20170528福島萍人『続有楽町』

島田荘司に『網走発遙かなり』という連作短編集があります。
個人的には、島田荘司の最高傑作は何かと問われれば、さんざん悩んだ末に本書を挙げます。
これがいかに傑作なのかを語り始めると長くなるのでまたの機会に譲るとして、この作品集には「乱歩の幻影」という短編が収録されています。

これは乱歩の大ファンとして少女時代を過ごした主人公が、夫の蔵書を通して明智小五郎にはモデルとなっていた人物があったことを知り、その足跡を追っていく物語なのですが、この「夫がたまたま持っていた本」というのが今回ご紹介する福島萍人ふくしまひょうじんの随筆集『続有楽町』なのです。
作中には福島萍人氏も気難しい芸術家肌の老人として登場し、該当する章「江戸川乱歩の友人」の全文が引用されています。

引用された内容が、かなり不思議なものであることもあり、「乱歩の幻影」だけ読んでいると、とても実在するとは思えない本なのですが、『網走発遙かなり』の巻末には参考文献として記載され、「この随筆集は実在します」という注釈までついているのです。
ということは本当に存在しているのか? どうやら作中に書かれているとおり、自費出版で限られた部数が発行されたようなのです。
「乱歩の幻影」には、主人公の夫が『続有楽町』を入手した経緯が書かれていますが、これは恐らく島田荘司が入手した経緯そのままでしょう。

島田荘司がたまたまこんな珍本を入手したことから、「乱歩の幻影」という傑作短編が生まれ、また『続有楽町』という随筆集の存在、そしてそこに書かれた明智小五郎のモデルについてのエピソードも世に知られることになりました。
少部数発行の自費出版書籍が、よりにもよって島田荘司の手にわたるという、この奇跡。島田荘司は稀代のストリーテラーであるとともに、熱心な乱歩の研究家でもあるのです。
これは、大げさではなく文学史上に特筆すべき奇跡的な事件です。
このできごとに、筆者は神の存在を感じてしまうほどです。
江戸川乱歩と島田荘司のマニアを自任している人間としては、これはなんとしても手に入れたい本でした。

そんなわけで、『網走発遙かなり』を読んだ中学2年生の頃から、ずっと探し続けてはいましたが、全く見かけることはなく、入手不可能な幻の本だと諦めていました。
名張市立図書館が編纂した、江戸川乱歩に関するあらゆる文章をリスト化している『乱歩文献データブック』にも、「乱歩の幻影」は載っていても『続有楽町』については何も書かれていないのです。
書籍収集のプロにすら見つけられない本。そんなものを見つけられるワケがない。

ところが!

一応、何年かに一回くらいの頻度で思い出すと、ネットの古書店などで検索をかけていたのですが、先日久しぶりに探してみたところ、出品されているのをついに発見!
本物なのかどうかかなり疑いましたが(いや疑う理由などないのですが、全く信じられないことだったので)、エイッ、と注文し、とうとう幻の本を入手できました。

といっても、興味があるのは「江戸川乱歩の友人」の章のみで、しかもそれは「乱歩の幻影」で何度も読んでいるのですが、いやしかし、願いが叶い感無量です。

特に内容的に紹介したいことがあるわけではなく、単に自慢したかっただけの記事ですが、一応、目次くらいご紹介しておきましょう。
なお、冒頭に掲載した表紙絵は著者本人の筆になるものです。

序(渋沢秀雄)
五月の高原
おえかきさま

毛世良先生行状記
 (一)犬とセールスマン
 (二)痴漢よ他所に行ってくれ
 (三)函館へ
 (四)音痴
 (五)木曽路
 (六)ゆり篭から墓場まで
 (七)ああ、父の日
 (八)魚軒翁と私
 (九)そこに山があるから
 (十)秋は風にのって
 (十一)塾長
 (十二)鉄道員
アカシヤのみち
蛸壺
待つ間も楽し

自転車
歩道

とげ抜き地蔵
関の孫八物語
江戸川乱歩の友人
名優
パリだより(一)
パリだより(二)
臍はへそでも
肖像画
夜霧のあとで
ドン・キホーテの風車は日本にもある
お手手つないで
拾われた聖徳太子
銀貨
ヨーロッパのデッサン
 (一)パリ(A)
 (二)パリ(B)
 (三)パリ(C)
 (四)闘牛の街マドリード
 (五)ローマの休日
 (六)落日のロンドン
 (七)ジュネーブで
 (八)国境の町
 (九)トイレところどころ
露草

火の車
殴られなかった彼奴
正月こじき旅行
ためいき
おはぎ
男なら
たたきつけられなかった辞表
幽霊船
女拓
受賞
天気誤報
デイト
渚にて
五十両の嘘
絵画館壁画秘話
スリ
社会の窓
明治は良き時代でありました
責任の行方
浅草のシルエット
 (一)大正末期のころ
 (二)魅力の底辺
 (三)大道芸人
 (四)瓢箪池
 (五)似顔絵かき
 (六)紙芝居由来
 (七)ストリップ
?
ほづつのひびき

民宿
火野葦平の横顔
北畠老人
かえってきた忘れもの

星は地に落ちた
万博を顧みて
モナ・リザ
先生
山下清の生きた時代
万年筆
もう一人の私
旅、そして

宮仕え
みんなで語ろう
あとがき


ご覧のとおり、探偵小説は全く無縁の随筆集です。
全301ページの中にこれだけの随筆が収録されていますので、ほとんどは3~5ページの短いものです。12ページにわたる「江戸川乱歩の友人」は本書の中では最長のものです。




ちなみに、『網走発遙かなり』は4つの短編を収録した連作集ですが、第3話まではほぼ完全に独立した内容となっていたものが、第4話に至って実はひとつながりの物語であったとわかり仕掛けになっています。「乱歩の幻影」は第3話にあたり、これだけで読んでも一向に差し支えないため(実際、初出の雑誌掲載時は独立した作品として発表されました)、乱歩関係の文章を集めたアンソロジーなどにも収録されています。



乱歩(上)
講談社
1994-09-21