201708みちのく怪談コンテスト116

戦争や自然災害など、大きな惨事のあとには怪談が生まれます。
このことについてはいろいろな人が分析をしていますが、死者の鎮魂とともに、惨事を物語として語ることで、後世へ記憶を受け継ぐ役割を果たしています。
2011年の東日本大震災のあとも数多くの怪談が生まれ、その一部は書籍やテレビ番組にまとめられつつあります。
それらをご紹介します。
(リンク先は全てAmazonです)

みちのく怪談コンテスト傑作選 2011 (叢書東北の声)
高橋克彦・赤坂憲雄・東雅夫 編
荒蝦夷
2013-08


大震災後、真っ先に怪談集を出版したのは、仙台を拠点に活動する出版社・荒蝦夷でした。
実は荒蝦夷は、怪談界の大御所・東雅夫と組んで、大震災前年の2010年から、遠野物語百周年を記念して「みちのく怪談プロジェクト」というものを始めていました。東北を舞台にした怪談を一般から公募するという企画です。
企画がスタートした矢先に、東日本大震災が発生したというわけなのです。
この大惨事を語りつぐための受け皿として、何ものかの力が「みちのく怪談プロジェクト」を始めさせていたのではないか、と思ってしまうほど奇跡的なタイミングなのですが、結果的にコンテスト第2回目となる2011年版には、震災にまつわる怪談が数多く集められることになりました。
むろん、企画の趣旨は震災に限られておらず、別のテーマの怪談もたくさん収録されていますが、やはり際立つのは震災関連のものでした。
本書の刊行とほぼ同時に、NHKスペシャル「亡き人との“再会” ~被災地 三度目の夏に~」も放映されました。荒蝦夷の書籍と歩調を揃えたのかどうかはわかりませんが、例えば須藤茜「白い花弁」など同じエピソードも番組で紹介されました。
コンテストは翌年に第3回が実施されましたが、これは書籍化されておらず、そのままコンテスト自体は中断しているようです。何年かおきでもよいので、また実施して、集まったエピソードを刊行してほしいものです。

震災後の不思議な話 三陸の怪談
宇田川敬介
飛鳥新社
2016-03-26


昨年刊行されたのが本書です。
著者が現地で取材したエピソードをまとめたものですが、地名や人名を全て伏せているため、荒蝦夷の「署名記事」に比べると迫真性がやや欠けます。
また、感動的なエピソードに絞っている点も、怪談好きの筆者としてはやや白けてしまいま。
とはいえ、一般の出版社(在東北あるいは怪談専門などの特別な事情のない出版社)がこのテーマに進出したというのは、特筆すべきことと感じました。
この年にはもう一冊出ています。



これは怪談集を意図したものではなく、東北学院大学の社会学ゼミの学生が生と死をテーマに震災について取材したレポートをまとめたものです。葬儀や震災遺構の保存といったテーマと並べて、幽霊現象についても書かれています。
学生による学術的なレポートであるため、単なる噂話として処理せず、幽霊が乗ったとされるタクシーが「無賃乗車」と記録されていることを確認するなどしており、話題となりました。物語としての怪談集とは別の視点で東北で起こる怪異に目を向けています。



今のところこのテーマを扱った本としては最新刊です。ノンフィクション作家・奥野修司が取材したものです。
登場している人たちは特に事情がない限り実名とのことで、怪異のスタイルも多岐にわたっており、興味深い内容です。
ただ、やはり「感動」を主軸に据えている点がいただけません。
親しい人を亡くしたあと、その人がまたそっと会いにきてくれたら、それはむろんのこと嬉しいでしょうし、エピソードとしては感動的です。しかし、例えば幽霊を乗せてしまったタクシー運転手などにとっては、怪異は「感動」ではなく「恐怖」です。本書でもこのような「恐怖」体験が全く避けられています。

以下、筆者の「怪談観」ですが、怪談の主眼はやはり「怖い」ことだと思います。
震災の記憶が生々しい今の時点で、恐怖をテーマにした実話怪談をまとめるのは、まだ時期尚早であり、感動をメインに据えてしまうのはやむを得ないことかもしれません。
しかし、後世へ語り継がれる、物語としての強さを持っているのは、「感動」よりも「恐怖」だと思います。
筆者の出身は名古屋なのですが、実家には偕成社からむかし刊行されていた「愛知県の民話」という本がありました。
この本には近世以前から伝わる昔話や民話に混じって、名古屋大空襲や伊勢湾台風にまつわる現代民話も収録されています。
そこまでとんでもなく怖い話ではないのですが、小学生の頃の筆者はこれらの話を「怖い」と感じ、だからこそ、空襲や台風の惨禍を我が事としてリアルに実感することができました。
今の時期に震災を「単なるホラー」として消費するのは不謹慎と批判されても致し方ないとは思います。
しかし、震災の「恐怖」を語りつぐためにはいずれ「怖い」怪談も必要となります。
そのときには、この手の話がはばかることなく書籍にまとめられてほしいと思っています。