備忘の都

40年間の読書で得た偏った知識をツギハギしながら、偏った記事をまとめています。同好の士の参考に。

石井輝男

詳解「江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間」その2 シナリオ分析

201708恐怖奇形人間108

前回の記事に書いたとおり、この映画は乱歩の「孤島の鬼」「パノラマ島奇談」をベースに物語が作られています。
では、これら乱歩作品の要素はシナリオにどのように現れているのか、それを見ていきます。
この作品のシナリオはワイズ出版『日本カルト映画全集1 江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』に全文収録されていますので、容易に読むことができます。
この本は20年以上も前に刊行されたものですが、今も版を重ねているようで、今回のDVD化でもう一回くらいは刷るのでは、と睨んでいます。
なお、今回の記事は本編ではなく、シナリオを見ていきますので、部分的に本編とは異なる描写があるかもしれません。

キャラクターについて

各登場人物は「パノラマ島奇談」「孤島の鬼」あるいはその他の乱歩作品のモチーフを複合的に持ち合わせます。

【人見広介】
以下の3人の複合体。なかなかうまく組み合わせていて、よくできたキャラだと思います。
・人見広介(パノラマ島奇談)
 自分に瓜二つの大富豪、菰田源三郎が死亡したと知り、墓場から蘇ったふりをして菰田になりすます。そして莫大な財力を駆使して、自身の夢であったパノラマ島を作りあげる。
・蓑浦金之助(孤島の鬼)
 恋人を殺され、その謎を解くために親友、諸戸の故郷である孤島へわたる。そこで出会った奇形の少女は殺された恋人に瓜二つであった。
・諸戸道雄(孤島の鬼)
 父である丈五郎は奇形人間を人工的に製造するため、道雄を医科大学へ進学させる。蓑浦とともに島へ渡った道雄は父の企みを阻止しようと画策する。

【菰田丈五郎】
名前のとおり、菰田源三郎の父という設定ながら、実質的には「孤島の鬼」の諸戸丈五郎の役です。

【秀子・初代】
いずれも「孤島の鬼」に登場。初代は諸戸道雄の恋人。初代と瓜二つで秀子は孤島でシャム双生児に改造されていた少女。初代のキャラは原作から改変されています。

【菰田千代子】
「パノラマ島奇談」菰田源三郎の妻。原作そのままの設定と役回り。

【静子】
映画では菰田源三郎の愛人という役回りですが、「パノラマ島奇談」「孤島の鬼」には該当する人物はいません。「静子」という名は「陰獣」のヒロインからの流用と思われます。

【蛭川】
「蛭川」なる人名もいかにも乱歩風の名前ですが、実際には乱歩作品には見当たりません(たぶん)。大下宇陀児に「蛭川博士」という作品があるため、そこからの連想かと思われます。

【明智小五郎】
「パノラマ島奇談」の終盤に登場する探偵は北見小五郎で、明智っぽいけれど明智ではありません。
明智を演じた大木実はこの映画の7年前、大映版「黒蜥蜴」(井上梅次監督)でもにこやかに明智を演じていました。

ストーリーについて

この映画は「パノラマ島奇談」と「孤島の鬼」を組み合わせたものですが、言われてみるとたしかにどちらも「狂気にとらわれた男が孤島に理想郷を作る」という話で、どこの部分がどちらの作品から持ってきたのかよくわからなくなるくらい、組み合わせてみるとしっくり馴染みます。
前回の記事で書いたとおり、脚本家・掛札昌裕が「パノラマ島奇談」を、監督・石井輝男が「孤島の鬼」を、それぞれ原作として推薦し、両方を取り入れたため、このような形になったのであり、偶然の産物ではありますが、なかなかよくできた組み合わせです。
シナリオにそって、どのシーンをどの作品から持ってきているかを見ていきます。

冒頭、二匹の蜘蛛が絡み合い、雌が雄を食い殺す様子をバックにタイトル。
蜘蛛といえば、乱歩はこの世で最も嫌いなものとして、エッセイなどでよく言及しています。また「蜘蛛男」という小説もあり、このあたりを念頭に置いたシーンでしょう。雌が雄を食い殺す描写は、この映画が製作される15年前に発表された乱歩晩年の長編「化人幻戯」も連想します。

精神病棟の中にいる主人公・人見広介。
精神病棟という舞台は、夢野久作「ドグラ・マグラ」の冒頭を連想します。乱歩には精神病棟が舞台となる作品は無かったように思います。

人見広介は精神病棟の中で聞き覚えのある歌を耳にし、波が断崖へ打ち寄せる景色を思い出す。
これは、「孤島の鬼」での諸戸道雄と初代のやりとりを脚色して流用。

謎の少女・初代が所属する曲馬団。
「孤島の鬼」にも事件の黒幕へつながる曲馬団が登場。

初代の胸へ突き刺さるナイフ。
「孤島の鬼」の初代も殺されるが、衆人環視の中で刺殺されるのは探偵の深山木幸吉。

初代の言葉から裏日本へ向かう主人公。
この映画では舞台となる孤島は日本海と設定されていますが、「孤島の鬼」は南紀、「パノラマ島奇談」は志摩が舞台です。乱歩で日本海というと「押絵と旅する男」がありますが、ここからの連想でしょうか?

自分と瓜二つの男・菰田源三郎になりすます主人公。
この辺りの流れは「パノラマ島奇談」からほぼそのまま。

源三郎の父・丈五郎の支配する島へわたる。
この辺から、「パノラマ島奇談」「孤島の鬼」両作品がこねくり回された状態になってきます。

終盤についてはネタバレ(という概念はこの作品には不要かもしれませんが……)回避のため、省略しますが、明智の唐突な登場などは、いかにも乱歩です。
ただ、血の通った兄と妹の悲恋という部分については、乱歩には例が無いように思います。冒頭の精神病院と同じく、夢野久作からの連想では、という気もします。

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詳解「江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間」その1 製作の背景

201708恐怖奇形人間107

何回かにわたって、昭和44年公開の東映「江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間」についてのあれこれをご紹介します。
この映画は邦画最大のカルト映画とよく言われており、国内ではこれまでソフト化されることなく、名画座でのリバイバル上映のみで、数多くの熱狂的なファンを生んできました。
このたび、10月に初の国内版DVDが発売されるそうで、改めてこの映画に注目が集まるこの機に記事を書いておきます。

製作の背景

そもそも、この映画は東映の「異常性愛路線」の一篇として企画されました。
プログラムピクチャー中心に映画が作られていた当時、東映の主力となっていたのは任侠・アクション、そしてポルノでした。
ポルノとは言っても、専門の監督がいるわけではなく、鈴木則文や石井輝男など、アクションも撮れば、任侠も撮る、という職人的な監督たちが起用されていました。
このうち、石井輝男が監督した以下のポルノ映画諸作が「異常性愛路線」と言われています。

徳川女系図
温泉あんま芸者
徳川女刑罰史
残酷・異常・虐待物語 元禄女系図
異常性愛記録 ハレンチ
徳川いれずみ師 責め地獄
やくざ刑罰史 私刑!
明治・大正・昭和 猟奇女犯罪史
江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間

石井輝男はこれ以前に「網走番外地」シリーズでヒットメーカーの地位を確立していましたが、任侠ものに飽きてきたこともあり、ポルノ映画へ参加。こちらでもヒットを飛ばします。
「恐怖奇形人間」の直前に監督した「明治・大正・昭和 猟奇女犯罪史」には、阿部定本人を登場させるなど、話題を集めていました。



石井輝男へのインタビューで構成された『石井輝男映画魂』には以下のような情報があります。
・石井監督としては「商売になる映画」を休みたかった。
・プロデューサーの天尾完次は同時に製作中だった中島貞夫監督のオールスター映画「日本暗殺秘録」に手を取られて、「恐怖奇形人間」にはあまり関わることができなった。

石井は後年にも「盲獣VS一寸法師」を製作するなど、乱歩への愛情は生涯変わらないので、「恐怖奇形人間」も乗り気の企画だったとは思いますが、上記2点から伺われるのは、会社的にはこの映画はそれほど重要な作品とは考えられていなかったということです。
このことが逆に、石井輝男の実験的な画作りを邪魔せず、ある程度自由に撮れたのかもしれません。

この映画は乱歩の「孤島の鬼」「パノラマ島奇談」をベースに物語が作られています。
昭和44年というと、乱歩の没後4年がたっていますが、この年、没後初めての全集が講談社から刊行されました。
乱歩のブームはこれまで何度も繰り返されてきましたが、昭和44年といえば、社会派推理小説の最盛期で、探偵小説の復権はまだ数年先のことです。しかし、全集が刊行されるなどして、乱歩にちょっとした注目が集まっているタイミングだったのです。

話がそれますが、今は「全集」というと、価格も高く、場所も取り、よほどの愛好家か研究者でなければ手を出さないものですが、当時の「全集」はもっと気楽に読まれているものでした。文庫本も今ほどは盛大に刊行されていなかった時代であり、作家の旧作を読むために全集を買うということは一般読者にとっても当たり前の選択肢でした。
というわけで、今は全集が刊行中だからといってその作家のブームとは限りませんが(現に谷崎潤一郎と夢野久作の全集が目下刊行中ですが、ぜんぜんブームではありません)、しかし、当時は「ちょっとしたブーム」という程度には社会に影響を与えていたわけです。

さて、そのような時代にこの映画は作られたわけですが、タイトルの「江戸川乱歩全集」とは、どういうことか?
いくつかの乱歩作品からモチーフを寄せ集めているためこのように表現しているのかと思っていましたが、実は違いました。
少し前に発行された『僕らを育てたすごい脚本の人 掛札昌裕インタビュー』という本があります。

僕らを育てたすごい脚本の人
掛札 昌裕
アンド・ナウの会
2012-08-10


「恐怖奇形人間」の脚本を書いた掛札昌裕へ唐沢俊一らがインタビューしている本なのですが、「恐怖奇形人間」についても少しだけ語っています。
もともと横溝正史か江戸川乱歩の原作で企画を立てており、掛札としては横溝でやりたかったそうなのですが、監督の石井輝男が乱歩をやりたがったことと、ちょうど全集が刊行中だったことから、乱歩原作と決まったとのことです。
「江戸川乱歩全集」と銘打っているのは、単に乱歩全集が刊行されている最中だから、サブタイトルに使わせてもらおう、というだけの興行上の理由で、本編にはあまり関係ないようです。
では、乱歩ネタで行くとして、原作は何を使うか。
掛札は「孤島の鬼」を提案したそうですが、石井は「パノラマ島奇談」がよいと言い、このため両者をミックスした物語になったそうです。

一方の石井輝男ですが、『完本石井輝男映画魂』では作品選択の背景はあまり詳しく語られていません。乱歩についても、昔から好きだったからこのタイミングでなんとなく出ちゃった、という程度の話をしています。
掛札の証言の方が、いかにも東映らしい商売感覚が見られますので、そちらが正解なのでしょう。

製作された映画は東映ポルノの一作ということで成人映画として公開されていますが、今回のDVD化にあたってはR18ではなく、PG12が適用されています。
「本作品は、現在の基準による審査を受けた結果PG12指定となっております。劇場公開におきましては成人指定にて上映しておりますが、収録された作品内容は劇場公開時と同一のものとなります。」
とのことです。



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ワイズ出版映画文庫を応援する

ワイズ出版は映画関連本、それもすごくシブい本をほぼ専門にしている出版社ですが、5年ほど前から「ワイズ出版映画文庫」というシリーズを刊行しています。
今のところ13冊刊行されていますが、これがすばらしいラインナップ。
といっても、ほとんどが過去のワイズ出版から刊行された単行本を文庫化しているものなのですが、ワイズ出版の本は値の張る上に、分厚くて本棚の場所を大きく塞いでしまうものが多く、「ちょっと興味がある」という程度のものだとなかなか手を出せません。文庫版になっても本体価格で1500円程度と、判型の割には安くはありませんが、それでも「ちょっと興味がある」程度でどんどん買ってしまえる価格とサイズです。

まずはこれまでのラインナップをご紹介します。(数字は背表紙に印刷されたナンバー)

1 完本石井輝男映画魂 石井輝男・福間健二
2 マキノ雅弘の世界 映画的な、あまりに映画的な 山田宏一
3 沢島忠全仕事 ボンゆっくり落ちやいね 澤島忠
4 加藤泰 映画華  抒情と情動 加藤泰・鈴村たけし
5 映画監督増村保造の世界 上 増村保造
6 特技監督中野昭慶 中野昭慶・染谷勝樹
7 遊撃の美学 映画監督中島貞夫 上 中島貞夫・河野眞吾
8 映画監督増村保造の世界 下 増村保造
9 遊撃の美学 映画監督中島貞夫 下 中島貞夫・河野眞吾
10 映画俳優 安藤昇 安藤昇・山口猛
11 日本映画について私が学んだ二、三の事柄 映画的な、あまりに映画的な 1 山田宏一
12 日本映画について私が学んだ二、三の事柄 映画的な、あまりに映画的な 2 山田宏一
13 不死蝶 岸田森 小幡貴一・田辺友貴

タイトルを見るだけで「買わなくっちゃ、買わなくっちゃ」と思ってしまう並びですが、以下、簡単に内容をご紹介します。



親本は1991年にワイズ出版より刊行された『石井輝男映画魂』。「網走番外地」「江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間」「徳川女刑罰史」「直撃!地獄拳」など、カルト的人気を誇る映画を数多く監督した石井輝男のインタビュー集です。単行本のときになかった「完本」が加えられているのは、その後のフィルモグラフィーなど資料が追加されているため。



いずれもワイズ出版から刊行された『次郎長三国志 マキノ雅弘の世界』(2002年)と『日本侠客伝 マキノ雅弘の世界』(2007年)を合本にしたもの。著者がこれまでに書いてきたマキノ雅弘関連の文章を集成したもの。インタビューも収録されています。



親本は2001年に同タイトルで刊行。全監督作をインタビューで語っています。「人生劇場 飛車角」は東映任侠路線第一作と言われています。



親本は1995年刊行。過去のエッセイに加え、全作品紹介。作品紹介には、加藤泰自身が書いた関連の文章が付されています。




今も熱心なファンが多い、大映で撮った一連の文芸映画や、「大映ドラマ」と言われる70年代のドラマなどで知られる増村保造。自身のエッセイや評論に加え、関係者のインタビュー、詳細なフィルモグラフィーを収録。
親本は1999年に一巻本で刊行。



東宝で円谷英二の薫陶を受けた特技監督・中野昭慶てるよしのインタビューによる全作品回顧。親本は2007年刊。




「日本暗殺秘録」「狂った野獣」「日本の首領」シリーズなどを撮った中島貞夫のインタビューによる全作品回顧。
親本は2004年刊。この親本の装丁は、笠原和夫『昭和の劇』、深作欣二『映画監督深作欣二』と同じく鈴木一誌によるもので、むちゃくちゃかっこいい本でした。



元ヤクザの映画俳優・安藤昇のインタビュー、著者の作品評を収録。親本は2002年。




97年に刊行された『山田宏一の日本映画誌』を分冊して文庫化したもの。
黒澤明から、寅さん、ロマンポルノまで、縦横無尽に邦画を論じた著者の評論集成。



親本は2000年刊行。怪奇俳優・岸田森について書かれた文章、本人のエッセイ、フィルモグラフィーなどを収録。

『不死蝶』が刊行されてから、しばらく止まっていますが、今後の希望を言えば、永らく品切れになっている『惹句術』を文庫化してほしいです。(単行本で持っていますが)


profile

筆者:squibbon
幼稚園児の頃から40を過ぎた現在に至るまで読書が趣味。学生時代は読書系のサークルに所属し、現在も出版業界の片隅で禄を食んでいます。
好きな作家:江戸川乱歩、横溝正史、都筑道夫、泡坂妻夫、筒井康隆、山田風太郎、吉村昭。好きな音楽:筋肉少女帯、中島みゆき。好きな映画:笠原和夫、黒澤明、野村芳太郎、クエンティン・タランティーノ、ティム・バートン、スティーヴン・スピルバーグ、デヴィッド・フィンチャー。
ブログ更新通知:https://twitter.com/squibbon19

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