです。2002年11月に刊行され、奥付の刊行日からちょうど1ヶ月後に笠原和夫は世を去りました。
実を言えば筆者は、この本が出たとき、笠原和夫という存在をあまり認識してはいませんでした。
「仁義なき戦い」シリーズは見ていたものの、それ以外の深作欣二監督作品や、ましてや笠原和夫脚本を追いかけるということもしておらず、要するにほとんど関心を持ってはいなかったのです。
そんな程度だったにも関わらずなぜ書店で手にとったのか。
それは鈴木一誌によるあまりにもかっこいい装丁のためです。
なんだろうこの本は、と手に取ってパラパラめくってみたところから、大げさではなく人生が変わってしまいました。

立ち読みでチラッと内容を眺めたレベルでも、途方も無い面白さ。ずっしりとした本の厚みに見合った重量級の内容。これはとんでもない本だ。
その場で読み耽りそうになるのをなんとか堪えて、レジへ直行。当時の税率で税込4500円の本でしたが、むしろ安い、というくらいの勢いでした。
帰ってきてからは約3ヶ月間ずっと枕元に置き、特に後半部分を繰り返し読み返すという状態になってしまいました。

さて、そういうわけで、笠原和夫をあまり知らない方、興味のない方がいきなり読んでも全く問題なく楽しめる本であることは保証できます。
東映専属の脚本家として任侠映画、戦争映画、実録映画のシナリオを量産していたのですが、まず第一にここで描かれる東映という会社が最高。
「義理欠く、恥かく、人情欠く」の三かくマークを掲げる東映は、まさに実態がヤクザそのもので、抱腹絶倒エピソードが続きます。
そんな会社の中で、笠原和夫はヤクザ、戦争、テロなど、昭和史の闇に斬り込む作品を書き続けます。特に後半はシナリオ執筆のための取材エピソード、あるいは笠原和夫の目を通した昭和史が詳細に語られていきますが、この部分こそが本書の最大の価値です。
特に昭和天皇に対する並々ならぬ興味、愛憎相半ばする思いには胸が熱くなります。
本書刊行から18年経った今でも、筆者はなんとかここで語られる笠原和夫の「思想」を理解しようと、笠原の映画を観たり、シナリオを読むのはもちろん、やくざ、戦争、天皇、昭和史といったテーマの本や映画、ドキュメンタリーを漁り続けているのです。
先に書いた「人生が変わった」というのはそういう点においてです。笠原和夫の呪縛から逃れられなくなってしまったのでした。

というくらい、筆者にとっては生涯最大級の重要本、「無人島へ持っていく一冊」というよく言われる状況が本当に起こったならば、間違いなく選択するであろう本なのですが、ここ数年は品切れで書店店頭から消えていました。
筆者の記憶では、2013年頃には書店でもたまに見かけたので、刊行から10年くらいは重版していたようですが、さすがにこれだけの大部な高額本をずっと販売し続けるのは難しかったようです。

今月、これが復刊されます。

復刻版 昭和の劇
太田出版
2021-04-10


「復刻版」と銘打っているということは、ほぼ内容は変わっていないのでしょう。表紙や帯も、Amazonで確認する限りは、「【復刻版】」と入っている以外全く以前と同じです。
価格は驚きの税込9900円。
復刊されると軽装の普及版になることが多いものですが、逆で来ました。
単なる重版ではなく、あえて「復刻版」ということにしたのは、価格を変更するためなのかもしれませんね。

この価格設定はしかし、版元の「本気度」を表しているようにも思われます。
これだけの名著を再び埋もれさせるわけにはいかない。とはいえ、ロングセラーとして書店に常備してもらえるような本でもない。
となると、倉庫に置いて一冊ずつ注文に応じる、あるいは図書館が買い上げてくれるのを期待する、そのような形で細く長く販売を続けることになりますが、それでもペイできる価格設定。
きっとそうに違いない。太田出版は社が存続する限り、本書を品切れにはしないはずだ。
この記事を読んでいる皆さん、ここは一つ、社会貢献のつもりで買いましょう。内容的には1万円払う価値は十分にあります。それで一生、楽しめるのですから。

筆者もこれだけお世話になったお礼にもう一冊くらい買っておこうかな、と思わないでもありませんが、いやしかしさすがにこの価格で「ダブり本」は妻が承知しない。
せめて改めてブログで紹介し、一冊でもたくさん売れて、一日でも長く本書の販売が続くことを祈るばかりです。あと、近所の図書館にリクエストして入れてもらうようがんばります。

復刊を希望する島田荘司初期作品

202003網走発遙かなり019

島田荘司の初期作品は本当に惚れ惚れするような傑作が揃っているのですが、時の流れには勝てず、長らく書店で入手困難な作品がいくつかあります。
電子書籍で読めるものもありますが、とはいえやはり書店に並んでいないのはさびしい限り。
最近になってそんな状態だった「火刑都市」や「毒を売る女」が復刊されましたが、続けて出してくれないかな、と思う作品を書き出してみようと思います。

『網走発 遙かなり』

「網走発 遙かなり」は短編集というべきか連作長編というべきか、ちょっと不思議な作品です。
「丘の上」「化石の街」「乱歩の幻影」「網走発 遙かなり」という4つの作品が収録されています。
はじめの3つは互いに特に関係が無い完全に独立した短編小説なのですが、最後まで読むと全てを含めて長編小説となっているという構成で、紹介のされ方によって「短編集」「長編」「連作長編」といろいろ解釈されています。
筆者としては、実は断然「短編集」としてものすごく好きな作品です。
いずれの作品もが、ネタも完成度も優れたものばかり。以前に、Amazonが島田荘司短編のベストを募集していたとき、喜国雅彦氏はこの短編集の全作品を挙げていましたが、完全に同意見です(10年以上前なので、コメントのページがもはや見当たりませんが)。
本格ミステリというわけではなく、幻想小説に近いような読後感ですが、特に「乱歩の幻影」は乱歩ファン必読。これまたかなり昔ですが、日下三蔵氏の編集でちくま文庫から乱歩をテーマにした短編小説集が刊行された際、表題に選ばれたのもこの作品でした。
そんなわけで、筆者としては島田作品の中でも必読の一冊と考えているのですが、名探偵も登場せず、奇想天外なトリックもないということでファン以外にはあまり知られていないようで、ずっと品切れのままになっています。
これは後世に残すべきといって良いレベルの作品集だと思うのですが……

『切り裂きジャック・百年の孤独』

これははじめ集英社から単行本で刊行され、集英社文庫へ収録された後、15年くらい前に文春文庫に収録されたこともありますが、それももはや品切れです。
1888年にロンドンで跳梁した殺人鬼・切り裂きジャック。1988年にその再来かと思われる事件がベルリン(東西冷戦下の!)で起こり、百年前の事件と合わせて「クリーン・ミステリ」氏なる日本人が解決します。
そう、これは御手洗潔シリーズの番外編でもあるのです。
ところでやはり御手洗シリーズ番外編である短編「糸ノコとジグザグ」に登場する演説男の正体が御手洗であることは、その後の作品で明記されていますが、「クリーン・ミステリ」氏についてはその後の作品では全く言及されていません。
このため、これが御手洗潔なのかどうか、筆者は長年よくわらかないまま過ごしていたのですが、実は島田荘司先生のサイン会に参加した際、無粋を承知でこの件を尋ねてみたことがあります。
その時は「うーん、別の名前をつけるとやはり別人格が生まれてしまうわけで(ごにょごにょ)」という感じでお言葉を濁され、YesともNoとも全くわからないお返事でした。そのような場で徹底的に究明するわけにもいかず、謎のままです。

『嘘でもいいから殺人事件』

島田荘司はユーモアという点でも抜群のセンスがあり、「斜め屋敷の犯罪」「漱石と倫敦ミイラ殺人事件」など抱腹絶倒のシーンがいくつも印象に残っていますが、この「嘘でもいいから殺人事件」は、はっきりと「ユーモアミステリ」を標榜したものです。
やらせ番組のテレビクルーが東京湾に浮かぶ猿島を舞台にした殺人事件に遭遇する、という80年代的なノリのドタバタ劇なのですが、実は事件自体はガッツリした本格ミステリ。いつもどおり血まみれの死体が出てきて、大技のトリックも決めています。

『展望塔の殺人』

島田荘司最初の短編集でカッパ・ノベルスから刊行されました。
第2短編集「毒を売る女」(これも大傑作)の人気に隠れている印象がありますが、かなりの力作が並びます。
特に「都市の声」「発狂する重役」なんかは初期の代表作と言ってよいと思います。
「毒を売る女」が復刊された機会にこちらもぜひ!
カッパ・ノベルスからその次に出た短編集「踊る手なが猿」も名作が並んでいます。

というわけで、思いつくままに現在、文庫が品切れの作品を並べてみました(全集には収録されてます)

網走発遥かなり (講談社文庫)
島田 荘司
講談社
1990-07T


切り裂きジャック・百年の孤独
島田荘司
文藝春秋
2014-09-26




展望塔の殺人 (光文社文庫)
島田 荘司
光文社
1991-03T

 

関連コンテンツ

スポンサーリンク
profile

筆者:squibbon
幼稚園児の頃から40を過ぎた現在に至るまで読書が趣味。学生時代は読書系のサークルに所属し、現在も出版業界の片隅で禄を食んでいます。
好きな作家:江戸川乱歩、横溝正史、都筑道夫、泡坂妻夫、筒井康隆、山田風太郎、吉村昭。好きな音楽:筋肉少女帯、中島みゆき。好きな映画:笠原和夫、黒澤明、野村芳太郎、クエンティン・タランティーノ、ティム・バートン、スティーヴン・スピルバーグ、デヴィッド・フィンチャー。
ブログ更新通知:https://twitter.com/squibbon19

プロフィール

squibbon