備忘の都

40年間の読書で得た偏った知識をツギハギしながら、偏った記事をまとめています。同好の士の参考に。

清水崇

90~00年代Jホラー懐古 第5回 劇場版「呪怨」

201709呪怨129

今回はビデオ版「呪怨」登場以降の展開について。

前回の記事に書いたとおり、筆者は「呪怨」のビデオを初めて借りるまでには少々苦労しましたが、その後はかなりの勢いで何度も何度も借りてきては、そのたびに震え上がるという生活を送っていました。
そんなに借りるなら、買えばいいじゃないかと話で、実際に筆者は手元に置きたくて仕方なかったのですが、当時はまだDVD黎明期。「呪怨」はVHSしか発売されておらず、またそれは一般向けではなくレンタルショップ向けのもので、非常に高額でした。
そんなわけで、何度も何度も借りるしかなかったわけです。
ようやくDVDが発売されたのは2003年1月。劇場版「呪怨」の公開にあわせてのものでした。

ところで、オリジナルビデオ発のシリーズが劇場版公開ともなれば、すでに人気は絶頂期、と思われるかも知れませんが、実際には「呪怨」が好きなのはホラーマニアだけで、まだまだ世間一般では知られていなかったのです。
リアルタイムでも、自分の熱狂ぶりと世間一般との「ズレ」は認識していました。
ビデオ版「呪怨」の発売情報は2002年暮れの時点で知っていたため、発売日を指折り数えて待っていました。ところが、発売日当日の昼休みに職場近くのCDショップへ出かけると店頭に見当たらず。店員へ尋ねると、なんと「入荷していない」という返事でした。
おいおい、それくらいチェックしておけよ、と思いながら別の店へ行くとそこでも入荷無し。
結局3軒目で買いましたが、棚へポツンと差してあるだけで、全く「話題の新作」という扱いではありませんでした。

さらに、劇場版の公開も単館系での興行でした。
筆者はテアトル新宿での初日、初回上映前に清水崇の舞台挨拶があると知り、その日は仕事を休みにして早朝から駆けつけました。
11時開演のところ、8時半に劇場へ到着すると、すでに長蛇の列で「あ、やっぱり人気があるんだ」と思いましたが、実はそうではなく、奥菜恵、伊東美咲といった(当時はアイドル扱いの)女優陣も登場するため、そっち目当ての客ばかりでした。舞台挨拶が始まると客席は巨大なレンズの放列。司会者が「撮影禁止」と何度も呼びかけているものの、お構いなしの状況でした。清水崇目当ての客は何割もいなかったのではないでしょうか。
そのときは「アイドルの力に頼らずにホラーが客を呼べる時代になってほしい」と思ったことを覚えています。

ところが、そんな時代はすぐに来ました。
劇場版「呪怨」が大ヒットしたためです。
正直な感想を言えば、映画館で観る「呪怨」はそれほど怖いと思えず、「やっぱり夜中に一人で観たほうが怖いよな」と思いましたが、アイドルに釣られて劇場へ来た観客には衝撃的な怖さだったようです。
劇場版「呪怨2」の製作や、ハリウッドリメイクについては劇場版一作目のヒットによるものではなく、実はこの一作目初日の舞台挨拶の中で公表されていました。
したがって、製作側としてはヒットを確信していたと思われます。
穿ちすぎかも知れませんが、ヒットが確実にもかかわらず単館上映からスタートしたのは「じわじわと口コミで怖さが広がった」と宣伝したいがための演出だったのかも、という気もしないでもありません。とはいえ、実際にじわじわと恐怖は伝播していくことになったわけです。
劇場版のDVDが発売されるときには、どこのショップでも山積み。わずか数ヶ月で隔世の感がありました。

約半年後に劇場版「呪怨2」が公開されました。
このときには、世間はもう大変な盛り上がりでした。
試写会も何度も行われていたため、周囲のホラー好きはみんな試写会で観ていました。筆者は公開の一週間前に行われた先行オールナイトで観たのですが、あまりに事前の情報が多すぎたため、公開前なのに「やっと観れた」という気分でした。
この「呪怨2」は1作目よりもさらに怖くない映画になってしまっているのですが、お化け屋敷映画としてはものすごく楽しい仕上がりで、清水崇の力量をこれまで以上に感じる内容でした。

清水崇はこの2003年は大活躍の年でした。
劇場版「呪怨」2本の製作・公開と平行して、盟友・豊島圭介監督と自主制作の企画「幽霊VS宇宙人」を上映しています。
こちらはホラーの体裁を取りながら完全にギャグに走った内容で、本来の姿を伺われる作品です。ビデオ版「呪怨」を初めて観たときの「この人はは一人くらい殺しているに違いない」というような凶暴な印象は、すでに跡形もなくなりました。
余談ですが、清水監督の素顔といえば、「呪怨」のDVDに必ず収録されるオーディオコメンタリーも最高に楽しい内容です。撮影時の意図や裏話を真面目に語っている部分もありますが、大半は自作にツッコミを入れながらゲラゲラ笑っていて、オーディオコメンタリーをONにして「呪怨」を鑑賞すると、真夜中に一人で観ても全然平気になります。
筆者はこの年8月に下北沢であった「幽霊VS宇宙人」の上映会を覗きいったのですが、会場へ着いてから、清水崇と豊島圭介とが日替わりでトークをしていると知りました。
当日は豊島監督の日で、この方も非常に楽しいトークで、あっという間にファンになってしまいましたが、やはり清水監督のトークも聞きたい。そんなわけで、翌日も同じ劇場へ行き、トーク終了後にロビーでのんびりしている清水監督からサインをもらったりしたものです。

それはさておき、劇場版「呪怨2」公開の直前には宝島社から「最恐伝説 呪怨」というムックが発売されます。宝島社から出るこの手のファンブックは微妙な内容のものが多いのですが、「呪怨」に関してはかなり充実した内容で、清水崇も全面的に協力しています。エッセイの寄稿やインタビュー、対談はもちろん、自筆の短編漫画まで掲載されています。御茶漬海苔にそっくりの筆致でものすごく納得しました。

そんな感じで、個人的にはJホラーブームの絶頂期と考える2003年が過ぎていきました。

次回は、Jホラーブームの中で量産された、「リング」「呪怨」以外の主要作を振り返っていきます。

90~00年代Jホラー懐古 第4回 ビデオ版「呪怨」

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前回までに映画「リング」が登場し、Jホラーブームが幕開けるところまでお話しました。
「ブームが幕開け」た言っても、まだこの時点ではレンタルビデオ屋の棚がJホラー一色に染まった……ということはありません。
中田秀夫と高橋洋には注目が集まっており、筆者もテレビドラマ「学校の怪談」シリーズの旧作が再放送されると熱心にチェックしたり、高橋洋脚本の映画「発狂する唇」をレンタルしたりしていたものですが(このワケがわからない映画は、高橋洋のもう一つの路線)、世の中にブームが起こっているという実感はあまりありませんでした。

そんなころ、学生時代の先輩と飲んでいてホラーの話になったとき「この前、むちゃくちゃ怖い映画を観た」という話になりました。
「あれはむちゃくちゃ怖い。リングより怖い。ビデオになってるけど、絶対に夜中に観たらアカン」
全く聞いたこともないタイトルで、監督を尋ねても「忘れた」。しかし「たしか高橋洋が脚本を書いていたような……」ということなので、それならば、と見てみることにしました。
ところが、その場ではタイトルをメモしていなかったため、いざレンタルビデオ屋へ行くとタイトルを忘れてしまっており、改めて先輩へメールを送ってタイトルを確認したものです(当時はパソコンのメールしかなかったので、未だにバックアップが残っており、やりとりしたのは2000年6月6日のことでした)。
なお、先輩の上記の発言について説明すると、「高橋洋脚本」は誤りで実際には「監修」でした。しかし、東映ビデオが新人の清水崇を売り出すため、「高橋洋監修」をクローズアップしていたという事情があります。
また、「呪怨」はオリジナルビデオとして発売されましたが、先輩はこれを「劇場映画」と認識していました。というのも、「呪怨」はビデオ発売とほぼ同時に、一週間だけ単館上映していたのです(どこの劇場でいつの事だったか、資料を探せないのですが……)。先輩はこの時に劇場で鑑賞しており、今にして思えばかなりの目利きです。

当時住んでいたのは学生街が近かったため、周囲にはレンタルビデオ屋が乱立している環境でしたが、正確なタイトルを知ってからも、置いている店を発見するのに苦労しました。
それくらい、全く何も注目されていなかったのです。
ようやく見つけて、先輩の助言に逆らって真夜中に鑑賞しましたが……これは本当に観たことを後悔しましたね。
特に、後に定番となる「伽椰子の階段降り」には、目を覆いたくなったものです。
こんな映像を撮る清水崇とは何者か? きっと引きこもりの変態野郎で、こっそりと何人か殺しているに違いない、というくらいに思っていました。

さて、筆者はビデオを発見するまでにかなり苦労しましたが、やはりホラーファンのあいだではかなりの話題になっていました。
「呪怨」をようやく借りた直後に、遠く離れた地域で勤務している会社の同期と会う機会がありました。
この同期は筆者とは妙に趣味が合い、入社前の研修の時点で、公開されたばかりの「リング」の話で盛り上がっていたため、当然「呪怨」の話題になりました。
すると「『学校の怪談G』は観た? 『呪怨』のエピソードが入ってるよ」というのです。
というわけで、この時もビデオ屋へ急行し、チェックしました。
「学校の怪談G」は関西テレビで製作の「学校の怪談」シリーズの一本ですが、この中に清水崇の商業デビュー作となる掌編「片隅」と「4444444444」が収録されているのです。
これが、それぞれわずか4分間の映像にもかかわらず、とんでもなく怖い。清水崇の才能を改めてまざまざと見せつけられました。そして、とんでない変態だろうという印象はますます強まったのです。
(それにしても、大学の先輩や会社の同期などマニアックな人に囲まれて、かなりスムーズに情報を得られたのはラッキーな環境でした)

清水崇の顔を見ることができたのは「映画秘宝」2001年5月号に掲載されたインタビューが初めてです。びっくりするほど好感のもてる常識人でした。
その後、メディアの露出も増え、経歴もわかってきました。
映画の撮影現場で仕事をしながら、映画美学校へ通い、そこで黒沢清や高橋洋に注目され、「学校の怪談G」に参加することになったというのが、デビューまでの流れでした。
映画美学校で注目されるきっかけとなったのが、課題として提出した「家庭訪問」という短編です。
これは「伽椰子の階段降り」シーンのみの映像だったそうですが、このとき既に、後にずっと伽椰子を演じ続ける藤貴子が出演していたそうです。
この短編「家庭訪問」は、筆者が知る限り一度だけ劇場で上映されました。劇場版「呪怨」の何作目だったかの公開の時に監督のトークイベントがあり、その中で上映されたのです。
筆者は仕事の都合がつかなかったこともありますが、「映画館でかけられる状態なら、待っていればいずれ何かのDVDで映像特典として収録されるだろう」と高をくくり、イベントには参加しませんでした。しかし、その後15年近くたってもDVDに収録される気配はなく、Jホラーブームも終息してしまっており、今後の新たな動きは望めません。今にして思えば、千載一遇のチャンスを逃してしまったのです。

さて、高橋洋がまとめていた「小中理論」では、「幽霊は顔を出してはいけない」ということなっています。「女優霊」では思いっきり顔が出ており、高橋洋はこれを「失敗」だったとして、「リング」の貞子はずっと髪を顔の前へ垂らしています。
ところが、伽椰子はまたしても顔を晒しています。高橋洋は「監修」の立場からこの点に異議を唱えたそうですが、清水崇流の恐怖表現ということでそのまま監督の意見が採用されることになりました。結果的には、これは「成功」だったと思います。

というところで、今回はビデオ版「呪怨」の登場について語りましたが、次回は劇場版以降について語ります。 


90~00年代Jホラー懐古 第1回 概説編

201709恐怖の作法121

さて、今年は新本格30周年、宮部みゆきデビュー30周年ということで盛り上がっていますが、来年は映画「リング」が公開されて20周年ということになります。
リアルタイムで知る世代としては、なんだ「リング」が公開された頃は、綾辻行人も宮部みゆきもデビューしてまだ10年しか経っていなかったのか、と、どうでもポイントに驚いてしまいますが’(当時、どちらもすでに大御所の風格でしたので)、20年経つとあれほど熱狂したJホラーブームもすっかり鎮まってしまった印象があります。
ここらで、当時を知らない若い方のためにJホラーの歴史を語っておきたいと思います。

「Jホラー」という言葉がいつから言われ始めたのか忘れてしまいましたが、個人的には「呪怨」の劇場版とか「着信アリ」なんかは「ブームに乗っかった末期的な作品」と思っていますので、この言葉が世の中に現れた頃は、すでに黄昏時だったのかもしれません。
とはいえ、「Jホラー」という言葉は90年代末から00年代初頭にかけてのホラーブームをよく表していると思いますので、筆者も便利に使っています。

大学を卒業する直前に見た「リング」の衝撃はかなりのものでしたが、予兆はありました。
中田秀夫監督・高橋洋監督というコンビは、すでに96年の映画「女優霊」で、ホラー好きのあいだでは充分に認知されていたのです。
それほどホラー映画マニアではなかった筆者にとっては、「女優霊」がスタート地点でした。実際にはその前にオリジナルビデオ「ほんとにあった怖い話」や、テレビドラマ「学校の怪談」などのシリーズがあったわけですが、それを知ったのは「リング」公開後のことです。

「女優霊」のコンビが「リング」を映画化すると聞いたときは、実をいえばやや不安を覚えました。
というのは95年に飯田譲治の脚本で2時間ドラマ版「リング」が放映されており、これが非常にすばらしい出来だったのです。
主演は高橋克典、高山竜司役は原田芳雄で、原作のイメージ通り。呪いのビデオの映像も原作の記述をほぼ忠実に再現しています。原作では貞子が両性具有という設定でしたが、ドラマ版ではその点も描かれていました。
というわけで、どこから見ても「完璧な映像化」のあとに、改めて映画を作るという点がまず冒険でした。
なおかつ、「リング」は原作も2時間ドラマ版も、「ビデオ」という非常に現代的な素材を使っており、「女優霊」のような古典的な怪談・化け物映画とは、資質が相容れないのでは、という危惧も持っていました。
しかし、映画「リング」はそのような不安を完全に吹き飛ばし、観客を熱狂させる快作でした。
映画館で本当に「もうやめて~!」と叫びたくなるくらいの恐ろしさで、同時上映の「らせん」については何も記憶に残らない有り様でした。

というわけで、その後しばらくは会う人ごとに「リング」の素晴らしさを語り合って過ごしていたわけですが、それから2年たったころ、「呪怨」というビデオは、「リング」と比べ物にならないくらい怖い、という話を友人から聞きました。
それは見なければ、というわけでレンタルしてきたのですが、これがまたとんでもない恐ろしさ。
監督の清水崇という人は全く聞いたことがなかったのですが、きっと神経質な変態で、映画を撮るかたわら人を呪い殺したりしているに違いない、というくらいに思っていました。
しかし、「呪怨」の魅力は抗い難く、ちょうど近所のレンタルショップが一本100円だったこともあり(今はゲオなんかは一本100円が普通ですが、当時のレンタルビデオは350円くらいが相場でした)、ものすごい勢いで何回も借りてきては、見るたびに恐怖に打ちのめされていたものです。

「概説」と大げさに書きながら、単なる思い出話ですが、ともかく筆者の体験した「Jホラー」は、そのような流れで始まりました。20年ちかくも昔の話なので、当時を知らない世代のために当時のファンの視線で流れを語ってみました。
次回からは、もう少し突っ込んで作品の歴史、影響関係などを解説していきたいと思います。 

ちなみに冒頭の書影は「小中理論」の中心人物・小中千昭が「Jホラー」を語った名著です。
元は岩波アクティブ新書から「ホラー映画の魅力 ファンダメンタル・ホラー宣言」という素敵なタイトルで刊行されていたのですが、アクティブ新書の廃刊に伴い絶版。その後、河出書房新社から復刊されたものです。
ところが、せっかく復刊したこの本まで、今や出版社品切れ状態なので、来年の「リング」20周年を機に、岩波現代文庫か、河出文庫か、ちくま文庫のどこかが拾ってくれないものかと思っている次第です。

恐怖の作法: ホラー映画の技術
小中 千昭
河出書房新社
2014-05-15


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筆者:squibbon
幼稚園児の頃から40を過ぎた現在に至るまで読書が趣味。学生時代は読書系のサークルに所属し、現在も出版業界の片隅で禄を食んでいます。
好きな作家:江戸川乱歩、横溝正史、都筑道夫、泡坂妻夫、筒井康隆、山田風太郎、吉村昭。好きな音楽:筋肉少女帯、中島みゆき。好きな映画:笠原和夫、黒澤明、野村芳太郎、クエンティン・タランティーノ、ティム・バートン、スティーヴン・スピルバーグ、デヴィッド・フィンチャー。
ブログ更新通知:https://twitter.com/squibbon19

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