備忘の都

40年間の読書で得た偏った知識をツギハギしながら、偏った記事をまとめています。同好の士の参考に。

昭和の劇

笠原和夫「昭和の劇」復刊!

201811昭和の劇288

当ブログではこれまで何度も映画脚本家・笠原和夫のことを取り上げてきたのですが、記事を書くたびに「『昭和の劇』が品切れになっているのは残念だ」ということが頭にありました。
「昭和の劇」は笠原和夫の最晩年に刊行されたロングインタビューです。2002年11月に刊行され、奥付の刊行日からちょうど1ヶ月後に笠原和夫は世を去りました。
実を言えば筆者は、この本が出たとき、笠原和夫という存在をあまり認識してはいませんでした。
「仁義なき戦い」シリーズは見ていたものの、それ以外の深作欣二監督作品や、ましてや笠原和夫脚本を追いかけるということもしておらず、要するにほとんど関心を持ってはいなかったのです。
そんな程度だったにも関わらずなぜ書店で手にとったのか。
それは鈴木一誌によるあまりにもかっこいい装丁のためです。
なんだろうこの本は、と手に取ってパラパラめくってみたところから、大げさではなく人生が変わってしまいました。

立ち読みでチラッと内容を眺めたレベルでも、途方も無い面白さ。ずっしりとした本の厚みに見合った重量級の内容。これはとんでもない本だ。
その場で読み耽りそうになるのをなんとか堪えて、レジへ直行。当時の税率で税込4500円の本でしたが、むしろ安い、というくらいの勢いでした。
帰ってきてからは約3ヶ月間ずっと枕元に置き、特に後半部分を繰り返し読み返すという状態になってしまいました。

さて、そういうわけで、笠原和夫をあまり知らない方、興味のない方がいきなり読んでも全く問題なく楽しめる本であることは保証できます。
東映専属の脚本家として任侠映画、戦争映画、実録映画のシナリオを量産していたのですが、まず第一にここで描かれる東映という会社が最高。
「義理欠く、恥かく、人情欠く」の三かくマークを掲げる東映は、まさに実態がヤクザそのもので、抱腹絶倒エピソードが続きます。
そんな会社の中で、笠原和夫はヤクザ、戦争、テロなど、昭和史の闇に斬り込む作品を書き続けます。特に後半はシナリオ執筆のための取材エピソード、あるいは笠原和夫の目を通した昭和史が詳細に語られていきますが、この部分こそが本書の最大の価値です。
特に昭和天皇に対する並々ならぬ興味、愛憎相半ばする思いには胸が熱くなります。
本書刊行から18年経った今でも、筆者はなんとかここで語られる笠原和夫の「思想」を理解しようと、笠原の映画を観たり、シナリオを読むのはもちろん、やくざ、戦争、天皇、昭和史といったテーマの本や映画、ドキュメンタリーを漁り続けているのです。
先に書いた「人生が変わった」というのはそういう点においてです。笠原和夫の呪縛から逃れられなくなってしまったのでした。

というくらい、筆者にとっては生涯最大級の重要本、「無人島へ持っていく一冊」というよく言われる状況が本当に起こったならば、間違いなく選択するであろう本なのですが、ここ数年は品切れで書店店頭から消えていました。
筆者の記憶では、2013年頃には書店でもたまに見かけたので、刊行から10年くらいは重版していたようですが、さすがにこれだけの大部な高額本をずっと販売し続けるのは難しかったようです。

今月、これが復刊されます。

復刻版 昭和の劇
太田出版
2021-04-10


「復刻版」と銘打っているということは、ほぼ内容は変わっていないのでしょう。表紙や帯も、Amazonで確認する限りは、「【復刻版】」と入っている以外全く以前と同じです。
価格は驚きの税込9900円。
復刊されると軽装の普及版になることが多いものですが、逆で来ました。
単なる重版ではなく、あえて「復刻版」ということにしたのは、価格を変更するためなのかもしれませんね。

この価格設定はしかし、版元の「本気度」を表しているようにも思われます。
これだけの名著を再び埋もれさせるわけにはいかない。とはいえ、ロングセラーとして書店に常備してもらえるような本でもない。
となると、倉庫に置いて一冊ずつ注文に応じる、あるいは図書館が買い上げてくれるのを期待する、そのような形で細く長く販売を続けることになりますが、それでもペイできる価格設定。
きっとそうに違いない。太田出版は社が存続する限り、本書を品切れにはしないはずだ。
この記事を読んでいる皆さん、ここは一つ、社会貢献のつもりで買いましょう。内容的には1万円払う価値は十分にあります。それで一生、楽しめるのですから。

筆者もこれだけお世話になったお礼にもう一冊くらい買っておこうかな、と思わないでもありませんが、いやしかしさすがにこの価格で「ダブり本」は妻が承知しない。
せめて改めてブログで紹介し、一冊でもたくさん売れて、一日でも長く本書の販売が続くことを祈るばかりです。あと、近所の図書館にリクエストして入れてもらうようがんばります。

笠原和夫を「読む」

「仁義なき戦い」などで知られる映画脚本家・笠原和夫の著作をまとめてみます。
代表的な著作である『昭和の劇』を読むとよくわかりますが、笠原和夫が好んで書いたテーマは、ひとことで言えば「昭和の闇」です。

・ヤクザ……「仁義なき戦い」「日本侠客伝」「博奕打ち総長賭博」など
・戦争……「二百三高地」「大日本帝国」「あゝ決戦航空隊」など
・テロ……「日本暗殺秘録」「226」など
そのほか、未映画化作品の「昭和の天皇」「実録・共産党」など、他の脚本家が恐れをなすようなシナリオも積極的に引き受けています。
笠原和夫の特長として、徹底的な取材があります。リアルな脚本に反映されるのはもちろんのこと、取材の裏話、こぼれ話をエッセイやインタビューなどで遺しており、それが昭和裏面史として格別に面白い読み物となっているのです。
映画好きはもちろんのこと、昭和史が好きな人間には笠原和夫の著作は非常に興味深いものです。

シナリオ関連

2002年末に亡くなった笠原和夫は、最晩年にインタビュー集『昭和の劇』を遺しています。
氏が書いたシナリオについては、この一冊で、すべてが濃密に語られています。
笠原和夫という脚本家を知るために、まず読むべきはこの本です。
どんなネタでも飯の種にしてしまう東映という会社。それに真剣につきあって、傑作をものにする脚本家。その対比の面白さがまずあります。また、冒頭に書いたとおり、脚本製作の背景には昭和史への深く鋭い洞察があります。ともかく全ページ興味深い話題が満載で、この本1冊で何ヶ月か退屈せずに過ごせるくらいです。
筆者が「無人島へ行くとき持っていく1冊」を選ぶとしたら、数千冊の我が家の蔵書から、間違いなく本書を選びます。



(リンク先はAmazon。古本のみ販売)


笠原和夫が書いた主要なシナリオを集めたのが『笠原和夫 人とシナリオ』です。
これは没後に刊行されました。
笠原和夫の真髄を知るには、やはりシナリオそのものを読むのが一番です。作品によっては、映画を見る以上に迫力を感じます。特に「博奕打ち 総長賭博」「あゝ決戦航空隊」は読み応えがあります。
収録作品は以下のとおりです。
「股旅 三人やくざ 秋の章」「博奕打ち 総長賭博」「日本暗殺秘録」「博奕打ち いのち札」「仁義なき戦い 代理戦争」「あゝ決戦航空隊 」「県警対組織暴力」
荒井晴彦による編集後記によれば、「日本暗殺秘録」は、ビデオ化されないだろうから、ということで収録したとのことですが、本書刊行後7年ほど経ってからDVDが発売されて驚きました。
笠原和夫 人とシナリオ
シナリオ作家協会
2003-12

(リンク先はAmazon。古本のみ販売)


シナリオ集としてはほかに、代表作である「仁義なき戦い」シリーズをまとめた本も出ています。



さらに、「仁義なき戦い」執筆時の取材メモをまとめたものも没後に刊行されました。通読するものではありませんが、笠原和夫の偉大さを肌で感じ取れる一冊です。

「仁義なき戦い」調査・取材録集成
笠原 和夫
太田出版
2005-07-09


こちらも没後にまとめられた本ですが、シナリオ制作の極意を語ったもの。
収録されている「秘伝シナリオ骨法十箇条」では北野武映画をシナリオ作法の観点から痛烈に批判して、話題となりました。

映画はやくざなり
笠原 和夫
新潮社
2003-06-01

《エッセイ》

笠原和夫はエッセイもいくつか残しています。
こちらは、数多くのやくざ映画を執筆した氏が、取材を通して知り得たやくざの実像、またそこで出会った男たちについて綴ったもの。やくざ映画ファンには興味深い話題が満載です。

破滅の美学 (ちくま文庫)
笠原 和夫
筑摩書房
2004-02-11


次は自伝的なエッセイです。戦中戦後を通して体験したエリート街道とはほど遠い凄絶な生き方が、その後の笠原作品の根っこにしっかりと横たわっているということがよく理解できます。



次回は、笠原和夫のシナリオが収録された本をご紹介します。

関連記事:
笠原和夫 シナリオコレクション
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筆者:squibbon
幼稚園児の頃から40を過ぎた現在に至るまで読書が趣味。学生時代は読書系のサークルに所属し、現在も出版業界の片隅で禄を食んでいます。
好きな作家:江戸川乱歩、横溝正史、都筑道夫、泡坂妻夫、筒井康隆、山田風太郎、吉村昭。好きな音楽:筋肉少女帯、中島みゆき。好きな映画:笠原和夫、黒澤明、野村芳太郎、クエンティン・タランティーノ、ティム・バートン、スティーヴン・スピルバーグ、デヴィッド・フィンチャー。
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